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たろうは自宅である大豪邸の一室で、宙を見つめ先ほどから何やらブツブツと呟いていた。
「大神殿の情報は得られたのか?」
「はい、大神殿の結界が消えたというのは本当でした。各神殿から神官が送り込まれ、神殿同士の醜い争いも起きている様子です」
自堕落にソファに寝そべるたろうの独り言にどこからか声が答える。
報告を聞いたたろうは、寝た姿勢から体のばねのみで立ち上がり(やってることは無駄にかっこいいのに、やっぱり裸)瞬時に装備を纏う。
久しぶりに持つ両手剣の重さに血がたぎった。
「迎えに行く」
豪奢な室内にボソリと低い声が響き、野生の獣めいた目がギラリと光った。
ジルは困惑していた。
一週間に一度は必ず訪れていた管理人が先週から姿を見せないと思っていたら、突然大神殿の結界が消えたのだ。
「どうしたんだろう?」
結界の消えた森からは複数の気配が伝わってきて、更に争いが起きている様子だ。
『こんにちは、ジル様』
その時、突然ジルの目の前に美女が現れた。
フワフワと空中に浮き背後が透けていることから実体ではないことがわかる。
「どなたですか?」
『まずは、前管理人のあなたへの非道な仕打ちについてお詫びを……申し訳ございませんでした』
深々と頭を下げる美女。
「前、ということはあなたが今の管理人ですか?」
『はい、引継ぎに少し時間がかかって、すぐに来ることが出来ませんでした。申し訳ありません』
「はぁ、そうですか……前管理人、どうしたんですか?」
『ジル様の書類偽造、20年に及ぶ監禁行為、他にも余罪が露見し、裁判にかけられました』
「……では、私は自由に?」
『もちろんです。神は今回の事を大変遺憾に思っています。自由はもちろんのことジル様には神の祝福が約束されております』
長い監禁生活で麻痺していたジルの胸がジワリと熱を帯びる。
この世界にきて淡々と日々を過ごし、ごまかすように自分の鍛錬に熱中し、全てを諦めて生きて来たジル。
冷静に勤め抑えこんでいたものがふきだすかのように、パタパタと熱い涙が零れ落ちた。
しばらくそうしているジルを見つめ、小さな嗚咽が止まるまで黙って待っていた管理人が優しく口を開く。
『もう、大丈夫ですよ。あなたを脅かしていたあの馬鹿は二度とここには来られませんから』
やさしく微笑む新管理人の顔が心なしか怖い。
「ば、ばかって……」
美女の口からでた罵倒にジルの顔がひきつる。
『今回の事件を受けて、管理人権限を制限する法も定められました。実体で世界に干渉できないこともその一つで、あなたに触れられないのはとても残念ですが……いつでも見守っておりますから、気軽に呼んでくださいね』
熱い眼差しで美女から見詰められ、ジルは身に覚えのある寒気に襲われた。
(見守るとか何それこわい……制限万歳っ……)
「ありがとうございます。では早速ですがここから離れたいと思います」
そそくさとその場から離れようとするジルに新管理人がどこか残念そうに頷く。
『そうですね、大変名残惜しいですが……私もまだまだ引き継ぎ作業が残っていますし……ジル様への贈り物が大神殿の前に控えておりますので、ご自由にお連れ下さい』
「はい? わかりました」
首をかしげつつ、ジルは了承した。
『呼ばれればすぐに駆けつけますので、必ず必ず話し相手に呼んでくださいねっ』
(話し相手…………そんなの、いらねっ)
「はい……」
しつこい念押しの末にやっと消えた新管理人を見送ったジルは、ざわつく森の気配に慌て、神殿を出るべくペット召喚画面を開き操作する。
「ご機嫌麗しゅう、ジル様」
黒衣の男性が目の前に現れ、片膝をつく。
「ナハト。旅にでることになったの、これからも私をしっかり守ってね」
「もちろんです。ジル様を守るのは私の最大の喜び」
すべてにおいて優秀なナハトはテキパキと慌ただしく旅の準備をはじめた。
「うぉぉっ、すごい!」
大神殿をでてすぐの広場でジルは驚きの声を上げた。
巨大な白竜がジッとジルを見つめている。
太陽の光を浴びてキラキラと輝く鱗。目の色は綺麗なサファイアブルー。力強そうな大きな翼。
美しく力強いその姿にジルは陶然と見惚れた。
「ぬしさま」
王者の威厳を漂わせるその高貴な生き物が自分へ頭を垂れ、話かけてくるのをジルは感動と共に眺めた。
「贈り物って、あなた?」
「うん、そうだよ」
「綺麗……」
白竜のひんやりした体をなでるジル。
「ぼくね、うまれたてだから、なまえがひつようなの。ぬしさまなまえつけてー」
「名前かぁ……」
少し悩みジルは決めた。
「ブラウ、ブラウにしましょう」
「ブラウ……うんかっこいい名前気に入ったよ。主様センスいいね」
名前をもらったとたん、白竜はすらりと長身で綺麗な銀髪の青年に変化した。
「ブラウ、口調も雰囲気も変わったね?」
目をパチクリさせながらも、ブラウの顔を見上げ、冷静に話すジル。
「ああ、俺生まれたてだったからね。名前つけてもらうと一気に成長するの」
(なんて不思議生物……)
「そっか、これからよろしくね」
「こちらこそ、主様に一生ついていくので末永くよろしく」
にっこり笑うジルにブラウは嬉しそうに答え、ジルの背後に静かに控えるナハトにジロリと一瞥をくれる。
「なんだ、ペットか……」
馬鹿にした態度を隠そうともしないブラウとナハトの視線が明らかに非友好的に絡み合う。
「下等な爬虫類が……口の利き方も知らないらしい。新参者は目立たないよう黙っていろ」
「ナハト?」
いつもは穏やかなナハトの見たことのない冷たく傲岸な態度に戸惑うジル。
「ちっ、ペットのくせに……若い俺のほうが役に立つに決まってるでしょ」
「ふん、口だけは一人前だな。長年ジル様に鍛えられた私にお前ごときが敵うと思っているのか?」
「へぇ、その長年の経験とやら、見せて欲しいもんだな」
馬鹿にした態度をくずそうとしないブラウと氷のような無表情のナハトがお互い向かい合い物騒な空気が流れる。
「二人とも止めなさい。仲良くしないなら旅には連れて行かないからね?」
ジルは二人の間に入り、二人を交互に睨んだ。
「えぇ、主様それはないよー」
「困ります。それではジル様をお守り出来ません」
「じゃ、二人とも仲直りして?」
にっこり笑うジルに唸るブラウとため息をつくナハト。
「よろしくしてやるよ」
「年長者として寛大に対処しましょう」
しばし、嫌そうな顔で見つめ合った末がっしり握手した二人をジルは嬉しそうに眺める。
新しい旅立ちに表情を明るくし、ジルは出発した。
猛然と大神殿に近づく変態に気づくことなく……。