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手を引かれて闇の中

 エヴァルドが差し出した手を、真理愛まりあは痛みを感じるくらい強く握ってやると意気込んで握ったが、震えてうまくいかなかった。


 主催のクラウディオが退室してからというものの、ホールは異様な緊張感に包まれていた。


 二人のために奏でられている音楽は耳障りに思えてきて、さらには耳の奥底から幼いころに聞かされた御伽噺が真理愛を嘲笑うように蘇ってくる。


 王子様と一緒に異世界を救って、結ばれて、いつまでも幸せに暮らす――


 それは祝福された未来を約束する物語ではなく、呪いや罠の類だった。真理愛が抱かされていた夢は、今こうして粉々に打ち砕かれた。


 エヴァルドに手を引かれ、真理愛はホールの中心へと移動していく。磨きこまれた大理石の床を一歩一歩踏みしめつつ、周囲の吸血鬼たちの様子を観察した。


 もう誰も夜の乙女を品定めしようという目で真理愛を見ていなかった。これ以上王子を刺激しないでくれという懇願の眼差しだけが注がれていた。


「なぜそんな顔をするのかわからないな」


 隣を歩くエヴァルドが、真理愛にだけ聞こえるように言う。


「君だってあれが白夜公と呼ばれているのは知っているだろうに。凶星、災厄の前触れ――つまりは俺と君が打倒すべき敵に他ならない」


 ホールの中心に到着したエヴァルドが力強く真理愛を引き寄せると、前奏が終わってワルツが奏でられ始め、ダンスが始まった。


 エヴァルドが一歩踏み込んできた瞬間、真理愛はほとんど逃げるように足を動かした。


 夜の乙女が踊るワルツは初心者向けのもので、クラウディオと練習してきたものと全く同じであるはずなのに、エヴァルドが急に知らない動きをした気がしたのだ。


 気が付けば、音楽に合わせて踊るのではなく、エヴァルドのステップに合わせて音楽が奏でられていた。二人で呼吸を合わせることもなく、真理愛はエヴァルドの読めないリードに翻弄され、混乱させられて、完全に相手のペースに飲みこまれていた。


 密着しているエヴァルドの体からは、動くたびに林檎のような香りがして、真理愛はめまいを覚えた。香水ではない本物の果実に似たそれは、クラウディオの話が真実だとすれば、エヴァルドが人を食べた消せない証だ。


「君が召喚された地が白夜公の領地であったばかりに、あの男のことを親鳥のように思っているのだろうが、やめておくべきだ。あの男はいつか必ず怪物になる。兆しではなく、あれ自身が滅びとなるだろう」


 ダンスの最中、エヴァルドが予言のように言った。


「……なぜそう思われるのです?」

「わかるさ。初めて相まみえた瞬間に、それを悟った。俺と君が結ばれるのが運命であるように、俺があれの敵であることもまた運命だからだ」


 ダンスが終わり、ぴたりと動きを止め、ホールの高い天井に響く音楽の余韻を浴びた。余韻が消え去り、二人がお辞儀をすると、ホールに拍手が鳴り響いた。けたたましい拍手の音は、この場に満ちた重苦しい空気をかき消そうとするかのようだった。


 次の音楽が始まると、貴族たちはめいめいダンスパートナーを見つけてホールの中心へ集まってきた。


 真理愛は彼らと入れ違いにホールの中心を離れて外へ出ようとするが、エヴァルドが真理愛の手を握って放してくれなかった。


「庭へ出よう、君と二人きりになりたい」


 嫌です、という言葉が喉元まで出掛かる。しかし、この場にはエヴァルドを止められる人物などいないのは明白だ。歯向かえば最後、フォルトゥナ公爵以外の後ろ盾を持たない真理愛のことなど、いかようにも料理されてしまうだろう。


 真理愛の沈黙を肯定と受け取ったエヴァルドは、真理愛の手を引いて歩き出した。


 クラウディオが再びホールへ入ってくるのが視界の端に見えたが、クラウディオがこちらを見つける前に外へ連れ出されてしまった。


 来場者のためにセッティングされた明るい庭を通り過ぎて、池に臨む東屋あずまやへと連れてこられた。


 迷うことなく歩いていた様子からして、エヴァルドはフォルトゥナ公爵邸に来たことがあるらしい。エヴァルドがフォルトゥナ公爵邸の勝手を知っているという事実が、真理愛にはひどく不快だった。まるで自分の家を泥棒が知り尽くしているような居心地の悪さを覚えた。


 明かりもなく、空に月も出ていないので、真理愛の目にはエヴァルドの姿がほとんど見えなかった。周囲の様子を盗み見るが、ひとの気配はない。王子の付き人も見当たらなかった。


「誰もいない、君と二人きりになりたいと言っただろう?」


 真理愛はどきりとした。この暗さで目の動きが見えるなんて信じられなかった。


 吸血鬼は人間よりも夜目が利くが、星の時に灯りの助けもなくそれができる吸血鬼はほとんどいないと聞いていた。


「そんなにもクラウディオが気になるのか?」

「……はい。だって、全員が見ている前でワインをかけられたのですから、きっと傷ついているはずです」


 急に髪に触れられて、真理愛はぎょっとして腰を浮かせた。この闇の中では、エヴァルドの動きさえも全く見えず予想がつかなかった。


 真理愛の中で再び恐怖心が暴れ出す。


 逃げたい、逃げ出したい。


 ひとの目がある場所であんな振る舞いをする男が、誰もいない場所でどんな真似をしてくるか、考えたくもない。


「瞳の色が暗いと、暗い場所は良く見えないんだろう? 俺には君がよく見えるよ、怖がることはないのに、かわいいね」


 吐息で笑う声が闇の中から聞こえてくる。闇に慣れてきた真理愛の目には、ようやくぼんやりとエヴァルドの輪郭が見えていた。しかし、その表情までは見えない。底意地の悪い笑みを浮かべているに違いないのに、真理愛の目には映らない。


「君に会えて嬉しいよ、俺の可愛い夜の乙女……」


 一体何度その台詞を吐いてきたのか、エヴァルドは滑らかに言った。


 真理愛は膝の上で扇子をお守りのように握りしめる。王子の意図はまるで読めないが、とにかくこの場をやり過ごすしかない。


 夜の乙女である真理愛は王子のエヴァルドと共に世界を救って結ばれる。今となっては馬鹿げているとしか思えないその筋書きを、途中まで辿らなければならないからだ。


 絶対にこのひとと結婚なんてしない。


 真理愛は固く誓い、エヴァルドを覆い隠している闇をひたと見据えた。


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