異世界ぐるめ探訪 ~ザクロのジャムとピタパン 豊穣パン工房「コレー」~
「お腹すいた……」
病院の夜勤前。軽く食べてからいこうと思ったけど、どこのお店もいまいちピンとこない。
美味しそうなお店はいくつもあるけど、連続での夜勤を乗り切るのはどれも力不足だ。
「やっぱ、こういう時はこれしかないかぁ」
いいながらスマホのグルメサイトアプリ「ISENAVI」を起動する。
夜勤前だから、重いのはちょっと外したい。だけど、エネルギーはしっかりと補充したい。
「お、ここは……」
画面をスクロールすると、あるお店が目に止まる。
豊穣パン工房「コレー」……パン屋さん……うん、今の私にぴったりだ。
イートインスペースもあるって書いてある。
写真に写る店内の雰囲気も、華やかで素敵だ。
だけど、開店時間が書いてない。
どうやら開店時間は不定期らしい。
ここで、選択を間違えれば、最悪、自販機で買えるコーヒーとお茶で夜勤を切り抜けなくちゃならなくなる。
でも、もう口がパンの口になっている。
選択肢はもうない。
「……行くしかないわよね」
ルート検索を起動すると、地図が表示される。
ナビを頼りに、十字路を行ったり来たり、住宅地の裏路地を通って、小さな公園の中へ。
そう言えば、お店の名前のコレーってなんだろ?
気になって歩きながら検索をしてみる。
どうやらギリシャ語で「少女」とか「娘」って意味らしい。
うん、ますます気になってきた。
そんなことを考えていると、突然、目の前に花があしらわれた可愛らしいピンク色の扉が現れる。
その扉をゆっくりと開けると……。
「うーん……いい匂い……」
入るなり焼けたパンのいい匂いが鼻をくすぐる。
同時に、オーブンの熱気だろうか、ほんのり暖かい空気が頬を撫でていく。
店内を見れば、あちこちに花が飾られていて、大きな窓からは柔らかな日差しが差し込んでいた。
花の甘い香りと、焼きたてパンの香ばしさが入り混じって、なんとも贅沢な匂いだ。
明らかに季節や時間が合わない花が咲き誇る店内。ひまわりとコスモスのコラボとか、初めて見る組み合わせはすごく目を引く。
「いらっしゃいませ」
店員さんが話しかけてくる。
花を全身にあしらった可愛らしい制服……だけど、あざとさは一切ない。
金色の美しい長い髪と相まって、ただただかわいいとしかいいようがない。
まるでおとぎ話のお姫様のようにも見える。
この娘が店名の由来なのかもしれない。
名札を見れば「ペルセポネ」とか書かれていた。
名前の響きまでお姫様みたい……っと、今はそれどころじゃない。
早く食事して仕事にいかないと。
「こんにちは。すいません、イートインスペースって空いてますか?」
「はい、ありますよ! こちらへどうぞ!」
ペルセポネさんは元気に窓際の、日差しのよく当たる席に案内してくれた。
これから夜勤の私には、こういう日差しがなんだか名残惜しい。
「パンはご自分で選ばれますか? それともお持ちしましょうか?」
席に座ると、彼女はにこやかに話しかけてくれる。
「えーと……」
正直、どのパンも見ても美味しそうで決められそうにない。
ただ、残念ながら時間がない。
だからここは……。
「おすすめのパンをお願いします」
うん、ここは王道で攻めてみよう。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「えーと……このハニーミルクをお願いします。後、タバ……」
注文の最後にタバコのことを聞こうとして、口をつぐむ。
こんないい匂いのお店で、さすがにタバコを吸うのは気が引ける。
残念だけど、我慢しよう。
「他にご注文はございますか?」
「あ、いえ、それでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
彼女は軽やかな足取りで、店の奥へと消えていく。
その姿を見送りながら大きく伸びをする。
「うーん……最高ね……」
こんなお店なら、本を読みながらのんびりするのもいいかもしれない。
その姿を想像するだけで、ワクワクしてくる。
読みたい本をあれこれ考えていると、ミルクとパンのいい香りが近づいてきた。
「当店おすすめ、ザクロジャムとピタパン、それにハニーミルクです」
目の前に真っ赤なジャムとパンらしきもの、はちみつ入りのミルクが置かれる。
しかも、想像以上にたっぷりと。どうやら豊穣って名前は伊達じゃないらしい。
だけど、その量の前に、パンの見た目に違和感がある。
想像していた食パンやロールパンのようなパンとはちがって、平べったい。
「このパンは?」
「はい、ギリシャのパンでピタパンっていいます。こうやって、真ん中を切って……」
彼女は慣れた手つきでフォークでパンをすっと切る。
断面を見れば、パン生地が重なって、袋のようになっている。
「そして、この間にこうやってジャムを詰めて……はい、どうぞ」
宝石のような真っ赤なジャムがたっぷりと詰め込まれたパンを渡される。
砂糖がたっぷりはいったであろうザクロのジャムの背徳感……でも、そんな誘惑に勝てるわけもない。
ものすごく美味しそう……思わずがぶりとかぶりつく。
もちっとした弾力が歯に心地よく跳ね返ってくる。
「!!」
一口かんだその瞬間、脳内に豊かな小麦畑のイメージが駆け巡る。
ザクロのジャムは、爽やかな酸味と、甘みが完璧な調和を見せている。
完全に潰しきらないザクロの実、プチプチと弾ける食感が食べたときにすごく楽しい。
そして、このパンだ。
初めて食べるピタパン。素朴さと懐かしさの感じる、純朴なパンがザクロの鮮烈な味を完璧に受け止めている。
まるで、ザクロというお姫様を受け止める王子様と言っても過言じゃない。
半分程度食べきって、ハニーミルクを飲む。
「!!」
また衝撃を受ける。
上品なはちみつの甘みと、牛乳の甘みが完全にベストマッチだ。
ほんのり温かいミルクが喉を通るたび、じんわりと体の芯まで染み渡っていく。
このしつこさのない甘さが、ザクロのジャムとピタパンを支える、欠かすことのできない名脇役となっている。
「ふぅ……美味しい……でも、ちょっと食べ切れそうにないのよねぇ」
空腹は満たされたが、まだまだパンもジャムも残っている。
夜勤の前に食べすぎて、眠くなるのはちょっと避けたい。
「お持ち帰りなさいますか?」
「え? できるんですか?」
「はい、少々お待ちください」
彼女はパンを持って再び店の奥へと姿を消す。
するとすぐに、花がらの包み紙にラッピングされたそれを持ってきてくれた。
「こちらをどうぞ」
「ありがとう」
お持ち帰り用のパンを受け取った瞬間、店の前に真っ黒なスポーツカーが止まったのが見える。
「あ! あの人は……」
ペルセポネさんの顔が、パーッと華やぐ。
あの顔は見たことがある。
恋する乙女の顔だ。
「すいません。失礼します」
彼女が軽く一礼をすると、その姿が一瞬で変わる。
金色だった髪は、艷やかな真っ黒に染まってしまった。
色とりどりの花があしらわれた服も、その花たちは全て枯れ果てゴシック風の衣装へと変わってしまう。
「お母さん! ちょっとハデス様とお出かけしてくる!」
彼女はそれだけ言うと、店を飛び出し真っ黒なスポーツカーに飛び乗る。
ちらっと見えたハデス様? の顔はかなりのイケメンだった。
私の好みじゃないけど、まあ、好きになる娘も多そう。
そんな事を考えていると、黒いスポーツカーは軽やかなエンジン音を響かせ走り去ってしまった。
「うーん……恋する乙女って、大胆ね」
仕事を放り出してまで、好きな人と一緒に出かける。
若さゆえの特権なのかもしれない。
私には真似できそうにないなぁ。
「あれ?」
そんなことを考えていると、店の奥からシクシクとなく声が聞こえてくる。
さっきのペルセポネさんとよく似た、だけど大人びた声をしている。
すごく悲しそうだ。
それと同時に、急激に寒くなってくるのをかんじる。
店の外を見れば、さっきまでの穏やかな日差しは厚い雲に覆われ、雪は降り始めた。
やがてそれは、吹雪となってお店のガラスにへばりつき、どんどんと積み重なっていく。
コツ、コツ、と窓を叩く音がやけに大きく響く。指先からじんわりと冷えが這い上がってくるような気さえした。
だけど、それだけじゃない。
室内の花たちも枯れ果ててしまっている。
さらに、パンもだ。
今までふっくらとして、かぐわしい匂いを漂わせていたパンたちは、しなびてからからになっている。
「あー……そういうことね」
この手のお店を利用していると、こういうことはあるあるだ。
店主さんやオーナーの気分一つで、お店の雰囲気がガラッと変わってしまう。
そういえば、入ってきた時に見た季節外れの花も、その一例だったのかもしれない。
あれも、今も、全部お母さんって呼ばれたオーナーさんのやる気次第で、今は落ち込んでるからこんな事になってるんだろう。
まったく、過保護ねぇ。
と、そんなことを考えていると、一人の少女が近づいてくる。
「あー……ペルセポネちゃんが行っちゃいましたかぁ」
花がらのドレスを着た、ペルセポネさんに負けず劣らずのかわいい少女だ。
顔とかは似ていないけど、雰囲気はそっくりだ。
「えーと……これはオーナーさんの?」
「はい、そうです。このお店はペルセポネちゃんのお母さんのデメテルさんがやってるんですよ。でも、デメテルさんはめちゃくちゃ過保護なんですねぇ」
少女はやれやれと言った感じで深いため息をつく。
まあ、思春期の娘が出かけたくらいでそんなに悲しむようなことなのかしら?
「最近は、さっきみたいにいきなり出かけて、朝帰りとかも増えちゃってるんですよ」
前言撤回。
子どもとかいない私でも、そりゃ心配になるってよく分かる。
でもそれなら、納得。
開店時間が不定期なのはそういうことなのね。
「じゃあ、今日はもう?」
「はい、閉店なのでまたご来店ください」
「わかったわ、じゃあ、これで」
私は入ってきたドアを開けると、元の世界へと戻る。
さっきまでピンク色で可愛らしかった扉は、真っ白に色褪せてしまっている。
営業してるかどうかがひと目で分かるようになっているのはありがたいのかもしれない。
「ふぅ……」
お店を出てタバコを一服。
この食後の一本がたまらない。
肺いっぱいに広がる煙の味と、鼻を抜ける独特の香りに、肩の力がふっと抜ける。
「それにしても恋……ねぇ」
ふと、両親の顔が思い浮かぶ。
私も若い頃はむちゃして、心配をかけてたなぁ。
今度のお休みには帰省してみようかな?
「っと、時間ね。レビューを書いてさっさと仕事いこ」
私は少しの寂しさと、満腹になった満足感に包まれながら、職場へと足を向けた。
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ISENAVI !新着レビュー!
豊穣パン工房 『コレー』 評価:★★★★★
やきたてのパンの香りがたまらない!
投稿者:夜のエンジェル
営業時間が不定期ということでしたが、思い切って入ってみて大正解でした。
今回いただいたのは、ザクロのジャムとパン、それにハニーミルク。
特にザクロのジャムは宝石のような見た目に違わない、素晴らしい味です。
酸味と甘さのバランスが絶品で、それを受け止めるギリシャ風のパン……ピタパンも絶品でした。
ただ、いつ閉店になるかわからないので、お店に行った際は、早めにパンを買うことをおすすめします。
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異世界ぐるめ探訪をまとめてみました。よろしければこちらもどうぞ
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