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薄闇の応酬

 月が昇って、真理愛まりあとクラウディオが王宮へ赴く支度を整えた頃、ようやくバルドが帰ってきた。二日酔いどころではなく、まだ酔いが覚めていない体たらくで、とても王宮へ連れて行くことはできなかった。


 バルドがベッドで寝息を立て始めた頃、王宮からの迎えの馬車が到着した。王宮へ向かう道の途中でも、誰にも怪しまれないようクラウディオと言葉を交わすことはなかったが、真理愛は落ち着いていられた。


 王宮は、夜の国の空よりなお黒い荘厳な城だった。闇の中に在りながらこれこそが真の闇であることを示す、闇の深淵の体現でもあった。月に届きそうなほど高い塔がそびえ、刺々しい雰囲気は黒薔薇を思い起こさせた。


 王子の従者に案内されて入った宮殿の中は、暗黒の外装とは真逆の様相を呈していた。


 随所に金色の装飾が施され、目を見張るような絵画が至る所に飾られていた。壁は分厚く窓は少ないが、広い空間の取り方がされていて、豪奢な装飾との相乗効果で閉塞感を感じさせない。宮殿に差し込む月と星の光は最低限で、何もかもが深い闇から浮かび上がってきたかの如くに見えるよう、ライティングは緻密に計算されていた。


 気が遠くなりそうな長い廊下を進み、来客をもてなすための間でしばらく待たされ、ようやくエヴァルドが現れた。


 毎日クラウディオの顔を見ている真理愛でも、エヴァルドの美貌には一瞬呼吸を忘れた。何度見てもこの世に実在していることが信じられないほど美しい。贅を尽くした城の全てをもってしても、彼とつり合うことはないと思える。しかし、真理愛はとっくにその美しすぎる顔の下にあるものを知っているので、衝撃が引いた後は冷ややかな気持ちでいることができた。


 エヴァルドはクラウディオには一瞥もくれず、まっすぐに真理愛の方へ歩いてきて、流れるような動作で抱きしめた。それから驚きに固まる真理愛の頬を撫でて、輝く笑みをこぼした。


「会えて本当に嬉しいよ、真理愛。俺の可愛い婚約者さん」


 エヴァルドの口の中の赤さと歯の白さのコントラストに、真理愛はくらくらした。呼吸が浅くなっているせいだと自分に言い聞かせ、深く息をした。吸い込んだ空気は、かすかに甘い林檎の香りがした。


「お久しゅうございます、殿下。王都へ着いてすぐにお手紙を賜ったにも関わらず、参上するのが遅くなり申し訳ございません。先日の舞踏会の折には殿下の御話が途中になってしまいましたので、是非とも続きを伺いたく存じます」


 約束を有耶無耶うやむやにされないよう、真理愛は挨拶ついでに自分の要求を伝えた。そうでもしないと忘れたふりで何日も後回しにされかねない。何しろ相手はほとんど永遠を生きる吸血鬼、時間感覚は人間のそれとは天と地ほども乖離しているのだ。


「ああ、そうだったね。君とせっかく会えたのだから一晩でも二晩でも語り合うとして……」


 真理愛が眉間に皺を寄せるのを見て、エヴァルドはくすくす笑いながら肩をすくめた。


「冗談だよ。本当だったら王宮で暮らしてもらって儀式や結婚式の準備が先だけれど、我が夜の乙女の願いだからね。君と俺が如何にして世界を救うのか、早速聞かせてあげるとよう」


 教会で説明をするとエヴァルドが言ったので、王宮から移動することになった。


 真理愛はエヴァルドと同じ馬車に乗り、クラウディオは別の馬車に乗った。


 客車の中で、真理愛はエヴァルドと二人きりだった。クラウディオと引き離された孤独感もあったが、恐怖で我を忘れることはもうなかった。


 エヴァルドの正面に座らされた真理愛は、彼の長い脚がぶつからないよう座椅子に深く腰掛けていた。


「クラウディオが生まれた経緯は聞いたかな?」

「はい。お母様が崩落の断崖の向こうから戻った後に生まれ、秘密裏に育てられたと」

「怪物らしい生い立ちだろう? 夫妻はクラウディオを愛せなかった。死の間際まで二人は子を望んだことを悔いていた。だからクラウディオは屋敷の中に閉じ込めて育てられ、愛が何かも知らない」

「そんなことありません」


 とっさに言い返してから、真理愛はエヴァルドの策略にはまったことに気づいた。


「どうして君がそんなことを知っているんだ?」


 真理愛は慎重に唾を飲み込んでから答えた。


「……閣下の使用人たちへの態度や、崩落によって住まいを失った方々への支援をするお姿を見ていれば、わかることです。突然異界へ連れてこられた私に親切にしてくださったのも、博愛の精神をお持ちだからできることでしょう」

「模範的な回答だね、真理愛。俺を騙したいのなら、もっと俺に媚びを売らないといけないよ」


 真理愛は心臓を鷲掴みにされたような気分になったが、すぐに冷静さを取り戻した。鎌をかけられているだけだと気づけたからだ。


 エヴァルドは、真理愛とクラウディオが思い合っていることに勘付いている。千年以上生きている吸血鬼からすれば、真理愛もクラウディオでさえ赤子も同然だ。何かを隠すそぶりがあれば、経験則に基づいて見抜くことなど容易いかもしれない。


 だが、真理愛がエヴァルドを好いていないことがばれていたとしても、焦る必要はないのだ。クラウディオが魔法を扱えることを知られなければ、二人の計画に支障はない。


「あれが媚びだなんて。私、殿下の婚約者とはいえ、結婚前の身で、もうあんなことしたくありません」


 真理愛は扇子で顔を隠しながら、あたかも恥じらっているかのように言った。エヴァルドは一瞬呆気に取られたあと、ふふっと笑った。


「なら、結婚したあとに飽くまでしてもらおうかな」


 真理愛は扇子で顔を隠したままだったので、ぞっとした顔をエヴァルドに見られずに済んだ。そのままエヴァルドの発言を黙殺し、ついと視線を小窓へと向けた。


 エヴァルドに泳がされていることは、ほとんど確実だ。


 真理愛とクラウディオの関係を証明する客観的な証拠はないが、エヴァルドは舞踏会でクラウディオにワインをかけたような男だ、証拠を捏造したり従者に嘘の証言をさせたりして、二人の間を引き裂いても不思議ではない。今は何も仕掛けてこないが、もしかして教会で何か罠が……?


 真理愛が思考を巡らせていると、馬車が止まった。教会に到着したのだ。


「もう着いてしまったんだね。君と二人きりだと時間の流れが速く感じられて仕方がないよ」


 真理愛は扇子をたたみ、エヴァルドの視線を受け止めた。暗黒を見通す紫色の瞳は、薄闇の中で爛々と光っていた。


「私には、むしろとてもゆっくりに感じられます。一体いつになったら御伽噺の通りになれるのか、待ち遠しくてたまりませんから」


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