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初投稿です。
ゆるくうすい文章です。お許しを……。
ああ、煩わしい。
梅雨のジメジメした空気と周囲から寄せられるじっとりと熱の籠った視線の気持ち悪さにミコトは微かに顔を顰める。しかしすぐさま気持ちを切り替えると口元を品よく緩め、白く細い指先で額に落ちた髪を優雅な手つきで掻き上げた。
ぼぉっとそれに見入った女子生徒が胸を押さえて溜息を漏らし、数名の男子生徒が喘ぐように息をつくのを肌で感じる。
自分の優れた外見を知り尽くしたミコトは仕草や表情、眼差し一つで人を容易く魅了する。それと共に注意深く周囲へ気を配り敵をつくらないよう力を注ぐ。
永い時をひたすらこうして過ごしてきた。これからもずっとずっとこうして居場所を作っていくしかない。媚びを売るような自分の行動にミコトの中にいつもの醒めきった諦観の念が沸き上がる。
ああ、やっぱり煩わしい。
冷え切った胸の内などほかの人間に感じさせることなくミコトはワイワイと賑わい下校していく生徒の群れにそっと加わった。
「ただいまぁ」
答える者はいないがミコトはいつも通り玄関で一声かけた。静かな家に声が響く。
海外を飛び回る両親の姿を最後に見たのは1か月も前だが、ミコトはそれを寂しいとは感じていない。
普通より豊かな家でたくさんの恩恵を与えられてきた。ありがたいことだと年に似合わぬ老成した表情で自分の現状に感謝する。
子供らしいわがままを一切言わず手のかからない良い子。人前では大人びた優等生だが両親だけに見せる愛らしい表情や仕草。常に他者に愛されることで自身の環境を上手く整えるミコトは両親からも溺愛されて育った。そしてほどよく成長した今、今度は上手く両親と距離をとりつつある。
このまま、緩やかに、縁を切り、新たな保護者を見つける。
何度も経験してきたいつも通りのこと。
「さてさて、大急ぎ、大急ぎっと」
すっかり癖になった独り言をもらしつつ手早く着替え、通いの家政婦が作り置いた夕食を食べ終えるとミコトはいそいそと自室に向かう。
バーチャル・リアリティ空間で実行される大規模オンラインゲーム、通称VRMMOの世界『カルディラー遥かなる大地ー』の大型アップデートまであと一時間。
永い生に倦み疲れているミコトではあったが、時の流れは素晴らしい物を作り上げてくれた。
慎重すぎるほど慎重に、周囲の人間と関わってきたミコトにとって初めて気楽に人付き合い出来る空間へダイブするべくヘッドセットを装着しベッドに横たわった。
『カルディラ歴908年2月14日午後4時11分へ転送いたします。』
無機質な女性の声が響き、ミコトの目の前に見慣れた城内の光景が広がった。
ゲーム世界は設定からいくと冬だが、NPCの立ち並ぶそこには季節関係なしで見事な桜が咲き誇っている。
桜の木の下で一通りメールに目を通し終えたミコトは所属ギルド『邪』のホームに直接飛ぶ。
『ミコトさま、ギルドホームへようこそ』
電子音と共にインしたギルドホームは石造りの無骨なイメージのだだっ広い空間で、あちこちに配置されたテーブルセットやソファで、メンバー達が思い思いに寛いているのが見える。
「お、ミコトさんっ、おはぁ」
「ミコトちゃん、おはよぉー」
「トールさんカナンちゃん、おはよぉ、って、カナンちゃんその鎧……」
入り口に近い所にいたごつい二人組と挨拶を交わしたミコトは、そのうちの一人カナンの鎧が明らかに強化レベルを落としていることに気付く。
「うぅ……昨日ね、金に挑んでさぁ」
「あー、うんうん、それはわかるけど、随分がっつり失敗して……」
「うぅぅ……」
頭をかかえるカナンの鎧の色は強化レベルを3まで落としていて、ミコトはそれを何とも言えない顔で眺める。
このゲームはレベルの上がりにくさと装備強化の確率の低さから究極のマゾゲーと言われている。だからこそこのゲームに嵌った人間たちはコツコツとレベル上げに励み、装備強化に血道をあげる。
レア装備を手に入れては、これまたドロップ率の低い貴重な強化石で強化する。その作業は成功率が限りなく低く失敗すれば容赦なく強化レベルが一つ落ちるのだ。
強化レベルによって装備はほんのり色を伴い光を発する。
強化1 白、
強化2 黄、
強化3 橙、
強化4 桃、
強化5 緑、
強化6 赤、
強化7 青、
強化8 紫、
強化9 金、
強化10 黒、
装備の発している色を見れば強化レベルは一目瞭然となっている。
さてミコトの所属するギルド『邪』は廃プレーヤーの巣窟だ。
プレイヤーキラー(PK)行為をすれば、掲示板で名を晒されるなど、その行為への嫌悪感を持つプレイヤーの多い中、『邪』は特にそのPK行為を推奨するギルドとして悪名を馳せている。
そんな非道・最強・最古で知られるギルド『邪』のメンバーの装備強化レベルは勿論半端なく廃だ。
ミコトの今身につけている装備も頭・鎧・足、それにアクセサリーに至るまで希少な強化7レベルの青一色に統一されている。
そして、カナンの鎧は昨日まではそれよりも稀な紫だった。
「あー、まぁ、よくあること……ではあるけど……」
ミコトの目がチラリとオレンジに光る鎧に注がれる。
「つい意地になっちゃって、最低でも赤に戻そうと……なのに、なのにぃ……」
「うっ、それはわかるけど……あっ、ディナルさんだぁ。おーいっ、やっほ!」
ごついカナンが泣き真似する異様な光景に隣に座るトールは無言のまま苦笑いし、愚痴に巻き込まれまいと周囲を見渡したミコトは少し離れた場所に座る親しい顔に声をかけた。
「やっと来たか……ミコト遅いぞ」
「って、えぇ? うそぉっ! ディナルさん、鎧が黒になってるーー! おめでとぉっ!」
近づいて来るディナルの鎧の色に気付いたミコトは思わずテンション高く叫ぶが、カナンの纏う空気は間違いなく更に重いものとなる。
「ディーさん、いいよなぁ……その鎧ちょーだいぃ」
「ふっふっふ、誰かさんが惨敗したから、こういう時こそ博打しないとな」
ニヤリと人の悪い笑いを浮かべるディナルの鎧をカナンは悔しげなジト目で見つめている。
「くっそぉっ、今日の戦争イベントこれじゃ、出られないよぉ」
「しょうがないな……ほら、トレード……俺の狩り用の鎧貸してやる」
「おおぉっ! やったぁ!! ディーさんありがとぉぉっ」
ガックリ項垂れる哀れなカナンの姿に同情したディナルが鎧を貸すと、一転上機嫌になったカナンは紫に光る借り物装備にいそいそと着替えた。
「これでイベント参加できるよぉ」
「明日の狩りまでには返せよ」
「了解。じゃ、またイベントでねぇー」
「あ、ちょっと待って。ほら、強化石五つあげる。頑張ってね」
見違えるように元気になりホームから出て行こうとするカナンを引き止めミコトは強化石を渡す。
「あ、俺も七つやる。頑張れよ」
「おぉぉっ、さすが副様っ。ありがとぉぉっ」
二人から強化石を貰いホクホクのカナンはスキップでもしそうな雰囲気で立ち去って行く。見た目はごついおっさんだが、中身は中学生であることを納得してしまう立ち直りの早さだ。
「立ち直り早い……若いねぇ。しかし、黒とかすごいね」
呆れたようにカナンを見送ったミコトは、改めてディナルの鎧をじっとり眺める。
「若いってお前がいうな……それに黒装備コンプしているお前にすごいとか言われてもなぁ」
「えぇ……いやぁ、でも、あれ、サブ用の装備……」
「はぁ、俺にはサブ用の装備が黒コンプのお前が心底わからない」
「だ、だって、あの装備黒色が似合うんだもんーー」
ディナルの深いため息にむくれるミコト。
「ああ、そうだなー、確かにそうだよなー」
「う、棒読みでしょ、それ……」
むくれつつも、己の非常識っぷりに自覚のあるミコト。
装備にはもちろんいろんな種類のものがあって、水着やドレス、はたまた着ぐるみなど、それは数多くの種類が存在している。
どれも様々な特性をもっており、一般防御に優れていれば狩り用装備に、状態異常・特殊防御に優れていれば対人装備となる。
大抵は数字にこだわる為、皆どこかちぐはぐな恰好で、かっこいい鎧を着ているおじさんの頭が赤ずきん、なんてことはざらにある。
そんな中、ミコトは希少な初期課金アイテムの着物装備を手にいれた。
残念ながら防御も攻撃もゴミ同然の数字であったそれをひたすら強化し続け、とうとう黒強化コンプを成し遂げたミコトは、その装備に日の目をみせるためだけにサブキャラを作った。
レベル上げの手間の多さや装備強化確率の低さを考えれば誰にも理解されない無駄作業だったがミコトはサブキャラ作りにも手を抜かない。
その為、なんとも謎の多いキャラが出来上がることになる。