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御伽噺の国の現実

 フォルトゥナ公爵邸で真理愛まりあが過ごした一晩は、真理愛自身がまんじりともせずいたことを除けば、快適過ぎるほど快適だった。


 食事は何を口にしても思わず手が止まるほど美味で、ベッドは布団をかぶった時には天国を錯覚するほど良い香りがして心地が良く、ベルを鳴らせば公爵家の使用人がすぐに部屋に来て何でもしてくれた。逃げ出さないかそれとなく監視されているようだったが、真理愛が大人しくしていたので問題もなかった。


「ご主人様ですか? 今はちっとも怖くないですね。滅びの兆しだとか凶星と言われていますが、そもそも私たちの国の土地は度々崩壊していたので、今さらお偉方がご主人様に騒いでるのが不思議なくらいです」


 お茶を持って来てくれた侍女のカーラは、流れるような手つきでカップに紅茶を注いだ。


「ご主人様のご両親が病でお亡くなりになって、ご主人様が公爵当主になられた時、迷信を信じていた輩は揃って辞職しましたし、この屋敷にご主人様を怖がる吸血鬼は残っていませんね」


 もう一人の侍女のロゼッタは、お菓子の乗った皿をテーブルに並べながら頷く。


「崩落の断崖のすぐそばに住んでいる人々を積極的に安全地帯へ引っ越しさせてくださるし、他の貴族たちには嫌われてるのに捻くれることもなくて、まだお若いのに立派な方ですよ」

「初めてお会いした時はそりゃ怖かったですけど。でも髪色と目の色以外はとくに変わったところもないので、慣れればただの気立ての良いご主人様ですよ」


 カーラとロゼッタは、真理愛が頼むと、お茶の時間を共にしてくれた。


「お二人も夜の乙女が王子様と一緒に世界を救うという話を信じていないんですか?」


 真理愛の問いに、二人は肩をすくめた。


「信じていないことはないですけど、年寄りみたいに盲信はできないと言いますか……。崩落が一時的に止まると言われていますが、夜の国の抱える問題は他にもたくさんありますし」

「問題?」

「ええ、崩落で故郷を追われた人々の移住先が見つからなかったり、移住できても移住先でトラブルを引き起こしてしまったりします。あと、寿命が長すぎるものだから元老院の顔触れが全然変わらず政策も微妙で、若い吸血鬼たちは不満を抱えていますね。吸血鬼の数が徐々に減っているせいか、世の中が停滞しているように感じられるのもあって、若い吸血鬼は結婚や子育てに関心が持てず、悪循環に陥りつつあります」


 真理愛は微妙な気持ちで美味しいお茶をすすった。


 御伽噺の国だからふんわりと楽しい場所というイメージを持っていたのに、現実は全く違った。この地に生きる吸血鬼がいて、社会があり、それゆえ問題があるのだ。


 昨日のクラウディオも、夢見がちな異界人の真理愛を前にして辟易させられたことだろう。思い出すだけで恥ずかしくなってくる、今からやり直させてほしい。


「こんな暗い話題はよしましょう。マリア様、よければ異界のお話を聞かせていただけませんか?」


 真理愛は一緒に召喚された荷物を二人に見せながらあれこれと話をした。スマホは夜の国に来てから電源が入らなくなってしまい、ただの硬い板になった以外は、荷物に影響はなかった。


 カーラもロゼッタも百年以上生きる吸血鬼だが、異界の話を聞いて目をきらめかせている様は、高校の友人たちと変わるところがないように見えた。


 この短期間のうちに真理愛が観察した限りでは、吸血鬼と人間の差はあまり大きくなかった。確かに牙は鋭いが、この一晩のうちで吸血する姿も見なかったし、血の匂いも全くしない。牙がありと瞳の色が非常に薄いこと以外は、見た目の共通点はない。人間並みの力を持ち、寿命由来のゆったりした時間感覚を持つ、人間とはすこし違うひとびと。それが真理愛から見える夜の国の吸血鬼の姿だった。


 和気あいあいと話していたが、使用人が真理愛を呼びに来たので中断させられた。広間へ向かうと、クラウディオと魔法使いが待っていた。魔法使いは縄で腰のあたりを縛られ、強面の使用人がしっかりと縄を握っていた。


 魔法使いはクラウディオにぎろりと睨まれると、震えながら何やら準備を始めた。ぴかぴかに磨きこまれた床に、インクで円を描き、さらに文字を書き込んでいく。


「不便はなかったかな?」


 一晩――といっても夜の国は一日中太陽が昇らないので吸血鬼たちがそう呼ぶところで――ぶりに会ったクラウディオは、真理愛を労わるように問うた。


「全然、それどころか本当に快適でした。ご飯もごちそうさまでした。皆さんお優しくて、もっとお話ししたかったです」


 本当は、一番話をしたかったのはクラウディオだったので、こうして話す時間を持てたことを嬉しく思っていた。


 クラウディオの目元が一瞬和らいだが、すぐに幻のように戻った。


「私が元の世界へ帰ったら、クラウディオさんは他の吸血鬼から怒られませんか?」

「あなたが召喚されたことを知っているのはあの魔法使いとこの屋敷の吸血鬼だけだから、きっと大丈夫だ。もしばれて糾弾されることになっても、あなたが心配したり心を痛めたりする必要はないよ」

「もしもばれたら、まずいですよね」

「そうだね、滅びの兆しだとか言われている吸血鬼がそんなことをしたら、クーデターを疑われるかもしれないね」


 真理愛がぎょっとすると、クラウディオは今度こそ目元を和らげた。


「当然そんなつもりはないよ。こんなことをしておいて信じてもらえないだろうが、これでも国やひとびとを守る立場だ。この国をひっくり返す理由もなければ動機もない、それから情熱も」

「卑下しなくてもいいのに。お優しいと形容するんですよ、クラウディオさんは。それに、権力欲もないでしょう?」

「権力欲、か。ないね。欲して得るべきでない最たるものだ。それに、私はこう見えてもこの国ではそこそこ偉いが、権力者へ対するひとびとの態度は好きではない」


 そう言ったクラウディオはくたびれて見えた。


 表向きには機嫌を伺われ、こびへつらわれるのに、裏では不吉だなんだと言われることが多いのが原因かもしれない。


 ひたすら床に筆を走らせていた魔法使いが、一歩下がって全体を俯瞰して確認作業を始めた。


 クラウディオは、何か言いたそうなそぶりを見せ、一瞬迷って、それから言った。


「あなたの世界に白夜はあるのか?」

「ええ、あります。私が住んでいる国では見られないですが、一日中空が明るくて、それで……」


 真理愛はそれ以上白夜について説明ができず、言葉を途切れさせた。そして、急激に恥ずかしさを覚えた。どうせいつか異世界へ行くのだからと、何にも熱心になりきれなかった自分は、自分が生まれ育った世界についてろくに知らないのだ。


「どうかされたか?」

「実は、白夜についてはあまり知らなくて、すみません。でも、不吉なものではなくて、神秘的で、美しいものだと思います」


 必死で取り繕った言葉は、すぐにそうとばれたが、クラウディオは優しく微笑んでくれた。


 きゅっと胸が狭くなるような感覚に襲われて、真理愛は戸惑いを覚えた。柘榴色の瞳から視線が逸らせないことも、言葉が見つからないのにもっと話をしたいと思う自分にも、同じように戸惑う。


「準備が整いましてございます」


 魔法使いの声で、真理愛とクラウディオの間にあった甘い空気は霧散した。


「では、これでお別れだ。国が夜の乙女を呼び出すことを決定したら、その時にはまた会えるかもしれないが、そうならないことを祈るよ」


 真理愛は魔法使いの指示に従って、描かれた円の真ん中に立った。魔法使い越しにクラウディオを見遣ると、彼もまたこちらを見ていた。


「始めます、よろしいですかな?」

「……ああ、早く彼女を帰してやってくれ」


 魔法使いは緊張した面持ちで頷き、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。真理愛は足元がおぼつかなくなる感覚に襲われながら、帰りたくないと思っている自分に気づいた。だが、もう遅い。物心ついたときからやることなすこと全て決められてきて、自分の意思で現状を変えてきた経験が一つもないから、こんな局面でも決断ができなかった。


 足元のインクが赤く光り輝き、真理愛はぎゅっと目を瞑った。光が消え、再び目を開ける。が、景色は全く変わっていなかった。唯一変わったことは、魔法使いが滝のような冷や汗をかいていることくらいだった。


「これはどういうことか説明しろ」

「……し、失敗でございます」


 魔法使いは消え入るような声で言って、平身低頭してクラウディオに謝り始めた。


「申し訳ございません、申し訳ございません。やはり星と月の配置が完全でないと門を開くのは難しく……!」

「話が違うではないか、確実に帰せると言ったのはおまえだ」


 クラウディオは抑えた声で言ったが、その表情は怒りに満ちていた。


「できないでは済まされない、もう一度魔法を使え」

「も、もう無理でございます、閣下。蓄えていた魔力はさきほどの魔法で使い切ってしまいました。それに、もう星が動いてしまいましたから、次に準備が整うのは早くても一か月後でして、しかも閣下の領土ではなく王都でないと起動しません。申し訳ございません、申し訳ございません……」


 魔法使いが謝り倒して埒が明かないとみると、クラウディオは使用人に魔法使いを連れていかせてしまった。引きずられていく魔法使いは残り半分の報酬について尋ねたが、クラウディオは完全に無視した。


 広間に残されたのは、疲れた顔をしているクラウディオと、結局帰れなかった真理愛だけだった。


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