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生まれながらの罪人

 クラウディオが舞踏会の閉幕を告げ、来客者たちは馬車で帰っていった。公爵邸に宿泊もできるよう準備がされていたが、貴族たちは誰も宿泊を希望しなかった。


 帰っていく貴族たちの見送りをしている間も、真理愛まりあは上の空だった。エヴァルドに対する恐怖さえも消えており、ただエヴァルドとキスした場面をクラウディオに見られたかもしれないというショックで何も考えられない状態が続いていた。


 空の端に月が見え始めた頃、ようやく真理愛は解放された。


 自室へ戻ってドレスもヒールも脱ぎ、風呂へ入れてもらうと、どっと疲れが出た。眠気に襲われてベッドに飛び込みたい気持ちに駆られるが、同時にクラウディオの元へ駆け付けたい気持ちにもなった。真理愛が戻っていいと言われた時には、クラウディオはまだ年かさの吸血鬼たちの長話に付き合わされていたが、さすがに彼らも帰っているはずだ。


「あの、クラウディオさんは、今どうしていらっしゃいますか?」


 もしもすでに休んでいるなら私も休もう、そう決めてカーラに尋ねた。


「すでに最後のお客様も帰られましたから、ご主人様もお部屋に戻られている頃かと。仮眠を取られて、それからまたお仕事ですね」

「バンケットの翌日も仕事があるんですか?」

「ええ、通常の業務がございますし、バンケットにいらしたお客様たちへお礼のお手紙の手配もございます。でも、お嬢様がお会いしたいと仰るなら、ご主人様も都合をつけてくださると思いますよ」

「いえ、いいんです。クラウディオさんの負担になりたくありませんから……」


 真理愛は自分の中にあった会いたい気持ちが消えていくのを感じた。だが、同時にほっとしてもいた。会いたかったが、会いたくなかった。キスしたのは本意じゃなかったと本当のことを話しても、クラウディオに信じてもらえるか確信が持てず、どんどん不安が膨らんでいた。


 頭がごちゃごちゃしてきて、考えや感情が支離滅裂になっていく。真理愛は自分で自分の状態に気づけないほど疲れ果てていた。


 カーラに声を掛けられても気づかないほどぼうっとしていたが、視界に急にクラウディオの顔が現れて飛び上がった。クラウディオが真理愛の背中に腕を回して転ばないように支え、真理愛はクラウディオの肩にしがみつきながらか細い声で礼を言った。


 気づけばカーラは部屋からいなくなっており、クラウディオと二人きりになっていた。


 バンケット用の服を脱いで体を清めたクラウディオには、ワインの赤い染み一つ見当たらなかった。


「驚かせてすまない。カーラに確認して、入る時声をかけたんだが……」

「いえ、私の方こそぼうっとしていました……」


 半ば抱きしめ合っているような体勢のままで二人は視線を逸らし合い、微妙な空気が流れた。


 真理愛は言いたいことや聞きたいことはいくらでもあるはずなのに、また言葉にできなくなっていた。焦りだけが自分の中に募っていく。


「あなたが疲れているのは百も承知だが、どうしても今、あなたと話がしたくて来たんだ」


 懇願するような視線を受けて、頭の中の絡まりが解けていく心地がした。


 真理愛は力強く頷いた。


「私も、クラウディオさんと話したかったです」


 クラウディオはソファーに腰掛けるなり言った。


「舞踏会のとき、あなたを殿下と二人きりにして申し訳なかった。あなたとの約束を守れなかった」


 殿下、という単語を聞いただけで、エヴァルドの底冷えするようなまなざしを思い出してぶるりと震えた。彼とまた会うことを考えるだけで胃がきりきりしてくる。


「あれはどうしようもないことでした。クラウディオさんが謝ることじゃない」

「いいや、私の失態だよ。殿下がやりそうなことだったのに、対策を講じていなかった。私を辱めることに躊躇がないのを知っていたのに。怖い思いをしただろう。約束を破ってすまなかった」

「謝らないで!」


 真理愛は自分でも驚くほど大きな声を出していた。冷静になるべきだと理解していたが、抑えられなかった。


「どうして、どうしていつも謝るんですか? 悪いことしてなくても、クラウディオさんに非がなくても、いつも謝ってばかり。私が一人になるよう仕向けたのはエヴァルド王子であって、クラウディオさんのせいじゃなかった!」


 クラウディオが浮かべた悲しげな微笑を見て、真理愛はさっと血の気が引いた。言い争いがしたかったわけでも、八つ当たりがしたかったわけでもないのに、一体自分は何をしているんだろう?


「大声を出してごめんなさい。私、こんな話をしたいんじゃなくて――」

「いいや、いいんだ。あなたの言う通りだ。でも、謝ることが癖になっている訳ではないんだ。ただ、私は白夜公だから、滅びの兆しだから、身の回りで良くないことが起こると全て自分のせいであるように感じるんだ。私がいなければこんなことは起こらなかったのではないかと、どんなことに対しても常に思う」

「そんな訳ないじゃないですか」


 本気で否定したはずなのに、自分の口から出た言葉はどこか空虚に聞こえた。エヴァルドの言葉によって仕込まれた疑いの種が自分の中で芽吹いて根を張り、クラウディオを昨日までと同じように信じられなくなっていた。


「でも、私以外の別の領主の元へ召喚されていれば、あなたはもう少し穏やかな気分でバンケットを終えられたはずだ。私のような者が治める土地へ来てしまったばかりに、あなたは余計な恐怖を味わうことになったんだ」


 蝋燭の火の光を受けてきらきらしているクラウディオの瞳には、底知れない空虚があった。それは断崖の崩落の向こうの闇に似ていた。


「生まれてきた罪を償うために生きているはずなのに、生きているせいで新たに罪を重ねて、私は……」


 言葉を途切れさせたクラウディオは、迷子のように見えた。


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