2話
王都から出てすぐのころははしゃいでいたクレ。日が暮れて星が空に輝き始めると、さすがにその勢いも身を潜めていた。
「ねえアニキ。まだコムギ村にはつかないの?」
「つくのは明日だ。今日はこの辺で野営にするぞ」
トランは街道を見渡し周囲に危険がないことを確認すると、背負っていた荷物を地面におろす。日が落ち始め、街道に立っていた街灯に明かりがつきはじめる。
クレが物珍しそうに街灯を眺めていると、トランが頭を軽く小突く。
「あう」
「サボってないで手伝え」
「ゴメン、ちょっと気になっちゃって。街灯は王都でも見たけど、全部魔石で光ってるんだよね」
てきぱきと火をおこす準備をしながらトランに声をかける。街灯は月の光だけではお互いの顔もはっきり見えないような暗がりを晴らしている。
「ああ。八年前に魔石が発明されてからはモンスター除けとして立ってるな。魔石を見るのは初めてか?」
「うん。王都に来てから初めての物ばっかりで飽きないよ」
クレはトランと話しながらもチラチラと街灯の光を眺めている。クレの目に反射する光を見て、トランは声をかける。
「そんなに気になるなら、少し使ってみるか?」
トランが荷物の中から赤い楕円形の石を取り出す。赤色にぼんやり光り、石全体には魔法陣が彫られている。
「これって魔石だよね。高価なものでしょ?」
「俺だってそれなりに稼いでるんだ。それより、教えてやるからやってみろ」
トランは魔石を握った手をクレに見えるように上げると、魔石の先から火が出る。
「す、すごい! どうやってやったの?」
「魔石に燃えろと念じればいい。最初は口に出したほうがやりやすいかもな」
トランが火を消してクレに魔石を渡す。クレが魔石を両手で握ってみると、じんわりと温かいように感じる。
そのまま魔石を強く握りしめながら前に突き出し、こう言った。
「燃えて」
魔石から小さく火が出ると、クレは目を輝かせてトランに見せるように腕を突き出した。
「ア、アニキ! できた、できたよ!」
魔石からでた火がトランの目の前をかすっていくと、トランもあわてたようにクレをなだめようとする。
「わかったからこっちに向けるな! 危ないだろ!」
結局トランがたき火に火をつけた後、反省させられていたクレが恐る恐る声をかける。
「そういえばアニキは魔法って使えないの?」
「残念ながらな。そういうお前は……」
「もちろん使えないよ! アニキと同じ!」
クレが胸を張って答える。
「なんで威張ってるんだ……。まぁ魔法を使える人間のほうが少ないし、気にする必要はないさ」
「そう?」
クレがじっとトランの顔を見つめる。疑うことなくまっすぐトランを見つめていることに気まずくなり、トランは話を逸らすことにした。
「これから行くコムギ村はたびたびモンスターの被害が出ているらしいな」
「自分たちの身を守るために、大体の村は魔石を使ってるんだよね」
「俺たちが行くコムギ村は小さな村だからな。高価な魔石を維持するお金を用意するのが難しいんだろ」
「小さな村かぁ……」
クレはその言葉に何か心当たりがあったのか、はっと気づいた表情になって身を前に乗り出す。
「じゃあもしかして、この依頼の報酬も少ないの?」
「まあな。心配するな、報酬はちゃんと分けるから」
「そういうことじゃないんだけど……」
クレのいまいちはっきりとしない口ぶりを疑問に思いつつも、トランは大きめの毛布をクレに渡す。
「おしゃべりは終わりだ。俺が見張りをするから、お前は先に寝てろ」
「うん。後で交代するね」
クレが毛布にくるまって横になったのを見た後、トランはぼんやりとたき火を眺めていた。
次の日しばらく街道を歩いていると、畑が一面に広がる景色が見えてきた。
しかし畑の柵は壊れており、中には作物が荒らされた跡も見えている。畑の中に見える人影は柵の修理や畑の世話をしているようだった。
「ねえアニキ。あれってモンスターの仕業なのかな」
「そうだろうな」
村の中では大人だけが家の外に出ており、子供の姿が見えない。村人は明らかに怯えており、周囲を警戒しながら足早に移動している。クレはその様子に寂しさを覚えたのか、今までより少しだけトランの近くによっている。
「思ったより深刻な状況みたいだな。村長のところに話を聞きに行くぞ」
「う、うん!」
村長の家に着くと、ひげを蓄えた男性が出てきた。トランたちが依頼を受けてきた冒険者だと話すと嬉しそうに家の中に案内する。
もてなしの茶を出してくれると、村長は村の状況を語ってくれた。
「ウルフの群れが最近になって畑を頻繁に襲うようになったのです。ついには村人も襲い始めておりまして……」
村長は心配事が重なり疲れているのか、言葉にも力がない。
トランはそんな村長の心配をくみ取ったのか、大きくうなずいてみせる。
「わかった。俺たちに任せてくれ」
「ええ……。よろしくお願いします」
村長は安心したように表情を崩すと、テーブルに乗っていた茶に口をつける。
飲み終わり一息つくと、カップをテーブルに置いて窓の外を見て目を細めた。外は人気が少なく静かであった。村長はその様子に寂しさを覚えたのか、眉を下げている。
「十年前のモンスターの大侵攻以来、日に日にモンスターの気性が荒くなってきておりますな。以前はここまでではなかったのですが……」
「……そうだな」
トランは一言そうつぶやいた後テーブルに乗っていた茶を一息で飲み干し、静かに席を立つと村長に軽く頭を下げた。
「お茶、おいしかったよ。クレ、行くぞ」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
クレも茶を急いで飲み干した後、一歩遅れてトランの背中を追っていった。




