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やり直せるのは、あと三回まで  作者: 続けて 次郎


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第九章 観測者

「……誰だ」


 喉が張りつく。


 電話口の声は、年齢も性別も分からない、感情の削ぎ落とされた音だった。


「あなたはすでに一度、時間の巻き戻しを行っています。現在、残り二回。相違ありませんね」


 背中に冷たい汗が伝う。


 なぜ知っている。


 やり直しは、俺にしか見えないはずだ。


「答える義務はない」


「義務ではありません。確認です」


 淡々とした声。


「あなたは観測対象です」


「……観測?」


「分岐の安定性を測定しています。あなたの選択は、基準値を超える揺らぎを発生させました」


 頭が追いつかない。


「ふざけるな。これは俺の人生だ」


「その通りです。ただし、完全に閉じた系ではありません」


 意味が分からない。


「あなたが二回目を使用した場合、分岐の振幅は臨界点に到達する可能性があります」


 臨界点。


 嫌な単語だ。


「到達するとどうなる」


 数秒の沈黙。


「修正が入ります」


「修正?」


「観測不能領域の排除です」


 ぞっとする。


「排除って、何を」


「不要な分岐を」


 不要。


 誰にとって。


「……俺にとってか?」


「システムにとって」


 通話が、そこで切れた。


 耳鳴りが残る。


 システム。


 観測。


 排除。


 つまり——。


 やり直しは、俺のためだけの奇跡ではない?


 俺は、何かの実験台か?


 ソファで眠る真奈を見つめる。


 お腹はまだ目立たないが、確かに命がある。


 排除。


 その言葉が、頭を離れない。


 もし俺が二回目を使い、分岐が揺らぎすぎたら。


 修正が入る。


 それは何を意味する?


 事故。


 病気。


 突然死。


 あるいは——。


 存在の消失?


 吐き気が込み上げる。


 やり直しは、万能の救済ではない。


 監視された実験。


 だとしたら。


 俺が使わない限り、安定している?


 いや。


 警告は出ていた。


 破綻の高確率。


 あれも、観測結果か。


 つまり。


 使わなくても、リスクはある。


 使えば、揺らぐ。


 使わなければ、確率の中で生きる。


 どちらも安全ではない。


 翌日、俺は非通知番号に折り返した。


 当然、繋がらない。


 仕事中も、思考が止まらない。


 俺の選択は、誰かに測定されている。


 ならば。


 これはゲームではない。


 試験だ。


 限られた回数の中で、どこまで“自然に”選べるか。


 やり直しに依存すれば、揺らぐ。


 依存しなければ、確率に委ねる。


 俺は、どうする?


 夜、ベランダに立つ。


「出てこい」


 小さく呟く。


 文字が、浮かぶ。


 ——観測状態:安定。


 ——現在の選択は推奨範囲内です。


「推奨ってなんだよ」


 答えはない。


 だが、ひとつだけ分かる。


 俺が自分の欲望や恐怖でやり直しを使えば。


 揺らぎは増す。


 そして、修正。


 排除。


 守るために使う、と決めた。


 だが。


 守るために使った結果、排除が起きたら?


 皮肉だ。


 真奈がベランダに出てくる。


「また難しい顔してる」


「少しな」


「直人、最近、遠く見てる」


 心臓が跳ねる。


「そんなことない」


「あるよ。でも……聞かない。言えないこともあるでしょ」


 彼女は、俺の胸に額を預ける。


「ただ、一つだけ」


「何だ」


「一人で決めないで」


 その言葉が、深く刺さる。


 一人で。


 確かに、やり直しは俺にしか見えない。


 だから、全部背負おうとしていた。


 だが。


 これは俺だけの未来ではない。


 もし、二回目を使うときが来たら。


 それは、俺一人の判断でいいのか?


 答えは、出ない。


 数日後。


 検診で、小さな異常値が出た。


「今すぐ問題になる数値ではありませんが、経過観察しましょう」


 医師の言葉は穏やかだ。


 だが、俺の心はざわつく。


 確率。


 破綻。


 排除。


 帰り道、真奈が言う。


「もしさ、何かあっても」


 俺は顔を上げる。


「命って、コントロールできないよね」


 その通りだ。


 俺は、コントロールできると思っていた。


 やり直しという力で。


 だが、違う。


 これは操作する物語じゃない。


 選び続ける物語だ。


 その夜。


 文字が、再び浮かぶ。


 ——重大分岐接近。


 ——二回目のやり直しを実行した場合、観測対象の一部が消失する可能性があります。


 消失。


 具体的になった。


 観測対象。


 それは——。


 俺か。


 真奈か。


 子どもか。


 誰だ。


 手が震える。


 残り、二回。


 だが、使えば消える可能性。


 使わなければ、確率の中で危険。


 どちらも地獄。


 俺は、深く息を吸う。


 守る。


 そのために、選ぶ。


 だが、選択肢はまだ見えていない。


 運命は、もう一段、牙を剥こうとしている。


 やり直せるのは、あと三回まで。


 その言葉の本当の意味が、すぐそこまで迫っていた。

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