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危険な駆け引き

 舞踏会が行われているホールから遠く離れた庭の東屋あずまやまでは、音楽や歓談の声は聞こえてこなかった。時々東屋を吹き抜ける風が音を鳴らす以外は何の音もせず、それが真理愛まりあの孤独感を一層強めていた。


「真理愛、君の話が聞きたい。何か話してくれないか」


 相変わらず闇の中に沈んでいるエヴァルドが言ったが、真理愛は何も話したいことが思いつかず、口を貝のようにぴったりと閉ざした。そうでなくてもエヴァルドが何をしてくるか予想ができない状況で、不安と恐怖で口が動かなかった。


 エヴァルドのため息が聞こえてきて、続いて扇を握りしめている膝の上の手に触れられた。いつの間にか手袋を外していたエヴァルドの手は、火傷するのではないかと思うほど熱かった。


「思いのほか強情だな、君は。ダンスの時だって俺のリードを嫌がっていたし、君の話も聞かせてくれない。本当に俺の妃になる気があるのか疑わしいものだね」


 真理愛は慎重に顔を伏せた。


 エヴァルドの疑いは正しい。この国を救ったら必ず自分の家に帰ると心に誓っているし、彼と結婚など絶対しないとさっきから何度も誓っている。


 しかし、あまりにもそっけない態度を取るのも良いことではない。真理愛は夜の国を救うまでは王子と結婚する気があるように見せなければいけないのだ。クラウディオと共謀していることを勘付かれれば、きっと引き離されてしまうだろう。


 かといって、エヴァルドに何を話せばいいだろう? 個人情報は極力教えたくはないし、召喚されてから公爵邸で過ごしてきた時間だってエヴァルドと共有したくない。


 真理愛が悩んでいると、エヴァルドが不意に口を開いた。


「クラウディオがどうやって生まれたか知っているか?」

「へ……?」


 急な話題転換についていけず、真理愛はぽかんとした。が、すぐにそれを後悔した、真理愛がエヴァルドの話に興味を持ったことは、火を見るよりも明らかだった。


 すぐに闇の中でエヴァルドが意地悪く微笑んだ気配を感じた。


「やはり興味を持ったね。わかりやすくて結構。本当は君の話が聞きたいが、そんな顔をされては続きを話さないわけにはいかないね」


 エヴァルドは真理愛の肩を抱き寄せて、耳元でささやくように話して聞かせてきた。真理愛はじっと耐え忍びながら耳を傾けた。


「……むかしむかしというほどでもないけれど、あれの両親である公爵夫妻の間には、長いこと子どもができなかった。高貴な吸血鬼ほど子どもができにくいんだ。焦ることはないと周囲に言われ続けていたが、結婚して百年も経てば焦らずにはいられなかっただろう。教会に通って熱心に祈ったり莫大な寄進をしたりしたが、子宝に恵まれることはなかった。そんな日々の中でも彼らは自らの目で領地の無事を確かめるために崩落の断崖へと足を運んでいたが、事故が起こった。妻のロゼッタが足を滑らせて断崖の向こうの暗黒へと落ちたのだ」


 真理愛はクラウディオと共に見た断崖の崩落を、その先にあった永遠の未明を思い出し、背筋がぞくりとした。


「君も知っているだろうか、あの暗黒の向こうから戻った者はいないということを。だから夫のエリオは妻を失ったと思い、嘆き悲しんだ。だが、妻のロゼッタは闇の向こうからふらふらと歩いて帰ってきたのだ。ロゼッタは闇の向こうで何を見聞きしたのか、決して語らなかった。それからほどなくしてロゼッタは懐妊し、生まれたのがあの白夜の化身というわけだ」


 エヴァルドは一度言葉を切り、真理愛の肩を撫でた。そのいやらしい手つきにうっとなるが、真理愛は我慢する。気持ち悪いが、痛めつけられているわけではない、気持ち悪いが、まだ耐えられる、気持ち悪い、気持ち悪いが。


「もっと聞きたい?」


 真理愛は逡巡の末、頷いた。


 エヴァルドの話が嘘か本当かはわからないが、無視できない内容だった。話を最後まで聞けば、エヴァルドがなぜクラウディオを敵視するのかもっと分かるかもしれない。


「そうかそうか。ああ、でも、何か交換条件を出すとしようかな」

「え……?」


 真理愛は猛烈に嫌な予感がした。


「そうだな、君がキスしてくれるなら、何でも話してあげよう」


 体を硬直させた真理愛を、エヴァルドが笑った。星明かりがかすかに覗いたエヴァルドの牙を光らせる。


「ほ、本気ですか?」


 エヴァルドは真理愛の肩を再び撫でたが、条件を撤回することはなかった。


 試されているのだと徐々に理解しつつあった。真理愛は先ほどから失態続きで、王子と夜の国を救って結婚する夜の乙女らしからぬ言動しかしていないことも痛いほどわかっていた。エヴァルドは挽回のチャンスを与えているのだ。


「本当に、話してくださるんですね?」

「もちろん。空にきらめく星々と、伝説の魔法使いに誓うよ。君はすでに俺の婚約者も同然だ。かわいい君のおねだりがあれば、俺は何でも話してあげよう」


 猫なで声にぞっとしつつ、真理愛は小首をかしげた。


「そう仰るなら、どうやって殿下と一緒にこの国を救うのかも教えていただけますか?」


 ここまでコケにされて、目の前に吊るされた餌だけを手に入れるだけでは満足できなかった。


 救世の方法だけは、公爵邸のひとびとはおろかクラウディオでさえも一切の情報を持っていない。情報が得られるならどんなささいなものでも構わない。もし危険が伴うものだとしても、事前にクラウディオと対策を練ることができる。


「抜け目がないね。未来の妃に相応しい強かさを兼ね備えている」


 顎を指先でつつとなぞられる。嫌な事の連続で、不快感が麻痺しそうになってきた。この男は、綺麗なのは顔だけで、心は悪意でどす黒く汚れている。


 こんなひとが本当に約束を守ってくれるのだろうか? 


 疑念が頭をよぎるが、情報を得たいという思いが勝った。


 エヴァルドの手を伝い、顔を探り当てた。向こうは微塵も動かず、こちらが必死になっている姿さえ楽しんでいるようだった。


 そういえば、キスするのは初めてだ。


 悲しい気づきに胸が痛んだが、目を背けるように瞼を閉ざした。かすめるように口づけてすぐに離れた。


「こ、これで――」


 芝生を踏みしめる音が聞こえて、真理愛は口を閉ざした。東屋へ近づいてくる男の姿があった。星明りの元であっても、彼の真っ白な髪と肌は内側から光って見えた。


「殿下、ご歓談中のところ申し訳ございません。そろそろお開きの時間でございます。ホールへお戻りくださいませ」

「もうそんな時間か。真理愛、君のおねだりにすぐに応えられなくて申し訳ないが、王都へ来たらその時には全てを包み隠さず話そう」


 エヴァルドに手を引かれ、東屋を出てホールへと向かう。クラウディオがすぐ後ろをついてきていたが、後ろを振り向くことはできなかった。氷の剣が胸の奥まで突き刺さったように、苦しくて冷たくて、何も考えられなかった。


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