出合い
爽やかな風。
蝉の鳴く声はなくなり、代わりにジージーという鳴き声がこの静寂した街に鳴り響いている。
確か名前をクビキリギリスと言ったような。
そう。
時刻はもうAMからFMへと変わったのだ。
正確にはFM7時36分。
美穂先生の実家を後にした俺は何処に行くわけもなくただ歩いていた。
いや。ただ歩いているわけではなく考え事をしながら足を進めていた。勿論、さっき美穂先生の母親から聞いた事についてだ。
結局、話を全て聴き終わったのは空が闇夜に包まれた頃であってついさっきと言ったところなのだ。
あの貴婦人が語ってくれたことはどれも頭に残るものだったが、俺みたいな凡人に何が出来ると言うのだ。だからというものか俺の足は自然と帰宅ルートに歩を進めていた。
あの話を聞かなきゃよかった。美穂先生の過去に先入観なんか抱かなきゃよかった。
だが、何故に俺は考えている?
何故に俺は家の新聞。あの記事を思い出している?そんな時1つの疑問が脳裏にちらついた。
美穂先生の名字は、天草であって上村ではない。
当然、名字は兄弟一緒。美穂先生が母親の名字を受け継いだにしても違う。美穂先生の実家を去る間際に母親。貴婦人の名字を聞いておいたところ名字は山下であって上村ではなかった。なら、考えられることは1つである。
美穂先生の父親の兄弟関係。
弟(美穂先生の父親)と兄は実の兄弟ではない。
どちらかが養子であってそれは、恐らくは兄の方であろう。美穂先生の祖父の名字が天草であって、祖母の名字は上村というらしいから。兄の方はその祖母の兄弟姉妹何なのかは知らないが。兄弟姉妹の子供であって何らかな事情で天草家に引き取られたのであろう・・・・・。
って、俺がそんなこと考えても仕方ないしどうでもいい。
さて、もう家に着く頃かな?
ざっ。と頭を上げ周囲を見渡す。考え事をすると頭を下げて探偵のように顎に手を当てる癖があるらしい。
すなわち、俺は今の今まで地面のアスファルトだけに視線を送っていたのだ。
「ああ〜。逆方向来ちゃったよ。」
周囲には、見知らぬ家が目に見える。いや、知ってはいるが。予想だにしていなかった家という意味である。
仕方ない。こっから家に向かうか。えっと時刻は。
おもむろに制服のズボンから携帯電話を取りだし時刻確認。
時刻8時13分。
勿論、夜の。 家に着く頃はこっからだと9時過ぎになってしまう。
「ハァ〜。」
深い溜め息を吐き捨て踵を返す。
と、そこである建物が目に入った。
木造の日本式建築。昔さながらの年期もの。鳥居や参道。手水舎、燈籠、狛犬が俺の目に一気に映し出された。
そう、誰がなんと言おうとそれは神社だ。
「へぇ。結構来てたんだな。ついでだし拝んで行くかな。」
この神社。俺は入るのは初めてだ・・と思う。何故って?ここは隣町の神社であるからといった理由になる。大抵、大晦日の日とかは地元の神社で済ませてしまう。
夜だからであろう燈籠には灯りが仄かに灯っていた。それが妙に幻想的で少しばかり興奮してしまう。
3段くらいの木造階段を上り本殿・拝殿・弊殿があらわになる。
最初に軽くお辞儀。
後ろポケットから財布を取り出し中から10円玉を取りだし賽銭箱に転がす。
坪鈴を鳴らし2回深くお辞儀をし、2回手をたたく。目を閉じ願い事を心の中で静かに拝んだ。
“美穂先生が無事に見つかりますように。”
そっ、と目を開け重なりあっている手を身体の横に戻す。1回深くお辞儀をし、最後に軽くお辞儀。
これをして初めて参拝の作法と言えよう。だが、俺は最後に軽くお辞儀をしなかった。
別に神へ反発しようとしたわけじゃない。最後の最後に視線を感じたのだ。俺は容姿端麗なわけじゃないし、人目につくような格好をしているわけじゃない。
俺の格好は制服。そんな至って普通な俺を見ている奴。
それは 俺と同じデザインされた服を着ている奴だった。
ただ違うのは下にスカートを穿いている。
胸元にリボンが付けているのも俺と異なる。
そう奴は女。さらに俺はそいつを知っている。
そいつは俺と同級生。クラスメートの
成宮瑠璃だった。
瑠璃のパッチリした目は俺を捉えていた。
それは例えるなら戦場の兵士そのものの様に。
真剣な眼差しで。俺を睨んでいた。