第一戦
俺は状況があまり読み取れずにいた。
失踪して6年もの月日が流れた上村巡査が今、目の前にいるのだ?
で、成宮は何でそいつを威嚇めいた表情で睨んでいるんだ?
ただ1つ分かっていること。
これは人間が触れてはいけないものだということ。そんな俺の心中を察するわけなく上村巡査は相変わらずの微笑で訳の分からない事を言い出した。
「もう少しで全パワーをこいつに送り出せることができたんですがね。まぁ、今段階でも貴方程度なら充分でしょう?」
クックッ。と最後に軽く笑う上村巡査。
「確かに。私1人じゃ無理でしょうね。」
“そうだ。俺もいるぞ” と心の中で囁く俺。
「でも、わざわざ私が貴方を神社に招いたのよ?その意味が分かる?」
その刹那、成宮は髪を結っていたゴムみたいなものを引きちぎった。と、思ったら成宮の身体は神々しい光で包みこまれた。 目も奪われるその光が消えると成宮の衣装は変わり、髪色も変わった人物が現れた。
実際、俺は成宮?と思った程だ。
成宮の身に着けていた制服は見事なまでに消え、白装束、袴という正に神社に似合う格好。
一言で言うならば巫女。
だが、髪色がそれを裏切っていた。変わる前の漆黒ならばさぞかしこの衣装は似合っていたであろう。
成宮の髪色は黒から銀へ変わっていた。 その髪色は巫女というより天使と言うほどに浮き世離れしていた。表情も凛と引き締まっている。
俺は正に今から死闘をしうるであろう人物達の中央に居合わせており非常に気まずい。仕方ないのでここは二人で思う存分やってもらおう。
上村巡査の後ろにいる生物は怖いがあっちの出口から帰りますか。
さすがに襲ってはこるまい。さっきのやり取りだって俺なんか眼中にない感じだったし。今だに訳分かんないけど二人の邪魔になるだけだ。俺なんか。
そう思い歩き出そうとした瞬間。
「馬鹿っ!早くこっちに来なさいっ。」
という成宮の声が俺に向けられた。
「はっ?」
と言う暇もなく謎の生物が俺に鋭い牙を向けてきた。逃げようとしたときには既に遅し。両目を固く閉じるという条件反射だけ辛うじてできた。もう、死を覚悟したその刹那。頭上に何か飛んできたかと思うと謎の生物の牙は何か見えない壁でもあるかのようにそれで防がれた。
ギャルッ。
短い奇声が生物の口から漏れた。
俺は、恐る恐る閉ざした瞼を開け、足元を見る。そこには一枚の札が落ちていた。
これで俺は守られたのか?そんなことを呑気に分析していると例の生物は今度は牙と同等に殺傷力があるであろう爪で俺を襲おうとしていた。
「何やってんの!早くこっちに来なさいっ」
又も成宮の声で我にかえる。間一髪。制服を多少傷付けられた程度で謎の生物の第二の追撃を交わすことができた。
後はもう夢中で成宮の所目指して猛ダッシュ。
多少 息を切らして俺は成宮に話しかけた。
「なぁ?何だあの生物?何で俺を襲うんだ?確かに獣は人を襲うけど上村巡査には襲う気配ないじゃん?」
全てとは言えないが今 唐突に浮かんだ疑問をぶつけた。
「今、全てを貴方に話してられるほど時間に余裕は無いわ。ただ、あの獣に関してなら少し教える。」
それ等を早口で言う成宮。
「ああ、後で詳しく聞く。今はこの場に必要な情報だけを提供してくれればいい。」
「貴方に必要な情報なんて今状況には何一つ無いと思うけど。まぁ、いいわ。」
そう言うと成宮は長く美しい銀髪を耳に掛ける仕草をする。
「あの生物の名はロックブレスホーン。」
「ん?岩を吐く角?」
単純に和訳。
「意味としては勝手に想像して。ただ、身体は岩・・・いや、こっちの世界だと鉄同等の堅さ。そしてあの角に関しては鉄すらも貫通させるほどの鋭利を誇っているわ。さらに厄介なのは、口からの咆哮。約1500℃の炎を吐く。」
淡々と語る説明を耳で聞きながら改めて正面で俺達を倒そうと爪や牙で暴れている獣を見る。
岩の様な色をした身体。ドラゴンみたいな顔に牙と爪。バッファロンに似た角を頭上に施して二足歩行で立っている。
全長15メートルはありそうな巨体が見えない壁に必死に攻撃を繰り返している。俺としてはいつあの爪や牙が襲ってくるのかヒヤヒヤしているところだ。そんな俺の気も知らず更に成宮は恐ろしいことを口にした。
「あのロックブレスホーンの本来の強さは大したことは無いわ。ただ、今は少し厄介ね。80%ぐらい覚醒している。まぁ、でも何とか活けそうだわ。貴方さえ生け贄にならなければ。」
「はっ?ど、どういう意味だよ?」
「いい。貴方達、生物は私達にとって道端の小石同然なの。 」
さらりと酷いことを言うな。ぼそりと俺は呟く。そんな成宮の話しはまだ続く。
「ただ、貴方達は時として巨大な力を与える。あの様な生物限定だけど。まぁ、ペットのエサと思ってくれればいいわ。」
さらに毒舌。だが、次の言葉は身の毛が全て立つようなものだった。
「人間の血はあの生物の凶薬になるの。1人あたり5分の1。20%の力を与える。」
成宮の口調からどこか悔しがる感じが感じられた。それはそうだ80%もう溜まってるってことはもう既に4 人もの人が犠牲になっているのだ。
「あの生物は私が何とかするから貴方は安全な所に隠れてて。」
成宮は必死だった。
「ああ。分かった。」
という声ははたして成宮に聞こえたのだろうか?
俺の返事とほぼ同時にパリンッと見えない壁が砕ける音が耳に入った。正方形で俺達を囲っていた近くの札も綺麗に消えた。というより焼失した。
「チッ。そろそろ破られる頃合いだとは思ったのよね。」
舌打ちをしながらぼそりと呟く成宮。見ると正面のロックブレスホーンはいつの間にか20メートル程の距離をとっており口から橙色と赤色が混じったような炎が洩れていた。
1500℃がどのくらいの熱さかは想像したくはないが恐らくは熱さも感じないままこの世を去ることになるであろう。
だが、実際にはその炎は見えない壁とともに消滅しロックブレスホーンの第一射は空しく消えたのであった。
だが、第二射。第三射。を放ってきたら成す術はない。今、正に第二射を放とうとしているロックブレスホーン。瞬時に成宮は、巫女装束の内側から1枚の札を取りだし目の前の地面に札を置く。ただ今度の札はさっきのに比べて文字が札面びっしりと書き示されていた。容赦のない第二射がロックブレスホーンから放たれた。
すると成宮は、親指と人差し指、中指を立て薬指と小指を曲げ「妨。」と一言呟く。その仕草はまるで忍者の術をかけるときのものだった。よく少年漫画であるやつ。
まぁ、それはさておき成宮の一言で札が輝き出し周りに札に書かれていた文字が表れた。その文字の壁に当りロックブレスホーンから放たれた炎は又も綺麗に消え無くなった。
ただ今度は地面に置かれた札が焼失しておらず文字も消えてはいなかった。だが成宮の表情は固く引き締まっており脂汗も頬につたたり落ちている。
相変わらず右手で忍者のポーズさながらのポーズで立っている姿はまさに神々しかった。その右手は仄かに輝きを施しており止めれば見えない壁(文字は見えているが)が消えてしまうかのようだった。いや、ようだったではなくもう確定だ。
「おい、成宮!大丈夫かよ?それ凄く労力つかうんじゃねぇか?」
俺は成宮に守られている。
男として情けないという薄っぺらいプライドで成宮に言った。だが、止めてくれ。とは言えなかった。ただ成宮の心配をするだけだ。
「労力か?私のことは大丈夫だから早く何処かあの獣に見えない所に隠れて。」
「ああ。そうか?そうだよな?俺が出来る事なんてそんぐらいだよな?」
俺だって場の状況ぐらい理解できる。俺があの獣に向かっていったところで瞬殺は愚か、力も与えてしまうんだから。
「分かった。だが、勝算はあるのか?」
ここで成宮は表情を和らげた。
「私の力じゃロックブレスホーンの本来の力にだって勝てないわ。」
「だったら・・」
全部言い終わる前に成宮が続ける。
「でも、大丈夫。幸い敵は炎を得意としているし。」
なんの事だかさっぱりだが とにかく成宮の邪魔にならない所に俺は走っていた。
成宮はそれを確認すると今まで黙っていた上村巡査に話し掛けた。相変わらずの格好で。炎の放炎はもう既に六発を迎えていた。
「残念。貴方の力じゃロックブレスホーンの覚醒後の力を制御出来ていないようね。ブレスに関しても炎が拡散して私の防御札でも守られるわ。これ以上、被害を出したところで貴方には豚に真珠。力の持ち腐れよ。」
七発目の放炎を難なく防御しながら成宮が上村に言う。そんな成宮の挑発に上村は少し眉を崩しただけで歪んだ微笑を再度口に刻む。
「成る程。予め準備したステージですか。妙だとは思ったんですよね。」
「へぇー。気付いたんだ。だからといってどうすることはできないと思うけど?」
「確かに今の貴方はかなりの力を宿しています。ですが、見たところ防御するだけで手一杯に見えますが?」第八射の咆哮をロックブレスホーンに命じながらも余裕を見せる上村。
「ああ。貴方闘いは初めて?まぁ、私も知識だけで戦闘に関しては素人だけどね。」
放炎が炸裂。
「まぁ、いいわ。」
無傷の成宮はそう言うと又も衣服の内側から札を取りだし、召喚術のようなものを口にする。
「汝を我が命に命じこの世に具現させる。呪鎖の鎖今解き放つ。呪印解っ。」
成宮は言霊のようなことを唱え終えると人形の符に軽く口づけをした。
すると符はボワンッという音と同時に巨大な煙で成宮の身を包んだ。
「何だか知りませんが貴方の都合がいいように物事は進ませませんよ。放ちなさいロックブレスホーン!!」
そう上村が声を発するとロックブレスホーンはその煙に向かって砲炎する。
しかし。その炎は又も綺麗に消失する。
が、今回 成宮は防御符を使っていない。
煙が晴れていくと二人の人影が認識できる。
一人は当然成宮のもの。なら、もう一人は?
段々、その姿が露になる。
そこには初めて見る顔。長身で茶髪の髪をもつ男性?少年?どちらにしろかなりのイケメンが
立っていた。
陰陽師が着るような衣装の腰に日本刀の鞘をブラ下げている。その中身は既に抜刀されており正に先程の炎をその刀で防いだかのような振舞いであった。
成宮は銀髪の髪を始めとし爪先まで輝々しい光を放っている。いや、身に纏っている。
そんな成宮はその青年に言った。
「久しぶり。かまいたち。」