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『貢献度に応じた報酬を用意しております。お近くの戦争管理人からお受取りください』
イベント会場からでるとすぐにアナウンスが流れ、管理人から報酬を受け取るミコト。その周囲には『邪』のメンバーが勢ぞろいしていた。
「みこちゃん、おそーい。待ってたのよぉ」
ギルド古参のメンバー紅秋桜が良い笑顔で寄ってくる。肉感的な美女だが中身はおっさんだ。
「いやぁ、なぜか死んじゃってぇ」
「あはは、なんだそれぇ」
「あはははー」
(ほんとはあまり笑えない話だけど受けてる……)
「大型アップデート前にレベル制限80の武闘場で集まるんだって」
「じゃあ、花火大量に持ってジルで追いかけますねー」
いやな絡まれ方をされて、今日はもうログアウトの気分だったが、楽しみにしていた大型アップデート前のイベントに参加するため、仕方なしにサブでログインしなおすミコトだった。
ジルを含み総勢16名の『邪』メンバーが入場した武闘場はいつもと少し違う雰囲気に包まれていた。
中央付近に、にこやかな表情の青年が立っている。
いまだ未発表の装備を身につけ、その体を包むエフェクトも見たことのない輝きである。
「何アレ、新作っ? アプデで売り出されるやつ?!」
装備コレクターの紅秋桜が目の色を変えて騒ぐ。
「なにあれ、すげぇ、かっこいい。運営さんだよね。あれ」
「かなぁ?」
青年の中身が時たま現れる運営の人間であろうとあたりをつけたプレイヤー達が騒めく。
「さて、それでは無関係の方々は退場願います」
青年が初めて声を発すると共に大半のプレイヤーが突然消える。
「え、これなんのイベント?」
武闘場には総勢13名の明らかにゲーム内でも有名なプレイヤーばかりが残っている。只事ではない空気を感じ取ったプレイヤー達が騒めく中、ジルの傍にはたろうとディナルと紅秋桜が残っていて、青年を警戒する体勢で睨み付けている。
「こんにちは、ここにいるのは厳選に厳選を重ねた、優秀なプレイヤーの皆様です」
まわりを見渡した青年は満足そうににっこり微笑んだ。
「さて、早速ですが、手続きに入らせていただきます」
ざわめくプレイヤーを無視した青年の淡々とした声が妙に響いて聞こえる。
「みなさんの地球上の肉体は生命活動を停止しました。ただいまより今の体で生命活動を開始していただきます」
青年の言葉と共に、プレイヤー達の体は突然の重みに耐えかねて、よろけへたりこむ。
突飛すぎる青年の言葉だが、この場にいるプレイヤー皆が、青年の言葉を真実だと唐突に理解させられた。
いつもと違うずっしりと重い装備。どことなくけだるく生々しい感覚をもつ肉体。空気の匂い。すべてが今までのゲーム空間と違う現実だと分かってしまう。
「ふざけるなよ……おまえ、俺を殺したのか?」
ザワリと殺気めいた空気が流れる。
徐々に肉体に慣れはじめたプレイヤー達が次々と立ち上がり、青年に向かって武器を構えはじめた。
ジルも震えながら立ち上がる。
その時、プレイヤー達の騒ぎを遮るかのように、突如青年を中心として魔法陣が現れた。
その魔法陣は巨大でプレイヤー達の足元まで及ぶ大きさだ。
「この魔法陣で各々新しい場所に飛んでいただきます。ああ、ご安心ください。あなたたちの大好きなゲームカルディラの疑似世界ですからすぐに馴染めますよ」
騒めくプレイヤー達に一切構わず、青年は話し続ける。
「さらに、その世界に飛ぶ前に個々への説明用個室も用意しております。新しい世界に入る前のいわばチュートリアルです。なんて親切な私。それでは皆様まずは個室へご案内します」
一方的に告げられた次の瞬間、ジルは唐突に真っ白な空間で青年と二人きりで向かい合っていた。
「さて、では、先ほどの説明通りチュートリアルですよ。ジルさん」
青年の目がジルにひたりと固定された。
「遠慮なく質問してください。願望などもできる限りは叶えてさしあげますよ」
小さなジルに目線を合わせる為ゆっくり跪いた青年は先ほどまでとは違い、どこか雰囲気がやわらかい。
「あ、あの……私、死んでしまったの?」
震える声で尋ねるジルに痛ましそうな視線をあてる青年。
「申し訳ないことですが、あちらでの肉体はすでに滅んでいます。戻ることも不可能。道は閉ざされました」
ジルの目からポロリと涙がこぼれた。見た目にはショックを受けて、と見えるだろうが、これは深い安堵から流れた涙だ。
ああ、やっと、やっと、限りある生に戻れた。
「ああ、可哀想に……すみません、これは神の決定されたことで一管理人の僕にはどうにもできないことなのです」
ジルの涙をやさしく指でぬぐう青年。しかしその顔には、どこか偏執めいた笑顔がうかんでいる。
「大丈夫ですよ、貴女は特別ですから」
「とくべつ……?」
首をかしげたジルをどこか愛しげなうっとりした表情で眺める青年。
「そう、あちらの世界での貴女の役割は、神殿で僕の宣託を受けることです」
「え?」
「プレイヤーの皆さんに頼む仕事は基本二つです。モンスター密集地域での駆逐作業、それと巨大になりすぎた帝国の壊滅です。でも、貴女にそんな作業はさせません。聖なる森に守られた安全な私の神殿が貴女の終の棲家となるのです」
涙のとまったジルは青年の顔をまじまじと見つめた。
(神殿の巫女って……あのNPCと同じ立場ってこと?)
青年はどこか嬉しそうにジルを見つめ返している。
「あ、あの……神殿の巫女って誰にもあえず一人ぼっちで、ずっと泣いてばかりいる、あれですか?」
「ああ、なるほど、大丈夫ですよ、私の空いた時間はすべて貴女に充てられます。寂しくありませんよ」
微笑む青年にやさしく頭をなでられ、顔がこわばるジル。
(やばい、幼女監禁実行するつもりだこの人、それにさっきからくっつきすぎ……)
黙り込んだジルを前に青年は饒舌だ。
「ああ、貴女はなんて可愛らしいのでしょうね。馬鹿神がメンバー選出リスト持ってきたときはぶん殴ろうかと思いましたがね……13名もいるなんて面倒でしょう? 世界が一つ潰れても私には関係ありませんから……でも、貴女を見て、まぁ助けてやってもいいかな、と思えたのです。あの馬鹿神もたまにはいいことをしてくれる」
神の立場を考えさせられる暴言の数々に声も出ないジル。
「ふふ、神なんて管理人がいないと何もできないのですよ。世界を実質まわしているのは私たち管理人です」
どこかの官僚のようなセリフを吐いた青年の両手がジルの頬に添えられる。
「だから、逆らおうなんて思っちゃだめですよ?」
青年の顔と至近距離の位置に固定されたジルは、その目に明確に込められた脅しを感じ取り全身を強張らせた。
「ああ、怖がらなくても大丈夫ですよ。ジルさんはお利口さんだから、今までの愚かな女たちとは違うはずです」
あやすように青年に抱き上げられ背中をポンポンされる。
(こ、こわい……さらっと常習犯なこと告白してるよ……)
「何か質問などあれば受け付けますよ?」
ジルは優しく問いかける青年にダメもとで言ってみることにした。
「あ、あの、実は私サブキャラなんです」