予囚をし、復讐を完了しました。あと笑い声を殺す
まだ「姉は死に、母も死にました。あと父が死んだ」を読んでいない方は、上のシリーズ設定の方のリンクから飛んでもらってからそちらを先に読んでもらえるとありがたいです。おそらくそっちの方が理解しやすいです(一応これ単体だけでも理解できるようには書いてます)。
予囚しました。
◆ ◆ ◆
ここは誰も知ることのない場所。
なので、誰も咎める人はいない。
いや、むしろ勧められている。
俺は、もう戻れなくなってしまったようだ。
バタッ……バタッ……おっと、暴れるんじゃない。
お前の首、ちゃんと母親の目の前で引き千切れないだろうが。
◆ ◆ ◆
ある日、電話があった。
振動と着信音を感じたため、受話器のマークをしたボタンをタップしてでる。
『……おーい』
「普通はもしもしだろ」
『俺たちの仲だろう?』
「はっ、お前と「友」とやらだった覚えなんかねーよ」
『つれないなぁ』
「お前気色悪いぞ」
軽口を叩き合うも、彼の本題がただ暇つぶしのために俺に電話をかけてきただけのはずが無い。
「で、今日は何の用だ。簡潔に示してくれ」
『ハハハッ、「簡潔に」っていう言葉を一体君から何回聞いたことか』
「早くしてくれ」
『そう……君が急いでいることはわかっている。で、今回の用事は、君の問題を解決しにきたとも言えよう』
ふむ……
「なるほど、で、具体的に言えばそれがお前の異常性癖を満たしてくれる者だったのか」
『ククク、よくわかってるじゃないか。俺が求める絶望が、そこにはあった』
「そうかそうか……まあ良い。今回もお前の策に踊らされることにする」
『踊らされているフリでは無く?』
「お前、めちゃくちゃ失礼だぞ。デリカシー無いって言われたことあるだろ」
『んあ?俺のやることにデリカシーが必要とでも?』
「ああ、必要ないな」
しばらく作戦というものを聞いた。
癪だが、こいつは天才だ。
いかに人に罪を擦りつけるか、についてこいつの右に出る奴はいないだろう。
「じゃあ」
『作戦決行と行こうか』
急な電話が来たが、驚くべきことではない。
俺の仕事は、「何でも屋」。
承った仕事は、必ず遂行する。
俺が、この仕事を始めたのにはまあ深い理由があるわけだが。
さて、客はいつも彼だ。
そもそも俺にこの仕事を始めろと提案したのもあいつだ。
……はて?俺達は一度でも「友」になったことがあるのか、と問われればNOと答えるが。
俺達はただの依頼主とそれを遂行する者、ただこれだけだ。
あいつにとって生物は全てあいつの嗜虐的異常性癖を満たすためにあるもの、らしい。
今回の任務は今までと比べたら、至極簡単だ。
今までの任務には、結婚式場の真上に可動式で垂直に落ちる刃を設置する、というものもあったからな。
警備員を出し抜き、5分というタイムリミットの中で刃を設置した。
思い返してみれば、俺にとってもあれは酷かった。
新郎は絶望、というより納得していたかのように見えたが……だが、少なくともあれを悲劇というのだろう。
「今回は……ようやく、ここまで来たのか。普通ならお前に感謝するところだが、俺はお前にめちゃくちゃ危ない橋を渡らせられ続けたからな。感謝するわけないだろ」
対象は、子供。
そして、絶望させるのは子供の母親。
あいつは、最高の絶望を求めて予めたくさんの種を蒔く。
絶望する顔が好きかどうか、と尋ねられてもNOと答えるだろうが、それでも続けてきた。
こいつの絶望を見るために。
遡れば思い当たるのは20年前のあの日。
俺に、失望・軽蔑・嘲笑、その他諸々の「悪」というものを俺に植え付けてきた悪魔に対し、俺はあまりにも幼く、そして、弱かった。
悪魔は、女だった。
彼女に惑わされ、堕ち、従順な手下となったものが一体何人いたものか。
そもそも群れることを良しとしないはずの俺達はいつもバラバラで行動し、たまに個人個人で顔を合わせるだけなのだが。
少なくとも悪魔は小さな頃からその驚くべき手腕を発揮していたのだから、今彼女がどんなことをしていても不思議ではない、と思ったが、まさか駒にしていた男と恋仲にあったとは。
俺はギリギリその沼から抜け出した。
そう、彼女に「貢物」を差し出すその直前にこの俺のことを「友」だとほざくよくわからない男に囚われた。
俗にいう誘拐だ。
なぜか口を塞がれなかったおかげであいつに話しかけたが、いきなりだったのか、かなり驚いていた。
まあ、それで、なぜか見逃され、知らぬ間にあいつの手下になっていたなんて……皮肉だな。
今回の仕事は、俺が待ち望んだ、その女への復讐だ。
そう、言うなれば予め囚われていた、予囚していたおかげで復讐できるなんて、な。
内容を読み上げよう。
まずはあいつの大切にしている子を奪う。
そのままあいつが大事な大事な我が子を探しに出ている間、あいつのベッドに大量の紙を貼る。
そうだな、あいつの駒となったやつの怨嗟の声とかがいいって言われたな。
そのままあいつが悲しんでいる頃を見計らい、子供を返す。
そうだ。子供は母親を見て喜び、そのままよちよちと歩いていくだろう。
可愛いものだ。
だが、俺のお客様はそこで絶望を与える機会をみすみす見逃すやつだと思うか?
──そんなわけない。
あいつは、常に自分の蒔いた全ての種が育って花となり、枯れるのを待っている。
そう、瑞々しい花が枯れ落ちるのを。
花が枯れ散る条件というものを、俺はつい最近知った。
栄養が足りない。
水の量がおかしい。
温度が適温ではない。
あとは、踏み潰される。
彼は、踏み潰されそうな場所に花を誘導して咲かせ、踏み潰させることをする人だ。
俺か?俺はそんな人の手伝いをするやつだよ。
まあ、一応あっちが依頼主だが。
さあ、ちょうど昼になったようだ。
飯はもうとったし、準備もオーケーだ……。
そのまま日課というか、つい癖で家の近くの崖までわざわざ行ってジャンプする。
スリルが欲しいだけだ。
特に理由はない。
しばらくして、ついに悪魔の家に辿り着いた。
俺は、このトラウマを克服しなければいけない。
なぜか?それについても特に理由はない。
ただ、俺の余生を簡潔に過ごすためには必要なことだろう。
無駄をそぎ落とし、最善を求める、という「簡潔」という単語、俺はこの言葉を一度聞いただけでとても惹き込まれたものだ。
足音を立てないようにゆっくりと近づく。
抜き足差し足。
ゆっくりと近づく。
できるだけ床が軋まないように。
ゆっくりと。
ゆっくり。
ゆっくり。
落ち着いて……
がしゃん。
「は?」
は?何が起きた?待て待て待て、この機会を逃してたまるものか!
慌てて体を捩らせるも、動けば動くほど縄が肉に食い込んでくる。
「ふふふ」
ゾッとした。
そして、そんな自分に失望した。
こんなトラウマも克服できていなかったのか、と。
カッとなった。
鉤爪を忍ばせておいたおかげだ。
「能ある鷹は爪を隠す」、というだろう?
ザッ──ぷつっ
「な!?もっときつく縛っておかなかったの!?」
「ごめんなさい……」
「早く捕まえるわよ!」
はぁ、この会話も、すごい久しぶりに聞いた気がする。
「で、お前はなぜ俺に構う?俺はお前から抜け出しただけだが?」
「早く子供を守りに行きなさい!」
「ぐッ……」
俺の声は震えていた。
だがッ!逃すわけにはいかない。
これは復讐の機会だ!
──『まずは雛を確保しておけ』
待て、冷静になって考えてみろ。
雛、というのは子供のことなのは言わずもがなとも、である。
だがどうだ?
俺は一切成果を持ち帰らずに堂々と帰るか?
否だ。
ダッシュで駆ける。
まるで羽で空を飛んでる時と同じ気分だ。
なぜかは知らぬが、体が軽く、速い。
力が漲る。
子供はちょうど寝ていた。
可愛いが、今回ばかりは失敗は許されない。
「やめて!今すぐにその子を離しなさい!」
くッそ。もう追いつきやがる。
その場から外に出るため、彼女の子供を麻酔で眠らせた。
これでしばらく起きても体が動けないだろう。
その子を抱き抱えたまま、俺は飛び降りた。
◆ ◆ ◆
『で、君は仕事を失敗してすまないと言いたっかたのだね』
「そうだ、本当にすまない」
『うーん……まあ、いいさ。君の代わりは多分いないだろうからね』
「まあ、俺も頑張ったが、子供をとることしかできなかった」
『それだけでも十分だ』
彼はしばらく沈黙し、そしてすぐに口を開いた。
まあ見えないからそう感じただけだが。
『今すぐに返せ』
「え?」
『そうだ。君のその苦心してとったという雛を、母親の元に返せ』
「は?ちょ、待てよ。お前は何をしようとしている?」
『フフフ、君が一番よくわかっているだろう?』
「……あ、今、やるのか?」
『いや、返してからすぐ戻れ』
「……?ああ、わかった。子供は眠っているがいいのか?」
『大丈夫だ』
さあ、彼からの連絡と俺からの連絡が終わり、ことを実行するだけだ。
鉄筋を鷲掴みにして、空いた方で子供を掴む。
少し不安定だが、それもまた、良い。
悪魔の家に、再び乗り込むこととなった。
今度は、堂々と姿を晒しつつ入る。
「んな──っ!?」
どうだ、驚いたか。
そのまま子供を悪魔に投げつける。
「お前!?」
彼女の柔な腕に包み込まれたおかげか、子供が起きることは無かった。
こちらとしてもそっちの方が喜ばしい。
「俺はこれでお暇するぜ」
そう言って再び、俺は悪魔の家から飛び降りた。
向かう先は依頼主の家だ。
彼の依頼では、彼が檻を作ったからその中に入ってくれと。
まあ依頼達成のためには仕方が無い。
中にはちゃんと美味しい食料もベッドも娯楽も用意してくれるというのだ。
素晴らしいじゃないか。
ピンポーン
間延びしたチャイムの音は心地いいとも気持ち悪いとも取れるため、俺は好きじゃない。
「おぉ、来てくれたか。まさか君がちゃんと来てくれるとは」
「流石に俺も約束は守るさ」
「つくづく君は……不思議なやつだな」
「お前に言われたくないさ」
そう言って俺は中に入る。
「おぉ、これ、檻にしては大きすぎないか?」
「いや、いいのさ」
彼は、ニヤリと笑った。
口角が異様なまでに釣り上がっており、そこから剥き出しになる歯がその不気味さを増長させていた。
「あとで人を連れてくる。君には武器があるだろう?彼女は抵抗するかもしれないが、まあ上手く縦に二分してくれ」
断る理由もないため、俺は頷いた。
「お安い御用だ」
「多分檻を叩いてくる人がいるだろうけど気にしないでやっちゃっていいから」
「……またお前の悪趣味な行動に付き合わにゃならんのだ。まあやるが」
「君についてはいつかゆっくりと観察してみたいなぁ……」
「ん?何か?」
「いや、いいや」
「そうか」
まあ、聞こえていたが、別に俺を観察したところで、っていうのはないのか?
いや、本当に。
「そういえば、その女性の特徴は?」
「ハハハ!君も気になるのかい?パツキンさんですごい身長が高い人だ。あと俺たち庶民に対してとても無礼」
「つまりお嬢様だと」
「ま、そういうことにもなる」
「ふむ、ここは勢いをつけて殺った方がいいのか?背が高いのなら」
「ああ、180cm越えなんだ……君に伝えるのは初めてだったか」
「俺は依頼を達成するだけだ。より簡潔に、な」
「はいはい耳タコでーす」
なら、俺は少し準備をしたほうがいいだろう。
「あっそうだ。君に頼みがある」
「なんだ?」
「背中と腹を圧迫させるものを使える環境にしてほしい」
「……なるほど。お前のクズさはわかった」
こいつは本当にすぐ、いろんなことを思いつく。
◆ ◆ ◆
「やめてくれぇ!頼むから、彼女を……」
「いやぁあああああああ!!」
残念だな。
その言葉はもう口から出てこないだろうよ。
そうやって俺は勢いをつけて人体を縦に切断する。
ザシュッと軽快な音を立てて裂いた肉だが、あまりにも身長が高くて(190cm超えてただろ。嘘つきやがって)途中からはゴリっと変な音がした。
今回注意したのは、俺が決して背骨まで切っていないこと。
ちょうど頭の中心から真下にかけて一気に殺っただけだ。
すぐさま支給された通称「圧迫機」で背と腹を挟み、スイッチを入れる。
ピキッ…ビギ……ボ、ギ…………ボキッ……………………ボキボキボキ
それと同時に、血もピューと噴水のようにその「彼氏」の顔にかかる。
ザザザザザッ ピッ
巨大なビデオに、明かりがつき、その彼氏とやらと俺は同時にそのビデオの方に振り向いた。
「やあやあやあ。お疲れ様」
俺はなんてことない、といったように首を振る。
「さて、そこの彼氏くん?どう?彼女の温かい血は?気持ちよかった?興奮した?いやぁ、彼女の血で興奮するのはいただけないねぇ」
そういって彼はハハハ、と笑った。
「彼氏」はすでに鼻から血が出ていて、顔中に彼女の血がついていた。
それはすでに固まって、「彼氏」の耳が烈火の如く赤くなっているのを見れば彼の感情はわかるだろう。
俺としても悪いとは思うが、別にそこまで酷いことじゃないと思うぞ。
少なくとも原型はとどめているんだから。
「はーい、彼氏くん。俺の方じゃなくて後ろの君の彼女の方に注目!」
「彼氏」は振り返った。
それがいけなかった。
「はい、ポチッとな」
あいつがいきなりボタンを取り出し、ポチッと軽く押した。
俺にだけ見える印に、「彼女」を誘導して殺した。
そして、たった今上を見上げてようやく気づいた。
──ああ、巨大な石が置いてあるナァ
ベチャ
一拍置いて、
ズチャ
あれ?と思って「彼氏」の方を見ると
絶望した顔で、いや、絶望した顔のまま、体の半分がずり落ちていた。
彼のメガネの断面はとても綺麗だ。
「おい、これでよかったのか」
扉が開き、あいつが出てきた。
「ククク、これで終わるとでも?」
あいつは檻で潰れていない方の肉塊を取り出し、空いてる方の腕でその彼氏の半身を抱き上げる。
服に血が付いているのが見てとれる。
そのまま部屋の隅に置いてあったハンダゴテとやらを取り出し、2人分の半身を合わせ、金属でくっつけ始める。
ただし、落としたらそのままその部分だけ割れるように細工しているに違いない。
──さて、俺が聞きたいのはこのカップルの処置ではない。
「で、あの悪魔はどうしたんだ」
目の前のこいつは本日何度目かも忘れた薄気味悪い笑みを浮かべ、両手で掴んだそれを持ち出す。
「どうやら子供が心配で抱きついたみたいだ。俺が遅効性の麻酔をこっそりと忍び込ませたのにも気付かずに」
「ふん、この女にはそれくらいがちょうどいい」
そのまま子供の方だけこちらに投げてくる。
慌ててキャッチするが、そう優しくする必要もないのだと改めて感じた。
ガチャン
気がつくと、さっきよりひとまわり小さい檻の中で、鍵をかけられていた。
悪魔と一緒に。
──この時点で、何かおかしいと気づくべきだった。
「さあ、ここで君の彼女と殺り合ってな」
ゆっくりと言葉を咀嚼する。
「は?」
やはり理解できなかった。
彼女が起きた。
こちらを向いた。
「お前!」
即座に暴言を吐いてきそう、なので、目の前で熟睡している子供の体の左右を掴み、いつでも分けさせる体勢にしておいた。
「おい!なんで、私を置いていったんだ!なんでお前は、そうなってしまったんだ!」
は?意味がわからない。
悪魔の言葉に耳を貸す必要性を感じない。
ゆっくりと力を入れていった。
このままいけば、簡単に引き千切れることが予想できた。
この言葉を聞くまでは。
「この子は、私とお前の子だろう!」
「え……?」
待て待て待て待て、おかしいぞ?
俺は一度も結婚したことが無……い……、いや、違う。
待てよ、何かがおかしい。
手元にある何かがモゾモゾと動き出した。
バタッ……バタッ……暴れるんじゃない。
母親の目の前で引き千切れないだろうが。
思いかえせルカ?
思イカエセナイ。
ソウカ、残念ダ。
「やめて!」
「うるさい」
思い切り力を入れた。
ぶちッと軽快にちぎれ、悪魔は絶望の笑みを浮かべて涙を流している。
「あーあ、最後のチャンスだったのにな。君、最初からずっと俺に洗脳されてたんだよ?」
頭痛が走った。
痛い痛い痛い痛い。
──俺は、思い出した。
彼女との出会い、
彼女との触れ合い、
彼女への気持ちの自覚、
そして、彼女への求愛。
「なん、だと」
自分が引き千切った物体を見るのが怖かった。
絡みついてくる血が、どんどん重さを増していくように感じた。
「はははあっはあははっはは」
最愛の彼女は、すでに壊れていた。
この時をもって、俺の復讐は完了した。
◆ ◆ ◆
いつまで経っても彼女の笑い声が消えないので、不思議に思ったところ、どうやら本格的に頭がおかしくなってしまったようだ。
悪魔だからしょうがない。
そう自分に納得させ、ゆっくりと歩み寄る。
彼女は不思議そうにこちらを見た。
いや、それはこっちの方だ。
なぜ俺をそんな目で見る?
いや、そんな目を俺は過去に見つめ返した記憶がある……いや、ない。
そうだ、そんなこと、あるはずがない。
そろそろ本格的に笑い声が鬱陶しくなってきた。
終わらない悲鳴とも言える叫びは悲痛だが、最早意味をなしていない。
そもそも本当にうるさい。
もうこの声を聞きたくない。
何かを思い出させる。
だが、俺は何も思い出したくない。
もうしばらく待とうか、思い直したが、流石にもう待つのは厳しい。
簡潔に。
人生をもっと簡潔に。
笑い声をもう聞きたくない。
勢いをつけて駆け、高くとび上がって先ほどカップルを殺した武器で悪魔の体を半分に裂いた。
「え……こんな素晴らしいショーを君は俺に魅せてくれたの」
そういってあいつはクネクネと気持ち悪い動きで鍵に近づき、開錠して手招きしてきた。
「ちょっとこっちにきてもらっていいかい?」
「ああ、いいが」
なんの疑問もなく近づいた。
こいつは何かぶつぶつ呟いている。
「洗脳を解除する方法として、洗脳を行った時とは逆の手順で洗脳を新たにかけ、相殺すること」
「どうした?」
「つまり俺の場合はこれをこうやって……最後に手を翳せば」
体をいじられたかと思ったら、いきなり目の前に手が現れた。
その手には割れたハートのマークが朱色の墨で描かれていた。
瞼の裏に次々とフラッシュバックする自分の生活とその齟齬。
そして、忘れてはいけなかったはずの最愛の彼女。
その最愛の彼女を手にかけたこの背に縛られた石の重さ。
全てを思い出した俺は、くるっと振り返る。
目の前の男の色が、真っ黒の塊にしか思えなかった。
「どういうことか、説明しろッ……!」
その声の気迫はおそらく誰が聞いても後退りするほどであろう。
「ハハハ、ハハハ、ハハハ!騙される君が悪いのさ!他の男に餌付けしていた彼女に嫉妬して自棄になって俺に近づいた、君が悪いのさ!」
「おい……お前……。それ以上言うなよ」
「で、自分の子供と妻を殺したんだって?なんだよその喜劇」
「貴様ァ!」
武器を掴んで切りかかるも、彼は再びあの恐ろしい言葉を呟いた。
「ポチッとな、なんつって」
その手にはボタンが握られていて、上に突き出ている小さな赤い突起が、可愛らしかった。
だが、俺にとってその大きさは、恐怖を引き出すには十二分以上に過ぎてしまった。
ようやく、背中に取り付けられていた石の存在に気づく。
いや、これはただの石ではない。
ちょうど背骨の形に沿って頭頂から股にかけて伸びている。
そして、それは細長い刃を含んでいる。
理解した俺は、ながーく響く、ながーくながーく、そして長い笑い声を上げた。
笑い声は風に乗り、海を越え、押し返されて無に帰す。
それは無きに等しく、最早残す価値もないものだった。
「まあ、お前は頑張ってくれた方だよ」
少し時間差がつき、完全に俺の体は二分された。
その時俺はただ、どこか別の世界で生きているはずだと信じている妻に会えるかなぁ、と思っていた。
男は、笑い声を殺した。
◆ ◆ ◆
三度警察は驚愕する。
体を二分されているどころか、はんだづけにされている男女の半身があったからだ。
そのことに世間は慄き、1人の男の耳に入る。
「まさか170回目にこんな異変が起きるなんてな……これでようやく記憶が引き継げる」
世間は未だ知ることはない。
このことについて、一切知る人がいない、と言うのは言い過ぎかもしれない。
なんせ3つの親子の死体が並び、全てが二分されて並んでいるのだから。
そして、それらは鉄筋で貫かれ、ギリギリ原型を保っているだけなのだから。
でも、人々は人間のことについてしか関心が無かった。
そう、鷹の親子の話など、どうでもよかった。
例えそれが、実は人間の言葉を話す鷹だったとしても。
◆ ◆ ◆
おしまい
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
文字数は一万文字程度、と短編にしてはそれなりの長さになってしまいましたが、僕が書きたいものは大体書けまし……いや、この「テネスの秩序」シリーズの続きはまだ書くつもりです。
いわゆる自己満足かもしれませんが、僕はこれをたくさんの人に読んでほしいと思っています。
この作品について、もし「すごい」と少しでも感じてくれたのなら、感想とレビュー、★★★★★を付けてほしいです(ログインしていない方も感想を書けるようになっていますので、ぜひ)。




