↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直せるのは、あと三回まで  作者: 続けて 次郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/12

第二章 未来を知る男

 やり直しから一週間。世界は、俺の記憶どおりに動いていた。


 朝のニュースで流れる株価の推移、コンビニで始まるキャンペーン、社内で起きる小さなトラブル。三年前の出来事が、寸分違わず再現されていく。その正確さが、逆に恐ろしい。


 俺は未来を知っている。


 その事実は、甘美だった。


 営業会議では、次に来る市場トレンドをさりげなく提案する。「サブスク型の短期体験キャンペーン、伸びますよ」と。三年前には半信半疑だった上司が、今回は真剣にメモを取る。後輩の佐藤は、尊敬の眼差しを向けてくる。


「榊原さん、なんでそんなに先が読めるんですか?」


「勘だよ」


 軽く笑ってごまかすが、胸の奥で優越感が膨らむ。


 俺は、間違えない。


 仕事は順調に回り始め、評価も上がっていった。三年前には任されなかった大手案件も、今回は俺が中心だ。人は結果を出す者を疑わない。少しの違和感があっても、「できるやつ」で片付けられる。


 だが、全てが完璧に進むわけではなかった。


 夜。彼女——真奈は、ソファに座りながら俺を見つめていた。


「最近、なんか変わったよね」


「そうか?」


「うん。前より優しいし、話も聞いてくれるし……嬉しいけど、ちょっと不思議」


 図星だった。俺は三年前の後悔を知っているから、同じ轍を踏まないように振る舞っているだけだ。自然体ではない。


「悪い方向じゃないなら、いいだろ?」


「まあ、そうだけど」


 真奈は笑う。しかし、その瞳の奥に小さな疑問が残っているのを、俺は見逃さなかった。


 未来を知るということは、相手の未来の言葉も知っているということだ。


 三年前のこの時期、真奈は仕事で大きなチャンスを掴む。地方のデザイン事務所から、東京の有名スタジオへの転職オファー。それは彼女にとって夢への一歩だった。


 だが、そのときの俺は反対した。「遠距離は無理だ」「今は俺の仕事が大事だ」と。


 そして彼女は迷い、結局オファーを断った。


 それが、後に彼女の心に深い後悔を残すことになる。


 今回はどうする?


 数日後、真奈は例の話を切り出した。


「実はね……東京のスタジオから声がかかってて」


 来た。


 心臓が早鐘を打つ。未来どおりの台詞、同じタイミング。だが、ここでの選択は、まだ白紙だ。


「すごいじゃないか」


 即答だった。


 真奈は目を見開く。「……反対しないの?」


「する理由がないだろ。お前の夢なんだから」


 言いながら、胸の奥がざわつく。東京に行けば、物理的な距離ができる。三年前の別れの直接の原因は俺の未熟さだったが、遠距離の不安も確かにあった。


 それでも、今回は違う。


「遠距離になるけど……」


「なんとかするさ。俺も、いずれは東京の案件を増やすつもりだ」


 半分は本音、半分は勢いだ。だが、未来を知る俺なら、それも不可能ではない。


 真奈はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。「ありがとう、直人」


 その笑顔は、三年前よりも晴れていた。


 正しい選択をしたはずだ。


 なのに、胸の奥に引っかかるものがある。


 夜、ひとりでベランダに出る。街の明かりが滲む中、あの文字が再び浮かび上がった。


 ——未来は固定ではありません。


「……どういう意味だよ」


 呟いても、答えはない。


 数日後、社内で小さな事故が起きた。後輩の佐藤が、重要なデータを誤って削除したのだ。三年前も同じことがあった。あのとき俺は、自分の保身を優先し、彼を厳しく叱責した。結果、佐藤は自信を失い、部署を異動してしまった。


 今回は違う。


「バックアップある。慌てるな」


 俺は落ち着いて指示を出し、上司への報告も自分が引き受けた。佐藤は何度も頭を下げ、「ありがとうございます」と震える声で言った。


 未来を変えた。


 だが、その日の夜、別の部署から緊急のヘルプが入った。担当者が体調を崩し、案件が回らなくなったという。三年前は起きなかった事態だ。


 俺が佐藤をフォローしたことで、別の歯車がずれたのか?


 偶然かもしれない。だが、違和感は消えない。


 やり直しは、単なる巻き戻しではない。選択が変われば、世界も微妙に形を変える。


 それを強く実感したのは、真奈の東京行きが決まった日だった。


 送別会の帰り道、彼女は言った。


「ねえ、直人も来ない? 一緒に東京」


 予想外の言葉だった。三年前には、そんな提案はなかった。


「俺が?」


「うん。直人なら、もっと大きな仕事できるよ。今の会社に縛られなくても」


 心が揺れる。


 三年前の俺は、安定にしがみついた。だが今の俺は、未来の景色を知っている。このまま会社に残れば、三年後、俺は中途半端なポジションに甘んじることになる。


 東京に行けば、未知数だ。


 だが——。


 脳裏に、残り二回のカウントが浮かぶ。


 ここで大きく動いて失敗したら? やり直しを使うか?


 それとも、温存するか?


 人生が、ゲームのように感じ始めていた。


 選択肢を吟味し、最適解を探す。失敗したらリセット。


 だが、目の前の真奈は、ゲームの駒ではない。


「……少し考えさせてくれ」


 俺は正直に答えた。


 真奈は頷いたが、どこか寂しそうだった。


 帰宅後、天井を見つめる。やり直しの力は万能ではない。むしろ、使うたびに未来は不確定になる。三年前と同じレールは、もう存在しない。


 もし、三回目を使い切ったら?


 その後に待つのは、本当の一度きりの人生だ。


 怖い。


 初めて、そう思った。


 だが同時に、わずかな高揚もある。選び直せるという優位は、確実に俺を強くしている。


 ——やり直せるのは、あと三回まで。


 その言葉は、もはや救いではなく、制限だった。


 残り、二回。


 俺は、どこまで賭けられるのか。


 夜は静かに更けていく。


 そして運命は、静かに次の選択を迫ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。