全ては贖いのために在り
「だからどんな侮辱を受けても平気だって言うんですか?」
これまでのクラウディオの言動についての謎は、これで一気に解けた。
正しいことを為そうとするも、どんな扱いを受けても優しさを返すことも、何かを欲することができないのも、全て理解できてしまった。
なぜなら、彼は生まれてきた罪を償うために存在しているからだ。生は罪と同時に罰であるのだ。
だが、その答えに対して、真理愛は怒りで震えた。
貴族たちのクラウディオに対する視線や扱いも、王子の悪辣な行いも、どれもこれもが許しがたかったが、クラウディオの態度にも怒りを覚えた。彼をそういうひとにしてしまった今までの全てに対しても、誰もそれに異を唱えなかったことも、何もかもに。
「そうだな。私に対しては何をされても、何も感じない。贖いの一環だと思うだけ。ワインは冷たかったけど、殿下はいつもああだから。あの時、あなたにワインがつかなくてよかったよ」
クラウディオはにこりと笑った。
以前、王子のことを苦手だと言っていたが、むしろあそこまでされるのが日常的ならば、その認識で済んでいることの方が恐ろしい。彼からは、エヴァルドに対する恨みは一切感じられない。
「でも、あなたが何かされたのなら話は別だ。無理に聞き出すことがあなたの傷になるなら何も言わなくていいけれど、過ぎた振る舞いがあったのならば私が――」
ついさっきまで涼しい顔をしていたはずなのに、クラウディオは恐ろしいほど険しい顔になっていた。
「ま、待ってください。私は殿下のことが怖かっただけで、何もされていません」
「本当に? じゃあ口づけていたのはあなたの意思なのか?」
嫌なことを思い出して息が詰まった。やっぱり見られていた。一番見られたくなかった人に、一番見られたくなかった場面を。
「話の続きを聞かせてもらいたくて、交換条件でキスしろと言われたので、その通りにしました」
どうか信じてほしいと祈りながらクラウディオの顔を見た。果たして、クラウディオは安堵したようにため息を吐いた。
「そうか。断れない空気だっただろうね。それにしても、あなたは体を張りすぎるところがあるな。人間だって好いてもいない相手に触れられるのは嫌なものだと言っていたのに。殿下からはどんな話を聞いた?」
「クラウディオさんのご両親の話と、この国の救い方について聞かせてもらえると。お開きの時間になってしまってどちらも最後まで聞けませんでしたが、どうしても興味があって……」
「後者については同意できるが、私の両親についての話に興味があったのか?」
「ありますよ。だってクラウディオさんのことでしたから」
クラウディオはぴんとこないのか、視線を上に向けて考えながらゆっくりと首を斜めにしていく。真理愛は恥ずかしまぎれに聞いたことを話してきかせた。
「その話は全て真実だ。それにしても、なぜ殿下は目の敵にしている私のことを詳しく知っていたのだろう?」
「……敵になる運命だと思っているから調べた、とか?」
敵、とクラウディオは口の中で呟くように言った。
「そうなる運命だと悟ったと、殿下が話していました」
「ふうん、そんなことを仰っていたか。私が殿下と初めてお会いしたのは物心がつく前だったから、私は全く覚えていないが、そうだったのか。だから会うたびにあんなことを……」
あんなことの内容を洗いざらい吐かせたくなったが、クラウディオの自分への無関心と自罰的な態度からするに、内容を逐一覚えていなさそうに思われた。
「私の話は日を改めて話してあげよう。長居して悪かったね、今日はゆっくり休むといい」
クラウディオに手を引かれてベッドへ移動した。そんなことされなくても歩けるのに、と少しむっとしたが、大人しくされるがままになった。
真理愛がベッドに腰掛けると、クラウディオが部屋に視線を走らせ、カーテンが閉まり蝋燭の火が消えた。彼の魔法は日々洗練されていっているらしく、もはや彼の意思と世界の動きが連動しているかのように見えた。
真っ暗で何も見えない部屋で二人きりなのに、エヴァルドと東屋に居た時のようなひりつく緊張感はなかった。
「おやすみ」
クラウディオが手を離そうとするのを、何も考えずに掴んでしまった。
「どうかした?」
「えっと、いえ、何でもないです……」
「いいよ、理由などなくても。あなたが望むなら、もう少し一緒に居よう」
クラウディオはベッドの端に座ると、真理愛の手を握り返してきた。もう何度も手を握っているのに、何度目かもわからない新鮮なときめきに襲われていた。
「ああ、いいや。卑怯なことを言ってしまった。本当は、私がもう少しあなたと一緒に居たいだけだ」
「別に、いいのに。どちらも本当のことですから……」
何も見えない暗闇の中でさえ、真理愛の視線はクラウディオを探し、それから口元へと移動していく。疲れているはずなのにそうしてしまうのは、癖になっているからだ。
不意にクラウディオがくすりと笑った。
「あなたはいつも私の口元を見るね。そんなに牙が気になる?」
「ご、ごめんなさい」
まさか見えているとは思わず、真理愛はかっと顔が熱くなるのを感じた。クラウディオはひとには見えないものが見えていると言っていたが、もしかしたら光源がなくともその目にはすべてが見えるのかもしれない。
クラウディオは握った真理愛の手を、そのまま彼の頬へと導いた。新雪を思わせる肌はほっとするような温かさがあるのに、今はその熱に鼓動がおかしくさせられていた。
「触ってみるかい?」
エヴァルドにされたこと①
クラウディオが公爵になって人前に出るようになったころ、エヴァルドに剣の稽古をつけてやると言われて半殺しにされた。流石に見ていたひとたちが止めに入って無事だった。全治三日。




