白夜公の生い立ち
「両親は私を見て、ひどく嘆き悲しんだそうだ。待望の我が子が厄災の兆しだったのだから、当然の反応だろう。しかし、二人は私を殺さずに育てた。私を殺せなかったのか、殺さなかったのか、どちらが真実かは今となっては誰にもわからないことだ。生かした理由があったのかもしれないが、それもまた闇の中だ。
両親は、周囲には自分たちの息子は体が弱いためひとに会わせられないと言って遠ざけたそうだが、唯一無理を押し通して会いに来たのはエヴァルド殿下だったそうだ。もしかしたら殿下だけは私という不吉な存在が生まれたことを察知されたのかもしれない。
私は屋敷の中でひっそりと育てられ、ほかの貴族の子どもとの交流もなく、領地のひとびとからも、屋敷の使用人にもほとんど認知されていなかった。屋敷の離れで暮らして、使用人が食事を運んできて、物心ついた頃から家庭教師が代わる代わるやってきた。読み書きに始まり、算術、歴史や詩歌に美術、剣術や弓術など、様々なことを学んだが、親と子が愛し合うものだと知ったときが一番驚いたよ。私にとって両親は産みの親であり、生活の保障者であって、感情のやりとりをする間柄ではなかったからね。
私が十八になったとき、両親は病で亡くなった。死に顔が、私が初めてまともに見た両親の顔だった。二人にはほかに子がいなかったから、私が後を継いで公爵となった。元老院や貴族たちと顔を合わせたとき、彼らはこの世の終わりのように青ざめた顔をしていた。領民や使用人は、私へ恐怖や殺意のこもった眼差しを向けた。外に出て私は、公爵家に生まれた自分の幸運と、生まれてきてしまった不幸を知った。地位のある家に守られなければ、私は物心つく前に殺されていただろうということも。
そして、生まれた罪を償うために仕事に明け暮れて、気付けば二十歳になり、あなたと出会った。あとはあなたも知っての通りだ」
話し終えたクラウディオは、話し始めた時と同じように落ち着いていた。話している最中でさえ、クラウディオは感情的にならなかった。
「……あ、の。やっぱり、隣に座っても、いいですか?」
「もちろん」
真理愛はクラウディオの隣に座り、彼を抱きしめた。辛かった、という言葉では言い尽くせないほどの苦しみを想像して、胸が張り裂けそうだった。一体どれほどの時間を、事実と向き合い、考え尽くすことに費やして、こんな穏やかな境地に至ってしまったのだろう。
「話してくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ私の話を聞いてくれてありがとう」
クラウディオは真理愛の背中にそっと手を置いて、慰めるように撫でた。
「あなたに出会えた喜びは、私の一生をかけても言い尽くせないほどのものだった。手を握ってもらったのも、抱きしめてもらったのも、すべてあなたが初めてだ」
これからいくらでもします、と言いそうになったが飲み込んだ。これからのことを、クラウディオと話し合ったことはない。
夜の国を救って、王子との結婚を回避して、元の世界へ戻る。それがうまくいく保証はない。
成功した後のことを話すのを、二人してそれとなく避けていた。口にしたら最後、叶わなくなる気がしていた。
それに、片や日本に住む普通の人間で、片や夜の国の公爵で、住んでいる世界も立場や責任も、何もかもが違う。お互いを大事に思い合っているのは理解しているが、同時に、一緒の未来を考えていくならば感情や衝動だけではどうにもならないことも理解していた。
「私だって、本当の意味で私のことを見てくださったのはクラウディオさんが初めてですよ」
クラウディオも真理愛を抱きしめてきた。その吐息が真理愛の首筋にかかった。真理愛はこのまま首を噛まれるのではないかと一瞬考えてどきりとするが、すぐにクラウディオが体を離した。それでもクラウディオの顔はすぐそばにあり、間近で瞳を覗き込まれる形になった。
「あなたが寂しい思いをしていたことは悲しいのに、私だけがあなたを見つけられた幸運は震える程に喜ばしい。これが恋というものならば、罪深いものだね」
真理愛は流されるまま目を閉じようとしたが、客車の壁を隔てた向こう側にはバルドがいることを思い出して、とっさにクラウディオの口元を手で覆ってしまった。
真理愛は血の気が引く思いがしたが、クラウディオは真理愛の反応を面白がるように瞬きしていた。
「す、すみません、バルドさんが向こうにいるって思い出して……」
クラウディオが真理愛の手を取って、その指先に唇を落とした。指の腹に感じた鈍い痛みの幻影が蘇り、顔がかっと熱くなる。
「あなたが恥ずかしがり屋さんだということをつい忘れてしまうのは私のよくないところだね。誰にも邪魔されない場所に行ったら続きをしよう」
真理愛が辛うじて頷くと、クラウディオはうっそりと微笑んだ。




