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あなたの声が、私の中に響いた

 あの不思議な夢を見てから三日が経とうとしていた。胸の奥のざわめきも、奇妙な感覚も、日常の忙しなさに溶けて消えかけていた頃だった。


「はい、今日の夜ご飯だよ」

 私は指先を、そっと魔法植物の根本へ向けて差し出す。手のひらの中央からじわりと水が滲み出し、指と指の境目を雨樋(あまどい)のように流れて落ちる。鉢植えの土に染みて色が変わっていくと、魔法植物の葉がこころなしか張りを取り戻したように見えた。


 花びらの赤が月光に透け、まるでランプのように柔らかく温もりに満ちた艶めきを灯す。日光に当たっていると南国の花のような活力や明るさを感じるのに、月光だとまた感じ方が変わる。私は夜に見るこの魔法植物の色が一番好きだった。


「今日もすごく疲れたよ。おやすみ……」


 私は窓辺の鉢植えから離れ、ベッドに入って横たわった。今、私は王立魔法(おうりつまほう)医薬局(いやくきょく)の生産管理課で、魔法薬に使う薬草栽培の仕事に従事している。

 薬草栽培というと、じょうろや小さなスコップといった園芸のイメージが湧くかもしれないが、実情は少し異なる。


 まず第一に、園芸とは何もかも規模が違っている。小さなスコップはシャベルだし、大量の土や肥料を運んだり、体を屈めて種や苗をズラリと植えていく。そして大規模な温室の植物全てに、私は『加護』の力で水やりをする。


 体力と精神の両方を全力で使う、完全な肉体労働なのだ。まだ入局したばかりの駆け出しの私は、いまだに慣れない。毎日毎日体力の全てを使いきって帰ってくる。この日も疲労から、すぐに眠気を感じて目を閉じた。




 まぶたの向こうの光に気づき、私は目を開ける。寝室の壁にかけた時計の針は、午後の二時すぎを指していた。


 窓の外は低く垂れ込めた雲が厚く広がっていて、少し薄暗い。そこに何か気配のようなものを感じた私は、窓辺へと寄る。そうして外を見た瞬間、全身の毛が逆立つような薄気味悪さと、言い知れない恐怖に包まれた。


なんであの列車が……ここに?


 三日前に夢で見た“あの列車”が、家の前の通りに音もなく停まっている。静かに、静かに、発車のときを待っている──私は身が竦み、列車から目を離せないまま、縫いつけられたように立ち尽くしていた。


 そして二階から見下ろしていたはずの列車を、いつの間にか目の前で見上げていた。自分から外に出て近づいた記憶はない。私は、列車を見上げたまま、この既視感のある光景に、自分が今『夢を見ている』のだと自覚した。


──私を迎えに来たんだ。


 途端に得も言われぬ薄気味悪さが背中を這い上がり、嫌な予感に心が染まっていく。直感のような……虫の知らせのようなものに、胸の奥がにわかにざわつき始めていた。三日前に夢を見たときよりも、強烈な恐怖感に無意識に呼吸が浅くなる。


 列車は僅かに接地しておらず、ふわふわと宙に浮いている。扉はいつでも人を迎え入れられるように開いたままだ。


 乗ったらダメな予感しかないのに、無意識に片足を列車の入口にかけていた。好奇心なんてものはなく、体が勝手に動いている感覚もない。嫌な予感だけはあるのになぜか何の抵抗感もなく、気づいたら自ら列車へと乗りかけていた。


 しかし、もう片方の足を列車の上に乗せることはなかった。(かす)かに意思が働いてくれたのか、片足をかけたままの状態で留まっている。これ以上進んでしまわないよう、手すりを固く握りしめて体勢を保ち、静かに中の様子を伺う。


 以前と変わらず(まば)らに乗客が座っていたが、そのうちの一人と不意に目が合った。姿形に妙なところは一切ない普通の初老の男性。なのに、その目に生気が宿っていない。


 心臓を撫でられ、緩やかに握り潰されていくような心地に息が詰まる。この列車に乗ったらまずい気がするという、何の根拠もない感覚が警鐘を鳴らしている。


 この状況にハッと、それまですっかり忘れていた“夢にまつわる怪談話”を思い出す。まだ私が子供だった頃に聞いた話だった。


 その話では列車に一度でも乗ったら最後、夢の中で殺されてしまうらしい。途中殺される前に目を覚ましても、毎晩その夢の続きから始まり、次第に追い詰められていくというものだった。

 夢と列車という繋がりしかないが、なんとなく似ていると感じていた。


 この列車は、すでに私を迎えに来ている。私が死ぬまで、この夢を見続けるのかもしれない。こうしてすんなりと入口に足をかけてしまったように、いつか意思に反して乗ってしまう日が来てしまうかもしれない。


 数日前の夢で少しでも車内に入ってしまったのがまずかったのだろうか。片足をかけたということは、もう手遅れで、逃げきれないのかもしれない。


 夢の中で殺された人が、現実でどうなるのかはわからない。でも怪談なのだから、現実でも影響が出る可能性が高い。

 私は……まだ死にたくない、そう思ったときだった。


「列車に乗るんですか?」


 沈みかけていた思考。深く、暗く、落ちていく視界。閉じかけていた私の心に、雲を押し流すような風が吹き、柔らかく光が差す。拘束を解かれたように意識が私の輪郭を取り戻し、すぐに列車に乗せていた片足を下ろした。


 警戒しながら、列車から数歩下がって距離を取る。人の気配が近くに来たのを感じて顔を向けると、想像以上に近くにいて気圧された。


この人、あのときの……


 澄んだ紫水晶のような瞳に、癖のある赤い髪。顔を見てすぐに以前夢で出てきた、感じの良い“あの男性”だとわかった。それまで警鐘を鳴らし続けていた胸のざわめきが、凪いでいくようにゆっくりと鎮まっていく。


「の、乗らないですっ!」


 必死すぎてちょっと語気が強くなってしまったが、自分の答えをハッキリと言いきった。男性は返答を聞くなり、ぱっと表情を明るくし、優しく目尻を下げて微笑(ほほえ)む。

 一度夢の中で会っただけの男性なのに、その笑顔に心が(ほぐ)れていく。不思議と恐怖は和らぎ、緊張の糸が切れて胸を撫で下ろした。


そしてなぜか『もう列車に乗らなくて済むんだ』と思った。


「それはよかった」

 感情の機微や表情を読むのがさほど得意ではない私にも伝わるほど、男性はホッと安堵(あんど)しているように見えた。何の関係もない通りすがりみたいなこの人が、なぜ私のことで安堵しているのか全くよくわからない。


でもまぁ、夢だし……そんなもんだよね……


 そう思った瞬間、フワッと浮き上がるように目を開いた。外ではなく寝室の景色が見え、夢から覚めたのだとわかった。

 

 やはりまたあの奇妙な夢を見ていたようだ。けれどもう、嫌な感じは胸の中に残っていない。むしろ少しだけ気持ちがスッキリとして、ぽかぽかと温かいような穏やかさがある。


 根拠はないが、あの夢はもう見ないような気がした。きっと夢の中の男性とも、もう会えない。それが少しだけ寂しくて……名残惜しい。


 そしてあの人は結局何者だったんだろうという疑問が残った。けれどそれ以上に『あの人のおかげで、私は助かったのかもしれない』と、恩を感じていた。


 もちろんあの列車に深い意味はないのかもしれない。怖がりな私が、連続した不思議な夢を勝手に怪談話に結びつけて、怯えていただけかもしれない。それでもあの男性の存在はとても心強く、間違いなく恐怖を取り払ってくれていた。


 私は現実にいるのかもわからないあの人に、そっと感謝した。もう二度と会えない予感はしている。でも、それでも、もう一度会えることがあるのなら。そのときは──


助けてくれてありがとうって、ちゃんと伝えたい。


 あなたのおかげで私は救われた、と。お礼も言い損ねてしまった、親切なあの男性に。


「おはよう。また少し伸びたかな?」


 私はベッドから出ると、魔法植物に日課の水やりをする。朝日を浴びた魔法植物は、凛と強く、誇らしげに咲いていた。

【あとがき】


この短編は、私が10年ほど前に見た夢を崩さないようにしながら、ハイファンタジーとして書き起こしたものです。


私が見たのは、春先の午後3時の地元の駅の夢でした。

感じていることはほとんどこの主人公と変わりません。


出会った男性は黒髪黒目の柔らかい雰囲気の男性で、いかにもといった感じのスーツ姿……つまりテンプレ的なサラリーマンのような服装でした。

田舎なのでそれがちょっと珍しいというか、少し浮いて見えたことを今でも覚えています。


夢なのに、現実のような鮮明さと生々しい感覚の残り方だったこと。

10年経ってもモンタージュ作れそうなくらい、男性の顔をハッキリと覚えていたこと。

そして妙にストーリー仕立てというか、ひとつの物語の始まりの中にいるような感覚が、強烈に印象に残った夢でした。


ですがそれも……小説として書き起こして完成させた途端、彼の顔も夢の細部も、記憶から少しぼやけてしまい、思い出せなくなりました。


私はホラーが苦手で、ガチガチにホラー風味なこの夢に怯えていたのですが、そんな心を救ってくれたのが、夢の中に現れたあのサラリーマンの男性でした。


これでもし現実で再会したら、ローファンタジーの冒頭みたいだなと思いながら10年、現実でも夢でも会えていません。


もう二度と会わない気がする。

その直感通りでした。


これはそんな私の、彼への「ありがとう」を形にした、小さな物語です。


拙い作品ではありますが、感想や評価等いただけましたら、今後の励みになります。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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