4話
「本当に泊っていかれないのですか? ウルフの素材を分けてもらったお礼をしたいのですが……」
申し訳なさそうにそう聞き返す村長に、トランは首を振って答える。
「それも依頼のうちだ。報酬はギルドに預けてるんだろ?」
「え、ええ。大した額ではありませんが」
それを聞いたトランは満足そうに笑いながらうなずく。
「それで十分だ」
「うん! ウルフの素材は村のために使ってよ!」
トランの後ろでやり取りを聞いていたクレも、誇るように胸を張っている。
村長は感謝の気持ちを表しきれないといった風に、何度も頭を下げている。トランとクレはそんな村長に手を振りながら王都への道を歩き出した。
帰り道のクレは今までで一番テンションが上がっているのかスキップまでしている。日が暮れて野営をしている時でさえ楽しそうに笑顔で野営の準備をしていた。
「いつまで浮かれてるんだ」
「いいでしょ! だって、モンスターの討伐依頼を受けられるようになったんだから!」
キラキラと目を輝かせているクレを見て、トランは一つため息をつく。
「冒険者ギルドに集まってくる依頼は何もモンスター相手の物ばかりじゃないぞ? お前みたいに器用な奴ならほかにも受けられる依頼は多いはずだ。なのになんで討伐依頼にこだわるんだ?」
「確かに町の小さな手伝い事から薬草採取とかはあったけど……冒険者っていうよりは便利屋って感じだったし。でも、そういうのは報酬が少ないでしょ?」
「報酬か……確かにな」
トランも小さく笑って同意した後、コムギ村でもらったパンと干し肉をクレに渡す。クレはコムギ村からもらったパンに目を輝かせながらかぶりついている。
トランもパンをかじりながらクレに声をかける。
「どうしてそこまでお金が欲しいんだ?」
「それは……故郷のためだよ」
クレはパンにかじりつきながら何気なく言った。トランもつられてパンをちぎりながら口に入れ、クレが続きを話すのを待った。
「オイラの村もコムギ村みたいに小さいところでさ。魔石を買うお金もないんだ」
「それで稼ぐために王都まで来たのか」
小さくうなずいた後クレは街道に立っている街灯を少しまぶしそうに眺める。
「オイラ、お父さんもお母さんも何年か前に死んじゃって。一人になっちゃったけど、村のみんなが育ててくれてたんだ」
村での日々を懐かしんでいるのか、そう語るクレの表情は明るかった。それを聞いたトランも穏やかな表情で相槌を打っている。
「村のみんなのことが大切なんだな」
「うん! だから村を守るために、魔石を買うお金を稼ぎに来たんだ」
「それでしつこくパーティに入れてくれって言ってきたのか」
「えへへ……」
誤魔化すように笑うクレにトランはふと気になったことを聞いた。
「もう1つ聞いていいか?」
「どうしたの?」
パンと干し肉をペロリと平らげたクレは、満足そうにお腹をさすりながら首を傾ける。
「投げナイフに罠。それと野宿に慣れているだろ? どこで覚えたんだ?」
冒険者の技能とは少し違う、サバイバルと奇襲に特化した戦い方。トランには珍しく見えたのか、まっすぐとクレを見つめて答えを待っている。
「実は、お父さんが昔盗賊をしてたらしくて。お母さんに会ってからは足を洗ったって言ってたけど」
「じゃあ親父に習ったのか」
「うん。お母さんが死んじゃった後に、どこに行っても生きていけるようにって。お父さんが病気で死んじゃうまでつきっきりで教えてくれたんだ」
トランは盗賊という言葉に引っ掛かったのか、目を細めて疑うようにクレを見る。
「あっ! 別に盗みの技術は教わってないからね⁉」
「くくっ……。冗談だ」
「あっ! 酷いよアニキ!」
トランが表情を崩して小さく笑うと、クレはからかわれていたとわかったのか少し膨れていた。
ようやくクレの機嫌が落ち着いてきた後、思い出したように懐に手を入れて何かを取り出そうとしている。
「でも、盗賊だったお父さんが使ってたものもあるんだよね」
クレは懐から立方体の黒い箱を取り出すと、指先で優しく撫でる。トランには懐かしそうにしているクレの目元が光っているように見えた。
「形見か?」
「うん。お父さんが盗賊時代に使ってたものだって。……それより! 今度はアニキのことを聞かせてよ!」
クレは箱をしまって腕で目元をごしごしとこすった後、いつもの調子に戻って身を乗り出す。
「俺か? ……俺も少し似たようなもんだ。10年前に突然モンスターが活発化して活動圏を広げた『大侵攻』。そのせいで俺以外みんな死んじまった」
「ごめん。辛いことを思い出させちゃったよね……」
クレはその惨状を想像してしまったのか、顔が悲しそうに曇る。
「そんな顔するな。拾ってくれた人がスパルタだったせいで、悲しむ暇なんてなかったしな」
「そっか……」
トランは昔を思い出すように遠い目をして笑う。クレはもっと話を聞きたいのか、続けてこう聞いた。
「じゃあさ、アニキが冒険者になったのはモンスターへの復讐のため?」
「考えなかったって言うとウソになるが……。俺は復讐のために生きるつもりはない」
トランはきっぱりと言う。クレにとっては少し意外な答えだったのか目を丸くしている。
「そうなの?」
「それよりも俺は故郷のアトラ村のみんなをちゃんと弔ってやりたい。まだ村はモンスターに占領されてるからな」
「どうやって取り返すの? アニキとオイラだけで行くわけじゃないよね?」
「なんでお前も参加する前提なんだ……」
トランがツッコミ疲れたのかあきれたようにそう言う。
「だって故郷を大切に思う気持ちはオイラと一緒でしょ! だから力になりたいんだ!」
「ガキを連れて行くほど切羽詰まってるつもりはないぞ」
「あっ、また子ども扱いした! アニキもそんなに変わらないでしょ!」
その言葉にクレは反射的に立ち上がって全身で反対の意を唱えている。
トランは威張り返すように胸を張ると、声高らかに自分の年齢を言い放つ。
「俺は十八だ。お前とは五つも違うんだぞ」
「大して変わらないでしょ!」
しばらくあと、トランはさっきまでの空気を切り替えようと咳払いをして、話題を引き戻した。
「話を戻すが……別に俺だけで向かう必要もないさ。稼いだ金で傭兵とか冒険者を雇えばいい」
「そっか。そういう手があるんだよね」
トランの言葉を聞いてクレは何かを思い出しながら指を折りながら数えた後、首をかしげる。
「でもさ、今回の依頼って別に報酬は高くなかった気がしたけど……」
「お前がいたからな」
「オイラ?」
「最悪の場合でも、お前を守りきれるような依頼を選んだんだ。思った以上の収穫だったけどな」
「そうでしょ!」
急にほめられてうれしくなったのか、クレはゆらゆらと体を揺らしている。上機嫌のままかわいらしく首をかしげる。
「でもさ、それだけじゃないでしょ?」
「なんでそう思うんだ?」
「オイラの勘! 結構当たるんだよ?」
トランは本当にほかに理由があったのか、観念したようにぼそりと声を出す。
「もう一つは……ほっとけなかっただけだ。モンスターに苦しめられるのは俺だけで十分だろ?」
トランはなぜか少し恥ずかしそうに少し頬を染めている。しかし声色は真剣だったのをクレは感じ取り、嬉しそうに微笑んでいる。
トランはそのまま考え事をし始めたのか、ぽつりと独り言をはいた。
「でもこれからはパーティを組むんだ。もう少し依頼内容は考えないとな……」
「オイラはこれからも受けたいな」
「そうか。……ありがとう」
トランは嬉しそうに少し微笑んでいる。二人はその後もたき火を囲んでいろいろな話をした。
にぎやかな話し声は街道に響いていき、二人の初めての旅は穏やかに過ぎて行った。




