上村宏樹
今回は上村の過去の話です。
上村宏樹は幼い頃、母親と父親との三人で暮らしていた。それはもう平凡で仲の良い家族だった。父親は警察本部の警官で母親は
専業主婦。
毎朝、早く母が父親を送り出す。そんな光景が当たり前で当時の上村もそう思っていた。
だが、あの日は唐突にやって来た。
ある日。父親が非番だった日。
親子三人で少し遠くの遊園地に出掛けることになった。
交通手段は父親の愛車である。
ブーンと道路を走行。
その日、車内では三人でたわいもない会話を楽しんでいた。だから、と言ったら言い訳になるがその時ドライバーであった父親は完全に注意力が欠けていた。
会話に思考がいっておりギリギリまで気付かなかったのだ。
歩行者信号が赤信号であったのに小さい子供が横断歩道を歩行していたことに。
どう考えても非はあちら側にあるが車と人間。
ぶつかって罪を問われるのは車側だ。
それ以前に上村の父親は小さい子をどうしても轢きたくなかった。警官である自分の掲げた鉄則みたいなものだ。だから、咄嗟にハンドルを急変換させる。だが、その時。変換させた所には大型のトラックが走行中だった。
‘ドシャッ!’
上村等三人の乗っていた車は大型のトラックにぶつかった。
「おい、あれ。ヤバイだろ。」
「救急車。救急車呼べ!」
間もなく目撃者が呼んだ救急車が来た。
上村等親子は半壊した車から救急隊員に出された。既に三人の意識は無い。
トラックと 中型車。当たり前の結果だ。
だが、上村は奇跡的に一命をとりとめた。 後方でシートベルトを締めていたのが大きな理由だ。それでもかなりの重傷を負ってしまったが月日を費やせば治るものであった。
しかし、前方にいた両親の方は。残念ながら頭をガラスに強くぶつけてしまい脳がほぼ死んでいた。
「心拍弱まってます。」
「心臓マッサージ。」
「電力上げて!」
「駄目です。先生。低下してます。」
「上村さん!上村さん!聞こえますか?」
手術室は以下の声で埋まる。
その時、上村宏樹は一命をとりとめていたが意識はまだ無かった。
「上村さん!上村さん・・・。」
看護婦と外科医の声を裏切るように心電図は なんの奇跡も起きずゼロになった。
上村は3ヶ月半程度で無事退院した。
だが、上村は何も嬉しくなかった。
両親が死んだことは上村の意識が回復して
一日が過ぎた時に聞かされた。
上村は泣いた。何が悲しいのか分からなかったが涙が流れ、声も出た。
両親が居ない。もう逢えない一生。
そんな事はまだ当時の上村には分からなかった。死という意味はまだ分からなかったが、ただ起きて直ぐその両親が傍にいないことに上村は泣いたのだ。
そして、間もなく上村は死という言葉の意味を知った。
だが、知ったところで何もない。
ただ、上村は意味もなくこの日この日を生きた。
そして、退院した。




