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抜け落ちた記憶

 翌日、真理愛まりあが目を覚ますとベッドの中にいた。一人で寝るには広すぎるベッドの上で、良い香りのするシーツとふかふかの布団に間でぐっすり眠っていたのだ。


 驚いて飛び起きたが、部屋には真理愛しかいなかった。どうやらクラウディオが途中で目覚めてベッドに運んでくれたらしかった。


 食堂へ行くと、クラウディオの姿があった。流石に少し眠そうだったが、意識ははっきりしているようだった。


 バルドはぎりぎりまで寝るから食事は不要と言っているらしく、不在だった。食事の用意をしてくれた使用人は、できたての朝食を食べてもらえる人が減ってがっかりしていた。


 二人きりになると、クラウディオがすぐに話しかけてきた。


「昨日は私が邪魔をしてしまったが、よく眠れただろうか」

「あ、ええ、大丈夫でした」

「そう、それはよかった。……ところで、昨日の私は変なことを言っていなかったかい?」

「覚えていらっしゃらないんですか?」

「恥ずかしながら……」


 クラウディオが記憶をなくすほど飲んでいたとは珍しいことだった。王都までの旅に同行するために根を詰めて働いていたから、疲れていたせいかもしれない。


 真理愛は昨日のクラウディオの様子を思い出して、くすりと笑った。


「太陽って触ったら温かいのかなって言ってましたよ」

「触れる訳がないのに、何を言っているんだ私は……」


 クラウディオは恥ずかしそうに項垂れた。その仕草が可愛くてもっと昨日のことを詳しく教えてあげようかと思ったが、口にするには恥ずかしいことの方が多かったので、黙っていることにした。


「酔ってたせいですよ、気にしないでください。それよりもごはんが温かいうちに食べましょう」


 クラウディオは、返事ともつかないうめき声を上げて、のろのろとフォークを手に取った。


 真理愛はオレンジジュースを飲みながらクラウディオの横顔を盗み見た。彼がひとびとが恐れる不吉な存在であるとは、やはり信じがたかった。生まれた日に不吉なことが起こったと聞いたときは怖いと思ったが、今の彼はどこからどうみてもはしょぼくれている普通の青年にしか見えなかった。


 食事が終わり、仕度を整え、一行は再び馬車に乗って出発した。


 今日はクラウディオは最初から真理愛の向かいに座り、別邸から持ってきたと思しき本を読んでいた。さらに彼の横には書類や手紙類が積まれているので、移動中も仕事をするつもりのようだった。


 クラウディオは何かを探すように手にした本の頁をぱらぱらとめくっていたが、目的の情報は得られなかったのか、本を閉じた。


「何を探していたんですか?」

「前回の夜の乙女が召喚された時の当主の記録を読んでいた。しかし、どのように世界を救ったのかは書かれていない。当時は別の貴族領に夜の乙女が召喚されたようだから、ほとんど関りがなかったらしい。本邸にある記録も全て当たったんだが、いずれも空振りだ。王都にある屋敷にはあまり記録の類は置いていないから、やはり事前に情報を得るのは難しそうだ。殿下はもちろん側近たちも口が堅いし、他の貴族も何も知らない、手詰まりだ」


 クラウディオは閉じた本の表紙を撫でた。


「私にもっと力があれば……」


 世界にも自分にも期待をしないクラウディオが自分の無力を嘆く姿を初めて見たので、真理愛は驚いた。


 それと同時に、エヴァルドが言った言葉が脳裏によぎる。


 怪物。


 真理愛は首を振って嫌な考えを頭から追い払った。しかし、それは何度も蘇ってくる。


 エヴァルドの言葉がどの程度信用できるものかは不明だ。信じたくないという気持ちはあるが、無視はできない。それに、真理愛が得た情報はフォルトゥナ公爵家のひとびとからのものでしかなく、情報源に偏りがあることも否めない。


 まだ何も断定すべきではない、今までの彼の行動を信じよう、と真理愛はどうにか頭の隅に嫌な考えを追い払った。


「きっと大丈夫ですよ、クラウディオさん。あと数日で王都に着くのですから、その時に私と一緒に全部教えてもらいましょう」


 真理愛が元気よく言うと、クラウディオは表情を和らげた。


「そういえばクラウディオさん、私の気のせいかもしれませんが、ずっと何か聞きたそうにしていませんか?」


 クラウディオはようやく和らいだ表情を硬直させ、真理愛からついと視線を逸らした。近頃わかってきたが、クラウディオは本当に知りたいことをなかなか聞けず、最後の最後にようやく言うことができるたちらしかった。


 ややあってから、クラウディオは言った。


「その、昨日目が覚めたらあなたが膝の上にいて、噛み跡がないのは確認したんだが、私に何かされなかったか?」

「お水を飲まれて、それから私を膝の上に乗せて、眠られましたよ」


 真理愛は努めて淡々と答えた。改めて言葉にして説明するのは恥ずかしくて、そうでもしないと答えられなかった。


「あなたに口づけておいて覚えていなかったらどうしようかと思った……」


 クラウディオはほっとしたのか椅子の上で姿勢を崩した。足を投げ出す姿はだらしがなかったが、年相応で貴重な姿だった。


「そんなことされたら、ルーベンさんに言いつけます」

「……絶対にしないが、もしそんなことをしたら、あなたは私に復讐する権利があるよ」


 二人してくすくす笑ったが、だんだん恥ずかしくなってきて笑い声は不自然に途絶えた。真理愛は膝の上の手を組みなおし、クラウディオは仕事の書類を手に取って、そろってこの空気を誤魔化した。


 尋ねるまでもなく、互いに考えていることは同じだった。次に二人きりになれるのはいつだろう、と。


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