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眠りに落ちる世界

 昼間のように明るい王都の往来を、真理愛まりあだけが歩いていた。どこまで歩いても、吸血鬼と会うことはなかった。足音が周囲の建物の壁に跳ね返って耳に届き、孤独感はさらに強まっていく。


 全ての建物の窓にはカーテンが引かれ、中に光を入れるまいとしているのが見て取れる。しかし、カーテンが揺れることもなく、中から吸血鬼の声が聞こえることもない。


 光の元に晒された夜の国の街並みは、映画のセットのように見えた。誰の気配も感じられないのが、非現実感をさらに強めていた。


 元の世界に帰される直前にいた教会を目指していたが、段々と自分の記憶に自信がなくなっていた。最初からこの場所には誰もいなかったのではないかと思えてくる。あの夜にクラウディオと出会ったことさえ夢であるような気がした。


 教会に着いた時には、真理愛は精神的に疲れ果てていた。


 両開きの巨大な扉は開け放たれていて吸血鬼の気配は感じなかったが、恐る恐る中を覗き込んだ。結婚式の時には吸血鬼たちがずらりと席に並んでいたのに、今は誰もいなかった。しかし、祭壇の手前で巨大な何かが差し込む光を受けてきらきら光っていた。


 教会の中へ入り、祭壇の前に鎮座しているものに近づいた。真理愛は信じられない気持ちでそれに触れた。ひんやりと冷たく、触れ続けていると痛みを覚える。それは巨大な氷の塊だった。しかも、その中央にはひとの姿がある。


「殿下……?」


 真理愛は小声で氷の中にいるエヴァルドに呼び掛けた。婚礼衣装に身を包んだ彼は、氷の中央で眠るように目を閉じていた。陽炎のような氷の表面を通して見ても、彼はぞっとするほど美しいままだった。


 起きませんように、と呼びかけておいて真逆の願いを抱きながら、真理愛はしばらくその場に佇んでいた。エヴァルドが何の反応も示さないと見ると、真理愛はゆっくりと息を吐きだした。


 真理愛が知る中で最もこの現象の解決手段を知っていそうな吸血鬼はエヴァルドだったが、正直二度と口を利きたくないのも事実だったので、起きないことに安心してしまった。


 念のため軽く氷を指先でつついたが、びくともしなかった。


 とても壊せないと判断した真理愛は、教会を後にして隣の特別礼拝堂へと向かった。しかし、そこにあったのは瓦礫だけだった。立派な建物は見る影もなく、ブロンズ像さえも粉々になり、地獄の門は瓦礫の隙間からも一切見えなかった。


 こんなことができるのは真理愛が知る限り一人しかいなかったが、付近に彼の姿はなかった。


 真理愛は次に王城へ向かった。あれだけ大勢のひとが勤めている王城であれば誰かに会えるかもしれないと思ったが、巨大な建物からは何の音も聞こえてこず、怖くなって入り口で引き返した。中に入らずとも、城の中には誰もいないことが明白だった。


 恐怖に駆り立てられるまま走って、城下町に着いたところで息が切れた。そこにもひとの姿はなかった。ぜえぜえと息を切らしてそれでも歩き続ける真理愛を怪訝な目で見るひとさえいない。


「誰か、誰かいませんか?」


 真理愛は大声で叫んだ。返ってきたのは静寂だけだった。


 もう恥も外聞もなかった。一番近い民家の玄関扉を強く叩き、返事がないと見るとドアノブを回して押した。と、抵抗もなく開いた。真理愛はびっくりして手を離した。


 キイ、キイ、と蝶番が音を立てながら、扉が内側に開いていく。家の中は真っ暗だったが、玄関やカーテンの隙間から差し込む光で中の様子は見てとれた。廊下の突き当りには花瓶があり、枯れた花が挿さっていた。


 来訪者が勝手に扉を開けたのに、家主は現れなかった。ただ廊下の奥に闇があった。


「……お邪魔、します」


 息を止めて家の中に足を踏み入れた。


 まずは一階を見て回った。台所とダイニングルームしかなく、誰もいなかったが、テーブルの上にはパン屑の乗った皿が放置されていた。


 真理愛は急な階段を上り、寝室と思しき部屋の扉を開けた。暗い部屋の奥にあるベッドがすぐに目に入る。こんもりとした布団のシルエットが、ゆっくりと上下に動いていた。


 真理愛はベッドに近寄り、眠っている吸血鬼を見下ろした。母と息子と思しき二人の吸血鬼は、穏やかな顔で眠っていた。


 ごめんなさい、と心の中で謝り、真理愛は二人の肩を軽く叩いた。それから、強く揺さぶった。大きな声で呼びかけた。だが、二人とも目を覚ますことはなかった。穏やかな眠りは、不気味なほどに強固だった。


 真理愛は音を立てないように部屋を出て、走って家の外に出た。止めていた息を吐き出し、荒い呼吸を整える。


 他の家に入って確かめるまでもなく、再び押し寄せてきた静寂の波が答えだった。夜の国の吸血鬼たちはいなくなったのではなかった。彼らは家のベッドでいつ覚めるとも知れない眠りに就いているのだ、おそらくは魔法の力によって。

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