別の闘い
ハァハァ。
何回か脚を全力で前後させたあげくようやく年期のはいった湿った木材壁を破壊することに成功した。時間としては3分程度の時間を費やしたと思う。
正面では尚もまだ激戦が繰り広げられているらしく激しい音が耳に響く。
ここは、あまり領地が広いわけではないので少し右にずれれば成宮の姿が見てとれるのだが(燈籠の灯りで明るさも充分)俺は構わず先程蹴りだけで空けた木材壁の穴の中に身を潜めた。
汗で身体中びしょびしょだった。息も上がっており何年か振りに本気で身体を動かしたことに今さらながら気づく。本殿の中は当然なのだが辺り一面、暗黙に包まれていた。そんな空間に足を踏み入れても当然何も見えない。最初の方は。
段々目も慣れてくるとポツリ、ポツリと中の様子を視認することが出来た。中は、10畳程度。その中に祖霊舎。神鏡。三方。神器。灯明等といった一般の神具が称えられていた。
「で、どうすればいいんだ?ハァハァ。」
息を切らして言葉遣いも普段の口調で俺、新神風斗は暗黙の中に声を発する。
“おぉおぉ。また派手に暴れおったな。大層な穴が壁に空いとるわい。”
自分の住まいをぶっ壊されたというのに神は愉快そうに返答を返してきた。確かに壁には1箇所のデカイ穴が空いていた。それは別に俺の身体の面積を意味しているわけでは断じてない。
ただ、どうせ空けるなら豪快にやってみたかった。という罰当たりな欲だけの理由だ。
そんなことは今どうでもいいのだ。俺は自分の所業を誤魔化すべく口を開いた。
「もう一度聞くがどうすればいい?」
まくし立てるように俺が言うと。
“なぁに、簡単なことじゃよ。ほれ、そこの祖霊舎の扉を開けてみせろ。”
と、またとんでもない罰当たりな行為を俺に命じてきた。本当にこいつは神なのか?という疑念を頭から振りきって 言われた通りに祖霊舎の小さな扉に手を掛ける。
祖霊舎は結構な高さに配置してあったが背伸びすれば届く距離であった。
ちなみに俺の身長は173cmである。無音で扉が開くと中には一枚のお札が拝められているかのようにそこにはあった。
「これをどうすんだ?」
自然にその札を手に取り俺は再度質問。
“それを広げ中央に自分の血印を印ぜよ。そすれば自然にワシが主の身体に憑依してしんぜよう。”
「ハッ?」
言われるがままに札を開いたところまではいいが。何? 憑依?
「ちょっと待て待て!憑依って魂をあんたに売れってことかよ?身体をあんたに委ねろってことか?」
早口に神に訴える。
“まぁまぁ、落ち着け少年よ。”
神はあくまで冷静に俺をなだめる。
「落ち着けって?ふざけんなよ。俺の身体とられんだぞ。これが落ち着いていられるかよ!」
正直、身体を乗っ取られることとしてはどうでも良かった。ただ、心底感謝した人物に裏切られたというのに何故か腹が立ったのだ。
“少し黙っておれ!”
神の怒声がこの神聖な空間に響き渡る。同時に俺も頭に昇っていた血の気が一気に引いたのを感じた。続けて神の声。
“主に力を授ける。ということは、少なからず主をワシが好評課したからなのじゃぞ。
のに、ギャーギャー喚きおって。落ち着いてワシの話を聞いて尚、ワシの言う通りに行動できるというならば力を主に授けよう。無論。一言の異論など口にするのであればこの話。無いものにする。今からなら選択の時間許すがどうする?”
神の声は真剣で気迫さえ感じた。俺は見えない相手に怯えた。この幾数年これほどまでの恐怖。プレッシャーを感じた事があっただろうか?人間なんかじゃ絶対に逆らえない力。そんな力を神と言う者は当たり前かのように持っている。そんな気がしてならない。
長い沈黙の中。(実際は30秒くらい)ようやく俺は重い口を開くことができた。
「悪い。つい頭に血が昇って。俺の思いは変わらない。あんたの言う通りに動く。」
以上のことを言うのにも語尾が震えてないか分からない。けど俺は言い切った。
“よろしい。”
神は一言きっぱりと言い俺に指示を出してきた。
まず俺は札の中央、即ち'風嶺八景守護′と書かれた札の中央に押してある漢字をいくつも重ねたような押印 に俺の血を付着させた。まず。と言ったが実際俺がやったのはそれだけだ。
後は俺が神の力を身体に受け入れること。
酷い頭痛と目眩で少しでも気を許すようなら直ぐにでも気を失いそうだ。だが、これを耐えなければ神に俺という人格をあべこべにさせられる。
ようするにこの頭痛と目眩に負けたとなると神が俺を支配する。俺の体で。俺の人格を出すには神の許しを得なければでれなくなる。まぁ、そうならないようにも神より俺が俺の身体を支配しているということを俺の身体に覚えさせなければならない。
約3分。
俺の理性を保つことができたなら俺の勝ちで神を抑圧したことになる。と事前に本人が言っていた。聞いた時は3分ならなんとか。とか甘ちょろいことを考えていたものの。いざ、血印を押し覚悟はいいか?と前置きされ、首を縦に振ったらもうこの状態。
耳に入ってくるのはキーンという耳鳴りばっかり。身体のあちらこちらの細胞を神の力に耐えれるよう強化している。故に身体のあちらこちらで悲鳴をあげている現状。さらに追い討ちをかけるかの如く神の知識を脳内に埋め込むために酷い頭痛が俺を襲う。俺はダンゴムシのように転がった。動いていないと理性を保つことは無理だった。
まだ30秒くらいしか経っていないというのに3回は意識が綱渡り状態になった。何とか意識を繋いだが容赦なく頭痛等の痛みが俺を襲う。息をする暇もない。痛みだけが俺の身体を支配する。
だが、これに勝つ。ということは俺は自分に勝ったことになる。それを俺がどれ程望んいるか。
それだけを胸に俺は3分間戦った。




