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白夜公

 部屋がしんと静まり返った。


 真理愛まりあは耳にした言葉を理解するのに時間を要していた。理解した後も、幼いころに憧れていた世界から拒絶されようとしているのではという恐怖を覚えた。


 だから、ようやく発した声が震えていた。


「世界を救わなくていいって、一体どういう意味ですか? 私は要らない存在なのでしょうか?」

「不要ではない、言葉通りの意味だよ。私はあなたに世界を救ってほしくない」


 真理愛がクラウディオと出会ったときに感じた期待や感動は、がらがらと音を立てて崩れ去っていく。彼はそれを見て取ったのか、真理愛を落ち着かせるように固かった表情をかすかに緩めた。


「あなたがご存じなのは御伽噺であって、夜の国の現実ではない。夜の乙女は二、三百年に一度召喚され、その都度世界の崩落は食い止められるが、時が経てば世界は再び崩れ始める。つまり、救世はその場しのぎでしかなく、この世界の根本から救うものではないのだ」


 真理愛は目をしばたたいた。てっきり夜の乙女は御伽噺に出てくる女の子と、自分だけかと思っていた。ちやほやされて舞い上がっていた時の自分の存在をなかったことにしたい気分になる。


「たったそれだけの時間を稼ぐためだけに、異界の人間をさらって世界のために尽力させるなんて、おかしな話だ。しかも王子との結婚が報酬になると皆は考えているのだから、おめでたいことだよ。諸侯は何の疑問も持たずに進めようとしているが――」

「ま、待ってください、何百年もの時間はたったそれだけではないのでは?」

「ああ、人間の寿命は百年もないのだったね。吸血鬼は千年以上生きるから、たったそれだけと思う時間なんだ。だから、私は夜の乙女を元の世界へ帰すべきだと考えている。そもそも呼び寄せることにも反対していた」


「でも、私を帰してしまったら、その場しのぎであっても世界を救えなくなってしまいますよね?」

「その通りだ。しかし、世界を救わずとも、世界が崩落するに任せるのも一つだ。夜の国の人口は減少しているし、崩落から遠い地でも過疎化が進んでいる地域がある。吸血鬼たちが必要とする国土の広さに合わせて世界が有様を変えている可能性もある」


 なんという考え方だと驚くと同時に、世界が吸血鬼の為に形を変えているだけという可能性も馬鹿にできない。何しろここは夜の国、魔法使いが導いた吸血鬼のためのおとぎの国なのだから。


「ところで、あの、どうやって崩落というものは止められるんでしょうか?」


 さてね、とクラウディオは無力感に満ちた声色で言った。


「夜の乙女と王子の救世がどのように成されるのかは秘匿されている。それが安全なものか危険なものであるかさえ、私はあなたに情報を提供できない」


 真理愛はクラウディオの真意を測りかねた。彼は世界の危機を理解している一方で、真理愛という個人、しかも異界の人間の事情を汲んで帰すべきだと主張している。いずれも正しく見えるが、両立し得ない正しさだ。彼はいつか読んだ小説に出てきた現実と折り合いをつける前の理想に燃える青年に似ている。


 クラウディオは腕を組み、背中を扉に預けた。真理愛は急に扉の存在を意識し、クラウディオが真理愛を言いくるめるまでこの部屋から出すつもりがないことに気づいた。普通なら怖いと思うところだったが、彼は脅すでもなく、懇切丁寧に説明して質問に答えるばかりなので、あまり怖くはなかった。


「あなたの故郷はどんなところだ?」

「え?」

「家族や友人、会いたい人はいないのか? 行ってみたい場所、見てみたいものは? あなたの夢はなんだ? 元の世界でやり残したことは一つや二つではないだろう。そういうものを全て急に捨てて、別の世界を救って結婚しろなどと、許容できることなのか?」


 真理愛は呆気に取られた。会ったばかりの他人に、今までずっと誰かに言ってほしかった言葉を全部言われてしまった。胸の中でわだかまっていたやるせなさがさらさらと溶けて、体が軽くなった気がした。


 混乱しきりの頭でも、こんなことを言ってくれる人であれば、一緒に世界を救って幸せになれるだろうと信じられそうだった。


 そうだ、とクラウディオが思い出したように言った。


「先ほどからあなたは勘違いなさっているようだから、訂正しておこう。私はクラウディオ・フォルトゥナ・コンセルウァトリクス。私はフォルトゥナ公爵家当主であって、王子ではない。それから、この白い髪と赤い瞳は、夜の国においては滅びの予兆だとされている。かつて夜の国を襲った魔法使いの呪い、白夜の前触れだと。故に、吸血鬼たちは私を白夜公と呼ぶ」

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