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竜胆開綱、最後の戦い

(*´ω`*)

「綺麗なもんじゃのぉ」

儂は柄にも無くそんな事をぼやく。

見上げた夜空は満天の星空。

そして美しか満月。

ふむ。

良か夜じゃ。

儂が見る最後の夜空かも知れぬのじゃ。

ほんに良か夜じゃわい。

儂は今、とある山の中に居る。

敵に見つからぬよう灯りは使えぬが、月明かりと星明かりで大分明るい。

道無き道を儂は帰る。

その山中に儂らの本陣がある。

奇襲作戦中ゆえ、静かで、灯りも無い。

身動ぎもせずに休んどる兵の合間をすり抜けて儂は進む。

木々に吊るされた垂れ幕を潜る。

本陣じゃ。

四角い卓には近隣の地形を描いた地図が広げられている。

その卓を囲むは十名ばかしの鎧武者の侍達じゃ。

儂の伯父上達や従兄達じゃ。

竜胆一族の男衆が揃って居る。

「おお開綱。」

「何処へ行っておった?」

従兄達が儂に声をかける。

「偵察じゃい。」

儂は答える。

伯父上達はそれどころではないのじゃろう。

儂の姿をちらりと見た後、再び声をひそめて軍義を続行する。

「皆々様方、陰気な顔じゃのぉ。勝機が逃げるぞ。」

儂は呵呵とばかりに笑う。

「開綱。」

一番上の伯父上が咎めるように儂の名を呼ぶ。

儂は伯父上に進言する。

「御役目。儂が引き受けようぞ。」

儂のその言葉に、伯父上達や従兄達が様々な表情をする。

苦渋に満ちた顔をしとる者も居れば、明らかに安堵の顔をしとる奴も居る。

まぁ致仕方無い。

誰もやりたがらない役目じゃものなぁ。

「やってくれるか?」

「応さ。儂の他に居るかいに?」

儂の両親である四男坊夫婦はすでに亡く、兄弟も居なけりゃ嫁も居らずに子も居ない。

守る家も無く、付き従う家臣も居ない。

正しく適任じゃ。

従兄達はそれぞれの家を継ぐ事こそが御役目じゃし、子が居ない者も居るが、皆嫁は居る。

従兄どもはともかく嫁御が可哀想じゃからのぉ。

「出陣は?」

儂が改めて聞く。

「夜明け前にここを立つ。」

そして夜明けとともに奇襲を行うという事じゃ。

儂らは本陣を、敵軍の常駐する砦の東側に構えている。

空は晴れておる。

明朝儂らは、御天道様の後光を背負い攻め込む手筈なのじゃ。

敵軍は儂らをまともに見れないはず。

そして一息に敵が陣取る砦を攻め落とす算段じゃ。

砦と言うてもそう大層なもんじゃのぉ。

奴らが占領しとるのは、そもそもうちの領地内の村の一つじゃ。

敷地を囲むように木の板を付け足したりしただけの、張りぼての砦じゃ。

じゃが、落とせん。

落とせん訳がある。

「じゃが、落としてみせよう。」

ここで落とせぬと、さらに我が国への侵略の足掛かりにされてしまうじゃろう。

何処の国かは判らぬが、下っ端の足軽どもが所持している装備品ですら、かなり立派な物なのじゃ。

近隣の大国のうちのどれか一つの尖兵である事には間違いないじゃろう。

儂は覚悟を決める。

死ぬ覚悟や人を斬る覚悟などはもぉずっと昔に済ませておる。

儂は、それらとは全く違う覚悟を決める。




夜明け前、儂らは本陣を出立。

もはや隠す必要も無い。

全員が刀や槍や鎧をガシャガシャ言わしながら駆ける。

総勢三百人程の竜胆ノ国の総兵力じゃ。

兵隊と言うても普段は田畑を耕し商いをしている。

我が竜胆ノ国は小さい。

大国同士の争いに巻き込まれたらお仕舞いじゃ。

なんとしても、この一戦は勝たねばならん。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」

日の出とともに儂らは雄叫びを上げる。

もはや後は戦うのみ。

相手は恐らく五十も居まい。

奴らが現れる。

我らの奇襲に対し、呑気に片手をかざして目を細めている。

おのれ。

馬鹿にしおって。

そして、奴らの後ろからそれが現れる。

人だ。

人が一人浮き上がる。

それは空中に浮いた人間…に見えなくはない。

遥か遠き都に居るという、陰陽術師達の格好はあんなじゃろうか。

白い長衣を着、黒い袴を履いている。

頭は高烏帽子。

両手には扇子を持っちょる。

舞いでも舞うのか?

「弓兵ぇぇ!射てぇぇ!!」

儂の従兄の一人が叫ぶ。

ある者はその場に立ち止まり、ある者は走りながら矢を弓につがえ、放つ。

竜胆家の兵隊が弓矢を放つ。

外れもするだろうが、そのまま何事も無ければ、あの砦の門前で突っ立ってるだけの十人程の敵兵は仕留められたはずだ。

空中に浮いた人が扇を振るう。

「ぬぅぅっ!?」

突然巻き起こった突風に儂は倒れそうになる。

味方の兵の中には倒れてしまった者も居る。

儂のようにそのまま駆け続ける者も居るが、大体はその場に立ち止まり踏ん張ってその突風をやり過ごしている。

放った矢が当たったかどうかなど、確認するまでもない。

全て今の突風で防がれたはずじゃ。

そう…防がれた。

今の風は自然のものでない。

あの宙に浮いた何者かの仕業じゃ。

あれは人ではない。

妖怪変化ですらない。

あれは神じゃ。

神の一柱じゃ。

これが神と人の差じゃ。

儂らの矢は一本も当たらず、敵の放つ矢は必ず儂らに当たる。

まだ出てきて居ないが、そろそろ現れるだろう敵の鎧武者は駿馬の如く走り回るだろう。

儂らが進む方向からは、常に向かい風が吹いてくるはずじゃ。

あれは、風の神には間違いないじゃろう。

火や水を司る神々も恐ろしいが、こう…間接的に人間の戦に加担してくる神としては…風使いは本当に厄介じゃ。

今まで百名前後の兵力で攻めた事はあったが、全て完敗しちょる。

一度など全滅、皆殺しの憂き目に遇ったのじゃ。

向こうは捕虜を取ったり、交渉をしてくる気配がまるで無い。

完全に我が国を滅ぼす目算じゃろう。

確かにこのままでは我が竜胆ノ国は早晩皆殺しじゃ。

じゃから、儂がやるのじゃ。

神殺し。

神斬りをな。

「うおらぁぁああああっ!!」

儂は加速する。

相手はこちらを嘗めておる。

あの風の神に頼り切り、全く危機感を抱いておらん。

今じゃ。

今しかないのじゃ。

奴らがやる気を出して矢を放てば、その矢は儂を貫くじゃろう。

儂の周りには二十人程の兵が集まっちょる。

二番目の伯父上が鍛え上げた兵達じゃ。

竜胆ノ国の最精鋭。

その兵達は儂に迫る敵の矢を弾いてくれる。

頼もしか事じゃ。

しかし、その最精鋭達も…

「ぐはっ!?」

「ぎゃっ!?」

次々と矢を射られ倒れていく。

全ては儂を守るためじゃ。

皆、この儂の盾としてついてきてくれたのじゃ。

すまぬ。

主らのためにも、我が御役目必ずや果たそうぞ。

「開綱を守るのじゃぁ!!」

伯父上達や従兄達の声が聞こえる。

竜胆ノ国の侍達が山を駆け降りる。

やっと敵軍の鎧武者が現れる。

矢の雨もさらに強まる。

風の神の加護を受けた敵軍の鎧武者達が、こちらの足軽よりも素早い動きで戦場を駆け回る。

次々と悲鳴が響き血煙が舞う。

倒れていくのはこちらの兵隊だけじゃ。

これは戦とは呼べぬ。

ほぼ一方的な殺戮じゃ。

我が竜胆ノ国の兵達は、死ぬためにここまで来たようなものじゃ。

「すまぬ。」

為政者の一族の者として、儂は死に逝く彼らに何の申し開きもできぬ。

だが、そのお陰で儂は辿り着く。

「ようやっと遇えたの。」

目の前では、風の神が宙を舞っている。

伯父上の兵達は、全て儂の盾として散って逝った。

「我が竜胆ノ国に仇を為す悪神よ!この竜胆開綱が成敗致す!!御覚悟!」

儂が、握っていた太刀を鞘に仕舞う。

代わりに、懐から小太刀を取り出し抜き放つ。

風の神は儂の話を聞いているのかいないのか、何も答えない。

儂は構わず跳び上がる。

この位置だとせいぜい足を斬るくらいじゃろう。

しかし…

…『轟っ!!』…

先程よりも強い突風が儂を襲う。

このままでは儂はこの風の神に触れる事すらできぬ。

風の神も、敵軍の兵隊もそう確信していたのじゃろう。

ふふふ。

生憎じゃったのぉ。

儂が小太刀を振るうと…

…『ばふっ!!』…

突風がかき消える。

「何事かっ!?」

風の神が焦る。

もう遅い。

儂はさらに小太刀を振るう。

「おおおおおっ!?」

風の神が地面へと不様に落下する。

化粧をした端正な面が不様に歪む。

「呵呵呵っ!愉快じゃな!!」

儂が小太刀を逆手に握る。

この小太刀は出自や由来は不明じゃが、我が竜胆ノ国の国宝の一つとして保管されていた物であった。

嘘か真か、神を斬れる小太刀とされておった。

銘を神斬と言う。

そのまんまじゃな。

「本物だったようじゃな。助かったわい。」

儂は笑う。

神など儂らの国には居らん。

試し斬りなぞ出来んかった。

これがまがい物じゃった場合、今地面に転がっている間抜けは儂じゃったろうな。

「ふんっ!!ふんっ!!」

風の神が往生際悪く扇をばさりばさりと扇ぐ。

儂はその度に神斬で風を斬り裂いてやる。

この有り得ない事態に慌てた敵兵が、風の神の援護に向かってくる。

しかし皮肉にも、風の神の突風を儂が斬り続ける事で、儂と風の神の二人の周囲には小さいが竜巻が発生しちょる。

ゆえに鎧武者の一人もこちらには近づけず、矢の一本すらもこちらに届かない。

間抜けめ。

儂は寝転がったままの風の神に跨がり、儂の両膝で相手の両腕を押さえつける。

風の神が怒りに顔を歪め叫んでくる。

「無礼者め!!我は隻臣風雪尊なるぞ!!」

「ふん!戦場に無礼も何もあるかい!!」

儂が吠える。

両手に握った小太刀を頭上に振りかぶる。

儂はきっと祟られる。

儂はきっと呪われる。

じゃが皆のためじゃ。

致仕方無しじゃ。

神の加護は強大じゃ。

誰ぞ殺らねば儂らは早晩皆殺しじゃ。

「もがぁあああああ!!」

風の神が滅茶苦茶に手を振る。

儂の体を風の刃が薙いでいく。

鉢金が割られ、鎧も引き裂かれる。

顔や体に熱い傷みが走る。

儂の血が風に舞う。

だが、それだけじゃ。

「がははっ!!甘いのぉ!!儂を殺したくば首を落として見せろいっ!!」

確かに神の力は恐ろしい。

こちらの矢を防ぎ、自軍の兵の足を速くする。

だがそれだけじゃ。

このなんたらのみこととやらそのものは弱い。

「神斬り御免!!」

儂が刀を振り降ろす。

「よせ!!祟るぞ!!」

神が脅してきよる。

「祟ってみぃや!!」

はん。

そんなん覚悟の上じゃ。

儂は神斬を風の神の首に突き刺す。

「ぎゃいいいいいいい!!」

耳障りな断末魔じゃのぉ。

儂は小太刀をそのまま右へと滑らす。

そのまま返す手で左へと滑らす。

儂は風の神の首を斬り落とした。

「おのれ!!人間が!!人間が!!なんたる事!なんたる事!」

斬り落とした生首がぎゃぁぎゃぁ騒ぎよる。

「随分元気な生首じゃなぁ。」

儂は呆れながら神斬をさらに振り下ろして、その生首を真っ二つにしてやる。

ふん。

どうじゃ。

口をぱくぱくと動かし、両の瞳がぎょろりと儂を睨んでくる。

「ふん。」

儂は腹が立ったので、しばらくの間、神斬を振るい続けた。

後には風の神の頭蓋の肉片が残っただけじゃった。

首無しの体の方はぴくりとも動かない。

まったく。

儂の国の民をあれだけ殺しておいて、よもや自分が殺される事に納得できないとは…やはり神さまはよぅわからん。

儂は神斬に付いた風の神の血を、首無しの体が着ている真っ白い服で綺麗に拭いてやる。

「ほんに助かったわい。ありがとな。」

儂は微笑み神斬を鞘に仕舞った。




その後は呆気無ぁもんじゃった。

風の神の加護を失った敵兵は面白いように矢が刺さる。

鎧武者の足はとても遅く、すぐに追い込める。

ふん。

己の力以外のモノをあてにしてりゃぁ当然じゃ。

儂は敵将を引っ捕らえていた。

厠に行ったら隠れていたのじゃ。

「お助けっお助けぇ!!」

立派な兜に金箔を貼り付けた派手な鎧を来ちょる男を儂は引きずる。

丸々と太り、顔には化粧をしている。

いわゆる貴族とか言う奴なのじゃろう。

「安心しぃ。儂は主を殺さん。」

その言葉に、この豚みたいな敵将は本当に安堵しちょる。

阿呆だのぉ。

儂は神斬りをしてしまったのじゃ。

もはや並の人の誉れは受けられん。

この国にももう居られん。

この大将首を討ち取るのは儂ではない。

「おお!!開綱!でかした!!」

二番目の伯父上が現れ、儂の姿を見て喜ぶ。

じゃが、すぐに暗い顔をし頭を下げてくる。

「すまぬ。お主に我が国は救われた。」

儂は笑う。

「頭を上げてくだされ、伯父上。最後に役立てて良かったわい。」

儂は大将首を引き渡す。

敵将の男は涙鼻水を垂らして騒いでいるが、両側から兵に押さえつけられ引きずられていく。

あれできちんと切腹できるんかのぉ。

潔くせぬとは恥知らずじゃの。

あんなのが大将じゃったとは、少しは敵兵達に同情してしまうの。

普通なら自らの首を差し出し、部下の命を助けようとするものじゃ。

「開綱!」

「でかした!!」

「あの小太刀は本物じゃったんじゃなぁ!?」

従兄達が現れ儂を労ってくれる。

「兄ぃ達も無事で良かったわい。」

儂は笑う。

幼くして両親を亡くした儂は、伯父伯母や従兄達に可愛がられ今まで生きてこれたのじゃ。

その恩返しができたと思えば、儂は満足じゃ。

「御館様が呼んじょる。」

「あい解った。」

儂は砦の中を移動する。

敵将が使っていたらしい広い部屋に、一番上の伯父上が居た。

まずは、儂と二番目の伯父上と同じようなやり取りをする。

その後、儂を探るような視線で見ながら質問してきよる。

「お主、加減はどうじゃ?」

「特には。何も変わった事は有りませぬ。」

神斬りをした割りにゃ元気じゃ。

先程飯を食えたし。

「強いて言えば…もっと斬りたくなってしまった…ような気が致しまする。神斬りをもっとしてみたい。もっと強い神と戦いたい。」

異常じゃ。

この考えは異常で狂っとる。

だが抑えきれない。

「そうか…それがお前の呪いかい。」

伯父上が沈痛な表情を浮かべ溜め息を吐く。

「恐らくは。」

あの風の神を斬ったためと言うより…この神斬を使ったからなのでねぇかなぁと、儂は思っちょる。

「では…」

「もうすぐにでも出立致しまする。見送り不要。」

儂は伯父上に頭を下げ、そのまま身を翻す。

「達者で。」

伯父上の声を背中に受け…儂はその部屋を後にする。

そのまま砦を出て、国境へと向かう。

儂は神斬りをしてしまった。

最大の禁忌じゃ。

もはや儂はこの国には居られん。

山の中を進みながら…儂は最後に竜胆ノ国を振り返る。

「さらばじゃ。」

伯父伯母や従兄達だけじゃのぉて、儂を育み生かしてくれた全てのモノに感謝する。

「今まで、ほんにありがとうござんした。」

儂は深く一礼をする。

そしてがばっと体を起こし、ぐるりと前へ向き直る。

「よし!行くか!!」

儂は故郷を捨てる事になった不幸を嘆いていなかった。

自覚をしていても抑えきれない。

儂は…これからたくさんたくさん神を斬れる事に歓喜しておった。

もはや…竜胆開綱と呼ばれた侍は死んだと言っていい。

儂は…そうじゃの。

これより幼名を名乗る事にしよう。

「儂は、邪王丸じゃ。これからも頼むぞ、相棒殿。」

儂は懐に仕舞った小太刀を撫でる。

そうして儂の…神斬り邪王丸の旅が始まったのじゃった。


(・∀・)人(・∀・)

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