1話
「どうしてオイラのことを追うのさ!」
人間の国ハリア。その王都トーゼンドの路地裏で、一人の少女が男に追われていた。少女は小柄な体に灰色の髪、薄い青色の瞳をしていて、今はその顔を焦りでゆがめていた。
「別に乱暴したりしないからよぉ。少し話をしたいだけだよ」
「嘘はもっとうまくつけよおっさん! 目が笑ってないんだよ!」
男はへらへらしながら少女を追いかける。警戒を解こうとしているのか、何かやましいことがあるのか……少なくとも少女には警戒されている。
目の前にはレンガでできた家の壁がそびえたち、少女は足を止めてしまう。焦った表情で後ろを向けば、不気味な笑みを浮かべた男がじりじりと近づいてきている。
「これ以上近づいたら叫ぶぞ!」
「なあ少し話を聞いてくれよ。別に取って食うわけじゃねぇんだ」
「じゃあ何をするつもりなんだ?」
突然少女の上から声がかかり上を見ると、金髪の男が壁の上に座っていた。
「誰だおめぇ!関係ねぇだろ!」
急に敵意を見せた男に対し、金髪の男は壁の上から飛び降りてそのまま追ってきた男に飛び蹴りを食らわせる。
「ふべっ!」
足が突き刺さった男には顔に青あざができ、そのまま気絶した。金髪の男は慣れた手つきで拘束すると、少女のほうを向く。
「俺はトランだ。お前、何か目をつけられることでもしたのか?」
トランは少しクレから離れた位置で自己紹介をする。クレもそれを見ていつでも走り出せるようにしていた姿勢を解く。
「オイラはクレ。心当たりなんてないよ。とにかく、ありがとう」
クレは頭を下げつつもトランをこっそり観察する。金髪で碧眼、顔立ちはまだ少し幼さを残しているが目つきが鋭い。腰には剣を佩いでいて、腕に傷も見える。
何かに気が付いたようにクレがトランに声をかける。
「もしかしてお兄さんは冒険者なの?」
「ん?そうだけど。なんだ、もしかして依頼か?」
クレは首を横に振ってこう続ける。
「オイラも冒険者なんだ! まあ、なったばっかりで依頼を受けたことないんだけど……」
「そりゃ子供に依頼を回すほどギルドも切羽詰まってないからな」
「うう……。じゃ、じゃあお兄さんとパーティを組めばいいんだ! そうすれば依頼を回してくれるよね!」
クレが苦し紛れにそう言い放つが、トランはため息をつくと縛っていた男を担いで路地裏から歩き出す。
「あっ、ちょっとまってよ!」
クレも後を追って一緒に歩き出すと、だんだんとにぎわっている人の声が近づいてくる。家と家の間の薄暗い路地裏から広い道に出ると、大きな声で客を呼び込んでいる商人や品定めしている人、道端で楽し気に話している人が見えた。
トランが男を担いでいるのを見ると人混みがさっと割れ、好奇の視線にさらされる。トランはあまり気にしていないのか好奇の視線には目もくれず、街を見回っていた衛兵に男を引き渡す。
「ああ、トランか。またおせっかいでも焼いてたのか?」
「たまたまだ。この野郎、あそこの子供を追っかけまわしてたぞ」
トランは人ごみを掻き分けて駆け寄ってきたクレを見る。衛兵も納得したようにうなずくと、男を連れてさっていった。
なんだ人助けか、と民衆が納得していつも通りの活気が戻ってくると、トランはそのまま冒険者ギルドに向かって歩き出す。
冒険者ギルドに着くと、大きな広間に冒険者が集まり思い思いに過ごしていた。依頼を張り出しているボードを眺めて仲間と相談している者、酒や食事を楽しんで怠惰に過ごしている者もいた。
クレは酒の匂いに慣れないようで、顔をしかめながらトランに声をかける。
「ねぇ、オイラをアニキのパーティに入れてよ」
「……ちょっとまて、そのアニキっていうのはなんだ」
頭が痛いかのように手を当てながらクレを見る。ため息交じりににらみつけられながらも、クレは物おじせずに距離を詰めていく。
「さっき助けてくれたでしょ! それで尊敬してるから、アニキ!」
「……わかった。もうそっちはいい。パーティを組むっていうのはなんなんだ」
トランはしかめ面をしたままクレに聞き返す。
「受付のお姉さんが、オイラ一人じゃモンスターの討伐依頼を受けさせないって……」
「まあ、そうだろうな。ギルドもそこまで馬鹿じゃない」
トランの言い方に腹が立ったのか、小さい体を大きく見せようと背伸びをしながらトランに近づく。相変わらずトランには上から見られているが、気にせず言い放つ。
「アニキもオイラのことを子ども扱いするんだ! もう一三歳なのに!」
「……十分子供だろ」
トランはため息をつきながらクレの目線に合わせてこう続ける。
「わかった。一回だけ一緒に依頼を受けるぞ。それで俺がダメだと判断したら、きっぱりと冒険者はあきらめろ」
「本当⁉ やったあ! これでオイラもようやく冒険者デビューか……」
クレは飛び跳ねて体全部で感情を表現した後、ぶつぶつと未来への展望を語っている。
トランはそんなクレの様子にため息をついた後、依頼書が貼ってあるボードから一枚引きはがす。そしてギルドの奥、職員が待機している場所に向かって歩き出す。
受付をしていた女性、ミリアもトランに気づくと小さく手を振ってにこやかに出迎えた。
「おかえりなさい、トランさん。依頼はどうでしたか?」
「問題なく討伐できたよ。これが報告書」
机に置いた報告書を一通り読むと、机の上にお金の入った袋を置く。
「さすがですね。……こちらが達成報酬です」
トランが受け取ると中身の銅貨を手に置いて一枚ずつ数えている。あまり報酬が高くなかったのか、銅貨は片手に収まっている。
「それで、また依頼を受けたいんだけど」
「それは構いませんが……連続で受けるなんて珍しいですね」
「クレ……あっちの子と依頼を受けることにしたんだ」
トランが親指で後ろを指さすとミリアも合点がいったようにうなずき、くすくすと小さく笑う。
「無茶なことをしないか心配でしたが、トランさんがいるなら安心ですね」
「今回だけだ。冒険者はそんないいものじゃないって分かれば諦めるかもしれないだろ」
「だからコムギ村の依頼を受けたんですね。子供に野宿はつらいでしょうし」
慣れた手つきで依頼書にサインを書き込みながら合点がいったように相槌を打つ。トランは意図が伝わり少し嬉しかったのか、得意げそうに少し口角をあげながら続きを話す。
「おまけに馬車もめったに通らないから歩き詰めだ。途中でへばったらすぐにでも失格にしてやる」
ミリアは話を聞いていてふと疑問に思ったのか、ふとこう聞き返した。
「……ちなみに、途中でへばった後の世話はどうするんですか?」
トランは痛いところを突かれたのか腕を組んで少し考えた後、絞り出したようにこう言った。
「……背負っていくしかないよな。依頼を放り投げるわけにいかないし」
「ふふふっ。相変わらずですね」
結局トランは眉間にしわを寄せたままで、ミリアの苦笑だけがしばらく続いた。




