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「サブキャラ……?」
青年の目がジルに注がれた。何を考えているのかが読めないその目に縮こまるジル。
「ああ、サブキャラね」
やっと納得した顔で青年はうなずいた。
「なるほど、ああミコトさんか。はい、確認しましたよ。このキャラですね」
「わ、え、ええ、これがメインキャラです……」
あっさりと自分のメインキャラを言い当てられ、ビクッとした瞬間目の前に慣れ親しんだミコトの姿が現れる。ぼんやりと佇むその様子に不気味さを感じながら青年の言葉を肯定する。
「ふふっ……そんなに緊張しないでください。たしかにゲームとしてはキャラを二つ作ることは契約違反にあたりますが、私がちゃんとしてあげますから」
「あ、あの、ミコトはどうなるんでしょうか?」
「そうですね……NPC用のデータを使いましょう」
「NPC用?」
「ああ、心配いりませんよ。普通の人間と変わりない人格を植え付けるだけです。能力的な物は変わりませんが多少ジルさんへ依存する傾向は残ってしまうかもしれませんね」
「そうですか……」
「今回13名選抜された内の、ジルさんの所属ギルドのメンバーで5名も占めていまして……優秀なギルドだったのですねぇ。同一ギルドメンバーは固定で転移が義務付けられているので、どうごまかすか考えていたところでした」
(ごまかさずに幼女監禁をあきらめたらいいと思いますが……)
「このミコトさんとジルさんを差し替えれば、神殿にすんなり入れますよ。かわりにミコトさんはきちんとギルドメンバーのもとへ送り届けてさしあげます」
(私の望まない方向に話がまとまっていく……)
この危ない管理人をへたに刺激すると、監禁以上の危険なことが待ち構えているのを肌で感じ、ジルは反対意見も何も言わなかったが、せめてもと最低限の望みを口にした。
「あの、お願いがあります。まず以前の世界での私の存在自体をなかったことに……そして残してきた私の家族へ、できる限りの幸せを約束してください」
「わかりました。ジルさんの家族は私の家族です。何の心配もいりませんよ」
(あなたは家族じゃないけどね……お父さんとお母さんが悲しまないでいてくれるのならまぁいいか)
ジルは不思議と穏やかな気持ちで長いようで短かったチュートリアルを終えると、異世界の神殿へ転移された。
カルディラ歴908年、世界各地に突如ぷれいやーなる者達が現れた。
時を同じくして聖なる森に守られた大神殿は長く途絶えていた神の宣託を各地神殿へ発し始める。
ぷれいやー達によって大量発生していたSランクモンスターが駆逐され、近隣の国々を恐怖に陥れていたマルスク帝国は5年の歳月を費やし王族すべてが討ち取られ解体された。
人々は主神ディアナを崇め、ぷれいやー達を称えた。
さて、衝撃の転移から20年がたち、ジルは大神殿で意外にも充実した日々を送っていた。
週に一度ほど訪れるド変態管理人も、ベタベタ触ってくるのを我慢さえすれば、基本なんでも言うことを聞いてくれ、監視付きだがたまには買い物にもいけた。
そんな中ありあまった暇な時間をジルは新しい技術の習得とレベル上げに費やしていた。
「ふぅー、まぁ、来たときと比べたら、ましになったはずよね」
ジルは自分のステータス画面を満足そうに眺めていた。
転移した時のジルのレベルは88で医者としてはかなりの高レベルだったが、サブにはありがちな極振りでまさにやらかしてしまった状態であった。
ステータスの構成は
体力 これがゼロになると死んじゃう。一般防御の数字に影響
魔力 ゼロになると身動きが取れなくなっちゃう。特殊防御の数字に影響
力 攻撃力
知力 魔法攻撃力
精神力 魔力や回復力があがる
敏捷 回避など
器用 命中率、攻撃回数アップ
となっている。
医者という職業が大好きなジルは、どうせサブなのだからと精神力への極振りにとことん拘った。
さらに、黒強化コンプの和風装備の効果は精神力+20という極振りを応援する内容となっていて、結果、膨大な魔力と回復力を誇り、極上の装備を身につけた単独ではまともにモンスターとも戦えない最弱キャラが出来上がった。
雑魚モンスターから一撃でも貰えば死んでしまうジルのレベルアップを助けたのはジル自身が手塩にかけて育てた最強ペットだ。
このペット、狩りに連れていけば、レベル90クラスの狩場で派手な範囲魔法を打ちまくり、モンスターに囲まれても死なず、うっかりプレイヤーを殺しかけてしまう最凶の存在であった。
この露出の激しい黒い服を纏った細マッチョイケメン人型ペットは、圧倒的な攻撃力と範囲魔法スキルを数多く持っていたことから高額商品にも関わらず販売された当初ものすごい売れ行きを誇っていた。
しかし、徐々に人気は廃れ、倉庫の肥やしとなり、見かけることもなくなっていくこととなる。
その理由は防御が低く、びっくりするほど打たれ弱く育てにくかったせいだ。
かっこよく技を決めた瞬間には地に伏しているイケメンはいろいろ残念すぎた。
しかし、ジルはそれをコツコツと育て、とうとう完ストの100レベルまで育て上げた。
出来の悪い息子ほどかわいいというが、幾度も地に伏し、経験値を削られながらも、必死に育てぬいたペットは、かわいくてしょうがない。
ジルはペット用に売り出された装備も速攻購入し貢いだ。
装備にはペットに足りなかった防御がついていて、強化すればするほど、その数字が倍加した。
ジルは喜び勇んでペットの装備強化にはまった。
しかし、ここでも罠が……ペット装備の強化率はプレイヤー装備の強化率より極悪に低かった。
そして多くのプレイヤーが強化2で足踏みし最高でも強化3というなか、ジルは執念で強化5までやりとげた。
強化レベル5の装備を身に着けた人型ペットは今までの役立たずっぷりが嘘のように強かった。
ここに来て初めてそのペットはジルの役に立った。
極振りのまま88までレベルを上げることが出来たのはひとえにこのペットのおかげである。
だがこの世界にきてジルは極振りを後悔せざるを得なかった。
現在世界で一番安全な神殿に閉じ込められ最強のペットがいても、何があるのかわからないこの世界でそのステータスはあまりにも心許ない。
モンスターもいないこの神殿でジルはペットとの戦闘訓練で20年間コツコツとレベル上げに励んできた。
ペットとの戦闘はモンスターと比べ経験値が上がりづらいがジルの本領はコツコツ作業を嫌がらないことだ。
日々の努力の末、99レベルまで上がり、11レベル分のポイントはすべて、体力につぎ込んだ。
そしてこの世界の錬金術の存在を神殿の蔵書から知り、それを読み漁り勉強した。
自分の膨大な量の魔力が役立つその技術にのめり込んだジルは日々オリジナルアイテムを作りつづけた。
それらは見た目や質にこだわるジルらしく、垂涎の逸品と言えるものばかりだ。
たとえば、ジルの結い上げられた黒髪で、シャラシャラと音をたてている髪飾りは国宝級の贅沢な作りでありながら一度の攻撃なら無効にしてくれる効果付き。
手首で豪奢に輝いているブレスレットは悪意をもった人間が近づけば熱をもつ。
ジルの指を飾る複数の美しい指輪には強化効果がついている。
体力を増幅させる、とか
体力を増幅させる、とか
体力を増幅させる、とか
あ、全部体力増幅……。
体力・力不足を補うために全力で取り組んだ神殿での日々はそれなりに充実していた。
ただ、一つジルがどうあがいても逃れることの出来ない変化はあった。
魔力量で寿命が決まるこの世界では、相当な長寿を約束されているジルの膨大な魔力量でも、成長期の身長の伸びからは逃れることは出来ず、15㎝ほど身長が伸びてしまっていた。
「見た目年齢下げる為に随分コイン使ったのに」
見た目への拘りが捨てきれないジルにとって深刻な問題であった……。