8話
カインはクレの方を向くと、鍵箱を見ながら質問する。
「それは父親の形見だったよね。名前を教えてくれないかい?」
「ええっと、セリューだけど……」
「セリューだって⁉」
カインは手でテーブルをたたいて立ち上がると、大きな声を出して驚いた。クレは突然のことに訳が分からずカインを見つめている。
「誰なんだ?」
「大盗賊セリュー。僕は騎士団の記録や当時追っていた人から話を聞いただけなんだけど……」
そこまで言った後、クレの方を向いて真剣な表情で続きを話す。
「クレちゃん。君のお父さんは、十年以上前に有名だった大盗賊なんだ。奴が盗めなかったものはなかった、とまで言われていたらしい」
カインはクレの持っている鍵箱を指さし、さらに言葉を続ける。
「きっと秘密はその箱にあったんだ。さっきみたいに鍵を開ける技術はいるけど、それさえあればどんな守りも意味をなさないはずだ」
「そ、そんなにすごいものだったなんて……」
クレが戸惑ったように鍵箱を見ている。トランが静かにその様子を見ていると、トランの背後の扉からかすかに物音が聞こえた。
「だれだ!」
トランがドアを突き飛ばしながら廊下に出るも、誰も見当たらなかった。
驚いたようにクレとカインが後から様子を見に来た。
「……誰かいたのかい?」
「ああ。さっきまでの話は聞かれてたな……。くそっ」
三人が部屋に戻ってもう一度椅子に座りなおす。トランは苛立ちを隠せておらず、さっきよりも険しい顔だ。
カインも真面目な表情のまま二人に忠告をする。
「これから先は警戒した方がいい。とりあえずクレちゃんの……そうだね、鍵箱と呼ぼうか。それを狙う人が居るはずだ」
「クレ、その箱の存在を知ってるやつに心当たりはないか?」
「……あっ」
「どうした?」
しばらく考えた後、クレは何かを思い出したのか声を上げた。
「実はアニキと会った時にオイラを追いかけてたおっさんがいたでしょ? そいつの前でこの箱を落としちゃったんだ」
「もしかしてそれで追われてたのか?」
「きっとこの箱のことを知ってたんだよ! それで、オイラから奪おうと……」
クレが鍵箱を持つ手に力が入る。トランはその姿を見て、首を振って否定する。
「だけどあいつは俺が捕まえたんだ。今頃牢屋に入ってるはずだろ?」
「……いや、そう楽観視しない方がいい。その人の仲間が感づいた可能性もある」
カインはテーブルに肘をつき、顔の前で手を合わせながら二人を見る。
トランはカインの様子から厄介な事件に巻き込まれていると感じたのか、ため息を吐きながら天井を見上げる。
「クレちゃん。騎士団でその箱を買い取らせてくれないかい? 父親の形見だってことは分かっているが、君が持っているよりも騎士団であずかる方が君と鍵箱にとっても安全なはずだ」
カインはクレにまっすぐ頭を下げるが、クレは迷うことなく首を横に振った。
「ごめん、カインさん。どんなに高値がついても、オイラは売るつもりなんてないよ。だって、たった一つの形見だもん」
「……そうだね。ごめんよ」
クレは鍵箱を隠すようにしまい込むと、それっきり取り出そうとはしなかった。
カインも最初から首を縦に振るとは思っていなかったのか、すぐに別の提案を伝える。
「なら、今回の探索に協力してほしい。その箱と君の技術があれば遺跡の探索も大いにはかどるはずだ。もちろん、騎士として君を守ると誓おう」
「……オイラはアニキと一緒じゃなきゃいやだよ」
トランはその言葉に不意を突かれたように驚くと、はっとした後顔をそらす。
カインはその様子を見るとようやく表情を崩し、トランを見て笑いかける。
「……慕われているね。心配いらないよ。もともと僕はトランを誘うつもりだったからね」
「そうなの?」
クレがトランのほうを向いて問いかける。
「言っただろ? こいつとは付き合いが長いんだ」
「話は決まりだね」
カインが力を抜いて背もたれに体を預けると、キィ、と椅子から音がする。
「そうだトラン。念のため、今度の遺跡調査に行くとは周りに言わない方がいい」
「今更じゃないか? 俺が遺跡調査に参加するのはギルドの連中はみんな知っているはずだ」
「パーティを組んでる君からクレちゃんの居場所を突き止めようとする人もいるはずだ。ギルド外だけでも、できるだけ情報は漏らさない方がいい」
「……ああ、わかった」
トランの返答に満足したカインは、にこやかに会合の終わりを告げる。
「それじゃ、今日はもう解散にしようか。次は遺跡で会おう。トラン、クレちゃん」
トランは静かにうなずくと、椅子から立ち上がり部屋を出て行った。クレもカインに軽く頭を下げてトランの後ろをついていった。
カインは軽く手を振りながら見送った後、天井を見上げながらぽつりとつぶやく。
「二人のためにも、騎士団には報告させてもらおう。その方が安全なはずだ」
トランとクレがギルドから出ると、まだ日が少し傾いただけで明るい時間だった。
クレが手をかざして日をよけながら空を見る。
「そういえば、アニキとカインさんってどういう関係なの? 古なじみって言ってたけど」
「俺が拾われた孤児院で一緒に育ったんだ。あいつのほうが年上で……まぁ、兄貴分だな」
「へぇー。アニキの兄貴かぁ。なんだか真面目そうな人だったね。……ふふっ」
クレはトランとカインの小さい姿を想像しているのか、小さく笑っている。
トランはそれに気が付いたのかクレの頭を軽く押さえる。
「むぎゅ」
「……たまに抱え込んでとんでもないことをやらかすけどな。そんなことより、飯食いに行くぞ」
「うん!」
トランの後ろを、クレが上機嫌でついていく。
そんな二人を、遠くから見つめている視線が一つ。
「……」
ギルドを離れて歩いていく二人を、フードを被った女が物陰からじっと見つめていた。




