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夢は、音もなく

 気付くと、私は駅の構内にいた。建物の様子から、私の住んでいる街──王都トランチェレスティナの駅だとわかる。ただ、いつもの風景と少し違うのは、線路の向こうに見える景色が街の風景ではなく、真っ白なひなげしが一面に咲き乱れていることだろうか。


 そしてもう一つ、いつもは賑わっているはずの駅に、不思議と人影がない。一度も乗ったことのない田舎町へと向かう路線のホームに、私一人だけがぽつんと立っていた。


 日は空の高いところにあって明るく、時計の針は午後三時過ぎを指している。ここがこの路線の始発駅だからか、すでに列車が停車していて発車時刻を待っているようだった。


 この列車の行き先はわからない。なのになぜか私は、どうしてもこの列車に乗らなければならないような使命感に駆られ、乗車した。車内には(まば)らに乗客が乗っており、皆座席に座っていた。


 何もおかしなところはない。至って普通の日常風景。けれどなんとなく薄気味悪さを感じ、背筋に(かす)かな寒気が走った。胸が妙にざわつき、鼓動は早鐘を打つ。

 そもそも列車の行き先を知らないし、自分がどこへ行こうとしているのかもわからない。ならこの列車に乗る理由もないと思い至り、すぐに下車した。


 なんで乗らなきゃいけないと思ったのだろう。普段なら、こんな支離滅裂な行動を取るわけがない。思考の一部が自分のものではないような、そんな不快感がある。


「この列車には乗らない方がいいですよ」


 突然声をかけられ、とっさに振り向く。そこには、私より少し年上に見える落ち着いた雰囲気の男性が立っていた。


 春の気配を帯びた風が、彼の少し癖のある赤い髪を微かに揺らす。紫水晶色の澄んだ瞳が、穏やかに私を見つめていた。

 優しそうな整った顔立ち。正装とまではいかないものの、質のいい服を熟れた感じで着こなしており、清潔感がある。その姿に、高価な商材を扱っている商人のような印象を抱いた。


 駅にいても違和感のない雰囲気にも関わらず、がらんとした静かな昼下がりのホームでは何となく浮いて見える。私が警戒しているのが伝わったのか、男性はこちらを安心させるように柔らかく控えめな笑みを浮かべた。


「この列車には乗らない方がいいですよ」


 穏やかに(さと)すような声で同じ言葉を繰り返す。その言葉の続きはなく、ただ、微笑んだまま(たたず)んでいる。


なんで二度も同じことを言ったんだろう?


 そんな疑問を抱きながら、私は固まっていた。沈黙が降り、さやさやと風の音だけが私たちの間に流れる。男性がふっと伏し目がちになると、軽く会釈してこちらに背を向けた。

 駅の改札へと続く階段に向かって、彼は去っていく。その背中を『結局どういうこと? 意味がわからない』と思いながら、呆然と見送りかけて──慌てて後を追った。


「なんでですか?」


 私は追いかけながら、彼の背中に向かって質問した。けれど彼は振り返ることも、足を止めることもない。ならこちらが追いつくしかないと足を早めたが、なぜか距離が近づかない。


 追っても追っても一定の距離から近づけず、そうして階段を登っているうちに、景色が風にさらわれるように霞み……目が覚めた。

 見慣れた寝室の風景が目に映り、ようやく自分が夢を見ていたのだと気づいた。


 あぁ夢だったのか、と理解すると同時に、なんとなく気味が悪いようなざわついた感覚が胸に残っていることに気づく。

 それとは対照的にあの男性には嫌な感じはなく、むしろ安心感を感じられた。心が冷えるようでいて、その奥には温もりが灯っているような、なんとも言えない奇妙な感覚だった。


結局あの人はなんだったのかな……


 知り合いや知っている有名な人や偉い人が、夢に出てきたわけではない。過去を(さかのぼ)って思い出しても、あの男性には心当たりがなかった。全く覚えがないということは、私が空想で作り上げた人なのかもしれない。


 夢の中で鮮明だった男性の容姿は、夢が覚めてもぼやけなかった。これまでにも、知らない人が出てくる夢は見たことがある。大抵は性別や年代やなんとなくの背恰好くらいが薄らぼんやりと残る程度で、顔立ちまで鮮明に思い出せることの方が少ない。

 にも関わらず、まるで会ったことがあるような鮮明さで記憶に残っている。そんな彼が妙に不思議で、強く印象に残る夢だった。


 そんなことを考えながら、私は眠くて重怠い体を起こし、窓辺にある鉢植えへと手を伸ばす。


「おはよう。今、水をあげるね」


 私には少量の水を生み出す『加護』の力がある。その力を使って、鉢植えの魔法植物に水をあげるのが日課だ。


 旅先で偶然見つけて買ったこの魔法植物がどんなものかを、私は知らない。ただ店先で枯れかけていた姿が気にかかって、買った。私の『加護』の水は、どういうわけか植物の生育を良くする。だからきっと、この子も元気にしてあげられると思ったのだ。


 そして魔法植物は息を吹き返すと、すくすくと育ち、花を咲かせた。雪のように白く太い茎と葉に、柔らかく鮮やかな赤い色をした釣鐘型の大ぶりの花が咲いている。


 植物は健気だ。愛情をかけて丁寧に育てると、一生懸命葉を伸ばし、花を咲かせる。そんな姿に、私は癒やされていた。


「今日も元気に咲いてるね……」

 私の言葉に返事が返ってくることはない。けれどこうして瑞々しく凛と咲いてくれていることが何よりの返事のようにも思えた。


 私は眠気と怠さを引きずったまま、また布団の中へと帰っていく。もう一度眠ろうと目を閉じると、すぐに微睡(まどろ)みがやって来た。私は抗うことなく、沈むように眠りへと落ちていった。

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