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そのプレイヤーを見かけるのは主に非武装地域。ふらりと現れては悪目立ちして去っていく。
ギルド『邪』メンバーの彼女は、現在ほぼ見かけることのない初期限定レア装備を黒強化フルコンプ(『邪』のギルド長以外では見かけたことはない)したもので全身を装っている。
膝まではあるだろう豊かなストレートの黒髪(頭装備)・黒地に桜の花びらが上品に散った振袖(鎧)・足元にチラリとみえる下駄(足装備)。
妖しい黒を纏ったその姿。ゲーム内コインを大量に投入したのであろうその美しく幼い(推定年齢8歳)見た目から、熱狂的ファンも存在。
なにそれこわい特殊な趣味? と本人多少ブルってたりする。
各ギルドの主だった者たちが集まる会議の時などはいつも『邪』ギルド長の隣を陣取る小さな姿。
彼女の名前はジル。その戦闘力は未知数……(笑)。
入り口に現れた武闘家の姿にホーム内がざわついた。
ざわついたのは筋肉に覆われた肉体を見せつけるかのように裸でいるからだろうか……いやいや、今更それくらいで騒めくメンバーなどいないだろう、彼は『邪』ギルドを率いるギルドマスターなのだから。
「おはよーございまーす」
「たろうさん おはよぉー」
「おはよう」
「たろうさん やっほぉ」
「おはようございます」
「おぅ、おはよう、寝すぎたわ」
ホーム内からの挨拶に軽く返しながらたろうは自分の定位置とされるソファにどっかり腰かけた。
「昨夜2時頃突然無反応になりましたよね。それからずっと寝てました?」
「あー、そうかもなぁ」
「えー、それは寝すぎだね」
ディナルとミコトは慣れた様子でたろうを挟むように座りこむ。
長と副二人の幹部が勢ぞろいした様子にホーム内にピリッと引き締まった空気が流れる。PK行為に絡む他ギルドとの諍いやギルド参加希望者について報告があがり、意見交換が終わると皆が好き好きに動き出した。
「城攻めイベントが七時からで、大型アップデートが九時からですね。ちょっとサブでインし直しますね」
「お、ちょうどいい。ジルの霊獣貸してくれ」
ことわりを入れ立ち上がったミコトにたろうから声がかかる。
「いいですよ。市場に出ますのでそちらであいましょう」
ミコトは慌ただしくログアウトし再びサブキャラのジルでログインした。
露店の並ぶ市場へ到着したジルは、市場の真ん中に立ち視線を集めまくっている恥ずかしい武闘家の姿に顔を引き攣らせつつ声をかけた。
「お、お待たせですー」
「おぅ、すまんなー」
涼しい顔でジルに手をあげるたろう。
「たろうさん……お外だよ。ホームじゃないよ。服着るの忘れたかなー?」
「ん? 俺の露出狂の血が騒いだというか、そんな感じ?」
なんか、疑問形で返された……
「イベント用に、かっこいいペット貸してくれ」
がっくりするジルに構わず、マイペースに要求するたろう。
「強いではなくてかっこいいね?」
「うんうん、見栄えいいやつで、範囲武功覚えてないのがいい」
「うぅーん、じゃあ、成長レベル2で強化レベル3装備のオオカミなんか渋くていいかも」
「んじゃ、それよろしく」
市場の真ん中で、裸の筋肉ダルマと振袖幼女か……考えたら負けだな。
周囲のうるさすぎる視線を完全無視して、召喚作業に集中するジルの目の前に、白銀に輝くオオカミが出現する。
「これでいいー?」
「おぉっ、こりゃかっこいいなっ。まさに俺のためのペット」
「はいはい、じゃあ、どうぞー、あ、エサは一番安い鶏肉で良いので適度に与えて下さいねー」
「ほい、ありがとな」
いつも通りの注意事項を与え終えたジルは、目立つ自称露出狂からそそくさと離れると市場を見て歩くことにした。
「お、ジルちゃーん。おひさ」
声をかけられ振り向くと、全身金色装備の目に優しくない派手な剣士がニコニコ手を振っている。
「あら、天さん。珍しくおひとりで?」
ゲーム内でメンバー数最多を誇る『悠久の風』のギルド長、天獅子である。
「何度誘ってもうちに来てくれないジルちゃんのおかげでいつも一人だよぉ。寂しいし寒いし、ジルちゃんの体温であっためて」
「あははー、天さんいつもきれいなお姉さまたくさん連れてるでしょ」
「うちのなんて、みんなごついしでかいし、俺はジルちゃんで癒されたいっ」
「じゃあ、たろうさんに捨てられたら天さんに拾ってもらいますから、その時はよろしくです」
「えぇー、ガード固いなぁ……あんな筋肉達磨より俺のほうがいろいろテクあるのにぃ」
またセクハラ……
腰をいやらしく揺らしニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる天獅子に若干イラつくがジルは気にしてない風を装う。反応しては負けなのだ。
「あ、そろそろイベントの準備しますので、失礼しまーす」
「えー……今日も冷たいなぁ。じゃ、イベントお互い頑張ろうねぇ」
「はぁーい、ではぁ」
軽く視線をそらしたまま適当に返された挨拶ににやつく天獅子はジルを見送りやおら天を仰ぎ見た。
「ぐうぉー、今日も、すごいかわいかったっ」
小さな声で漏らされたそれは現役女子高生だと伝え聞くギルド『邪』の副長へのいつもの賛美だ。
『悠久の風』は天獅子以外女性ばかりという女性が少ないゲーム内では異色のギルドで、常に女性に囲まれた彼は恵まれているといえる。しかしそれは現役女子高生という存在を前にすれば容易く霞んでしまう。毎日長時間共に過ごす彼女たちには悪いが暇を持て余した主婦達とは反応の初々しさが違った。
他と比べてこのゲームのプレイヤー達は明らかに平均年齢が高い。ゲーム自体は面白いが無骨なイメージが強く宣伝は地味で、基本無料で遊べるが強さを求め過熱し過ぎた者たちがゲームにかける金額はかなりのもので、自然と社会人率が高い傾向にあった。さら戦闘色の強い内容から女性というだけでも貴重な存在だ。
「俺もそろそろいくか……」
しばらくニヤニヤしたり唸ったりと不審な様子を見せていた天獅子は賑わい始めた転移ポイントへ視線を動かすと上機嫌に歩き出した。