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いつか白夜を

 バンケットの前日になってようやく公爵邸へ夜の乙女のためのドレスが運び込まれた。


 真理愛まりあはルーベンから当日の流れの説明を受けていたが、ドレスの試着のために部屋へ呼び戻された。屋敷中が明日のバンケットに向けて忙しない雰囲気になっており、真理愛もまた例外ではなかった。


 侍女たちによって着替えさせられる真理愛は、幼いころに遊んだ着せ替え人形になった気分だった。


 ひとまずドレスを着させられ、真理愛は姿見の中の自分と向き合った。


「き、きれい……」


 ドレスを試着した真理愛は、姿見の前で思わずそう呟いた。


 フォルトゥナ公爵領に工房を構える高名な裁縫師が数名の弟子と共に仕立てたドレスは、夜の美しさをそのまま写し取ったように見えた。


 長い首を繊細なレースが覆い、リボンで引き絞った腰のあたりから床に向かって優雅に流れ落ちるAラインスカートのドレスで、すらりとした真理愛の体型を一層引き立てる。


 夜空の青を紡いだ糸で織ったような生地はとろけるような着心地で、フリルやタックの凹凸は蝋燭の火の光を受けてオレンジ色のきらめく川を作り、印刷かと見紛うほどの刺繍は陰影の彩りを添えていた。


 真理愛がドレスに見とれている間にも、侍女たちは次々と装飾品を付けていく。ネックレス、イヤリング、髪飾り、指輪と、いずれも乳白色のムーンストーンがあしらわれたアクセサリーだった。特にネックレスのムーンストーンはひときわ大きく、月のように静謐な輝きを帯びていた。


「どうしてどの宝石もムーンストーンなんですか?」

「フォルトゥナ公爵家の宝石なのですよ。お嬢様は、形式上はフォルトゥナ家の養子になられているので、公爵家の証を身に着けていただきませんと」

「え、養子? 今の私は、書類上はクラウディオさんの妹なんですか?」

「いいえ、娘ですよ」

「娘!?」


 真理愛とクラウディオとは二歳差だが、吸血鬼の感覚を人間の感覚に照らし合わせると誕生日が二日ほどしか違わない程度の差なので、クラウディオの娘になっていることにはかなりのショックを受けた。


 こんこんとノックの音がして、クラウディオが部屋に入ってきた。話が漏れ聞こえていたようで、目が笑っていた。


「本当に綺麗だね、真理愛。ドレスも宝石も、よく似合っているよ」

「ありがとうございます」

「最後の仕上げにこれをどうぞ」


 クラウディオは白い扇子を真理愛に手渡してきた。夜光貝とムーンストーンが親骨にあしらわれたもので、広げるとレースのような象牙の透かし彫りの扇面が現れた。空に浮かぶ月のように美しい品で、夜の色をしたドレスやアクセサリー類とぴったり合っていた。


「先ほど音楽隊も到着した。これからホールで予行演習をするそうだから、私たちも練習させてもらおう」


 クラウディオが差し出した手を取り、ホールへと移動した。ホールはバンケットに向けて飾りつけされ、テーブルや椅子といった家具が運び込まれていた。


 クラウディオがホールに姿を現すと、椅子に座って音合わせをしていた音楽隊が一斉に立ち上がってお辞儀をした。クラウディオもそれを当然のよう受け入れているのを見て、彼は貴族なのだと改めて実感した。


 音楽隊の準備が整い、真理愛とクラウディオも位置に着くと、演奏が始まった。ゆったりとした音楽に合わせて二人はホールの中心へと歩いていき、真理愛はクラウディオのリードで踊り出した。


 真理愛の体にぴったりと合わせて作られたドレスは思いのほか動きやすく、ターンするたびに裾が同心円状にふわりと広がってきらめいた。薄闇のホールにあって、真理愛は黒いドレスを身にまとった自分は闇に溶けそうな気がしたが、一緒に踊るクラウディオはくっきりと浮かび上がって見えた。


 彼と密着することには慣れつつあると思っていた真理愛だったが、こうしてホールで踊っていると恥ずかしくなってくる。自分の心臓の拍動が彼に伝わってしまうのではないかと気が気ではない。だから一刻も早く彼から離れたいはずなのに、こうしていつまでも寄り添っていたい心もまた存在していた。


 音楽が止んで、ダンスが終わると、誰もいないホールにお辞儀をしてリハーサルは終わった。


「問題なさそうだね。もっと練習していくかい?」

「いえ、大丈夫です。お付き合いいただいてありがとうございました」


 本番のダンスに不安がないと言えば嘘になるが、これ以上クラウディオと密着するのは恥ずかしくて無理だった。


「では、部屋に戻ろうか。あなたに話したいことがあるんだ、良い知らせがある」


 クラウディオは、真理愛の部屋に到着するなり人払いをして扉を閉めた。

「あなたを帰す算段がついた!」

「本当ですか!」

「ああ、とうとう異界への門を開く魔法を会得したんだ。ほら、見ていて……」


 クラウディオは前方へ手をかざし、古い言葉を口の中で秘するように唱えた。クラウディオの手の中へ暗闇が凝縮して、不意に反転して風が吹いた。部屋中の蝋燭の火がかき消されて、それでも部屋は明るくなった。


 クラウディオの手の向こう側に、別の景色が見えた。見覚えのある街灯、明るいショーウィンドウ、懐かしささえ覚えるような服を着て行きかう人々。


 それは空中にぽっかりと口を開けた異界への門だった。


「あそこが、あなたが生まれ育った世界?」

「そうです! すごい、日本だ……!」


 住んでいるところはあんな都会ではないけれど、真理愛は感動のあまりつい手を伸ばす。その手をクラウディオが慌てて掴んだ。


「触ってはいけない。まだ座標の選定が完璧ではないから、このまま向こうへ出たらあの高さでは死んでしまう」


 息をのんだ真理愛が手を下ろすと、異界への門は現れた時と同じように一瞬で消えた。


「あとはあなたの住む場所の座標に合わせて門を開くことができるようになればいいだけだ。あなたの痕跡がある場所があと少しで掴めそうだから、そう時間はかからないだろう」


 真理愛は感動のあまり言葉が出てこなかった。ただクラウディオの手を強く握り返すことしかできなかった。その様子を見て、クラウディオが目を細めた。


「あなたは元の世界へ帰ることができるし、殿下と結婚する必要はない。これで準備は万端と言えるだろう。安心してもらえただろうか?」

「はい、本当に、ほっとしました……」

「それは良かった。一人でも魔法を学んだ甲斐があったよ」

「……ひとりで?」

「ああ、私の師匠は、私の目的に気づいて途中で逃げてしまったんだ。大丈夫、かの魔法使いには私を秘密の弟子にしていたことは他言しないとあらかじめ誓いを立てさせてあるから、殿下にだって話すことはできない」


 安心させるようにクラウディオは言ったが、真理愛は妙な居心地の悪さを感じていた。


 クラウディオは特別な才能の持ち主であるから、教えを受けることなく魔法を会得することが可能だっただけだろう。それでもうなじをちりちりと焦がすような嫌な予感がした。


 真理愛は自分の中に芽生えた不安を振り切るように笑顔を作った。


「あの、クラウディオさんご自身も門を通って異界へ行くことができるんですか?」

「おそらく可能だよ」

「それなら、いつか一緒に白夜を見に行きませんか?」


 真理愛の提案に、クラウディオはぽかんとしてしまった。その反応に、真理愛は急に自分が恥ずかしく思えてきた。


「すみません、嫌な渾名にまつわるものを見に行くの、良い気分じゃないですよね。忘れてください」

「嫌だったのではなくて驚いただけだから、安心してほしい。ただ、私がひとに誘われたことが初めてだったから、間抜けな顔をしてしまったんだ。ありがとう、真理愛。あなたがこの国を救ってくださった暁には、どんな場所へだって必ず一緒に行くよ」


 真理愛は二重の意味で胸がきゅっと狭くなったのを感じた。この優しくて悲しい人を、もっとふさわしい場所へ必ず連れて行きたいと思った。


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