旅は股ずれ
大学二年生の夏、友達のタツキから『久しぶりにミハルとマナと俺ら、みんなで集まらないか』という連絡が来た。
タツキ、ミハル、マナ、リョウガの四人は高校時代にいつも一緒にいった仲良しグループだ。高校を卒業してからはお互いの都合もつかなくなり四人で会うことはなくなっていた。
そんな中二人ではちょくちょく会っていたタツキから連絡が来た。
『いいね、高校卒業してから中々会う機会ないし』
『だろ? 帰省した時に会うってなっても結局俺とリョウガだけだし、久しぶりにみんなで集まりたいと思ってさ』
リョウガはタツキからの返信を見ながらカレンダーアプリを起動する。
人生の夏休みと呼ばれる大学生活、その中の夏休み、今年はバイトに明け暮れようと思っていたので既に予定がかなり埋まっている。
『行きたいんだけど、結構バイト入れちゃってるんだよね。予定会うか分からない』
『マジ? 実は俺も結構入れてるんだよな。どっかの休みが合ってればいいけど』
どうやらリョウガもタツキも考えることは一緒のようだ。
『今のところ確定で空いてるのは八月の二十二日から二十五日かな』
『おっ! 俺もそこちょうど空いてる!』
リョウガとタツキの休みが被っており二人は集まれることが確定した。
その後、ミハルとマナにも連絡をすると奇跡的に二人とも予定が空いていた。
そんなこんなでスルスルと計画が決まり、八月の二十三日、リョウガ、タツキ、ミハル、マナの同級生四人組は約一年半ぶりに集まることになった。
八月二十三日、リョウガは朝早くに家を出た。
行先は神奈川県藤沢市、せっかく集まるので夏っぽいところで楽しみたいということで日帰り旅行で江ノ島に行くことになった。
高校を卒業してからは全員が一人暮らしを始めており住んでいる場所がバラバラなので当日は現地集合だ。
リョウガはバイト代を奮発して買ったセットアップの服を着て電車に揺られている。
元々あまり服に興味があるタイプではなかったが、高校を卒業してからみるみるオシャレになっていくタツキを見て自分もそれなりにオシャレをしないといけないと思った。
それに久々に仲良し四人組で集まった際、一人だけ高校生の頃と変わらないダサい服装をしていたら恥ずかしい。今をときめく女子大生であるミハルとマナはしっかりとオシャレをしてくるだろう。気の知れた仲とは言え服装の気は抜けない。
電車に揺られること一時間半、ようやく目的地に着いた。
小田急線片瀬江ノ島駅の改札を出ると潮の匂いがして海を目で見る前に鼻で感じる。待ち合わせ時間にはまだ十分ある。
皆が来るまで上空を旋回するトンビを見たりスマホを見たりして時間を潰した。
午前十時、待ち合わせ時刻になったのに誰も姿を現さない。おかしいなと思っていると一件の通知が届いた。タツキからだ。
『もうみんな着いてるけど、どこにいる?』
リョウガは周りを見回したけれど、みんなの姿は無い。
『俺も着いてるんだけど』
『え? 俺たち改札の前にいるよ』
『俺も改札の前にいる。赤い鳥居みたいな建物のところ』
そこから一分ほどタツキからの連絡が途絶え、再び通知が届いた。
『そこ、片瀬江ノ島駅じゃない? 今日の集合場所江ノ島駅だよ?』
リョウガは自分が降り立った駅の名前を見ると共にタツキとのトーク画面を遡った。
駅名には片瀬江ノ島駅と書いてある。タツキからは『江ノ島駅集合な!』と言われている。
マップアプリを開いてみると現在地から徒歩三分ほどの場所に江ノ島駅という駅があった。
『ごめん、間違えたみたい。今から向かう』
『り! みんなで待ってるわー』
リョウガはマップアプリの指示に従って早歩きで進みだした。
どうやら江ノ島という場所には主要な駅が二つあるらしい。一つはリョウガが降りた小田急線の片瀬江ノ島駅、もう一つは江ノ島電鉄の江ノ島駅。
タツキは後者を指していたのだ。リョウガは同じ地名の駅は一つしかないだろうと勝手に勘違いをしていた。
早足でもう一つの江ノ島駅へと向かう。
向かう途中でなんだか太ももの内側がチクチクする感じがしたけれど気にしている暇はない。早くみんなの下へ向かわなければ。
「おっ来た来た! リョウガーこっちこっちー」
リョウガの姿を見つけたタツキは手を振って呼びかける。
「ごめんごめん、お待たせ」
リョウガは汗を拭きながら謝った。目の前にはちょくちょく目にしている顔が一つと見覚えのある顔が二つ、こっちを見て並んでいた。
「リョウガ久しぶりー! 相変わらずちょっとおっちょこちょいだね」
「会うの高校ぶりだよね? リョウガもあんまり変わってないね」
ミハルとマナは元気な大学生という感じの格好だ。夏だからか少し露出が多めだけれど、しっかりとアクセサリーでオシャレしている。
やはりわざわざ新しい服を買っておいて良かった。
「久しぶり、二人も待たせてごめん」
「いやいや、いいんだよー五分くらいしか待ってないし!」
「江ノ島って駅二つあるから分かりにくいよね。私も一回間違っちゃったことある」
挨拶もそこそこにすぐに会話が始まる。四人で会話しているだけでも高校生に戻ったような懐かしい気分になった。
「じゃあ、そろそろ行くか!」
「おっけー! まずは江ノ島水族館だよね?」
今日の計画はほとんどタツキとミハルが考えてくれたらしい。午前中は江ノ島水族館、午後は江ノ島に渡るというシンプルなルートだ。
タツキの呼びかけに応じ、リュウジは皆と共に一歩踏み出す。
その時、内腿に違和感を感じた。
連日の猛暑によって汗疹でもできてしまったのか。それとも新しく買った服がよくなかったのか。原因は分からないけれど、歩くたびに内腿にチクチクと痛みが走る。
リョウガは股ずれになっていた。
しかし、せっかく久しぶりに集まった四人での楽しい旅行。「股ずれだから歩きたくない」なんて言えるはずもない。
リョウガは平静を装って皆と江ノ島水族館に向かった。
「おぉ〜きれ〜い!」
ミハルは鮮やかで踊るように泳ぐ魚に夢中になりパシャパシャと写真を撮っている。水族館の中は意外に広く、全て回るには一時間半から二時間はかかりそうだ。
つまり、その間はゆっくりと歩き続けなければならないということだ。リョウガは内腿の痛みから気を逸らそうと目の前の水槽を齧り付くように見た。
目の前の縦長の水槽にいるのはチンアナゴ。見た目は面白いが動きは少なく、痛みから気を逸らすには不向きな魚だ。
「わぁ、チンアナゴだ。見た目も動きも面白いよね」
マナがリョウガの隣に立ち、一緒にチンアナゴを鑑賞する。
一つの水槽で立ち止まっていれば内腿に負担をかけずに済む。ずっとここで立ち止まっていたい。ずっと同じ穴にいるチンアナゴのように。
「おーい、いつまでチンアナゴが見てんだよ。早く進もうぜ」
五分ほど経つとタツキが呼びかけてくる。
流石に一つの水槽を見続けるには長過ぎたようだ。リョウガはタツキを恨めしく思いながらマナと共にチンアナゴに別れを告げた。
順路通りに進んでいくと、先ほどまで暗かった視界が一気に開け、空のように大きな水槽が目に飛び込んできた。
ドーム状になった水槽を通路が貫き、水中トンネルのようになっている展示だ。四人は床以外を魚に囲まれた空間に足を踏みに入れた。
「わぁー! きれーい!!」
「おっ! でかいのがいる!! なんだあれ? サメか?」
タツキとミハルはそんな幻想的な空間に興奮してどんどんと歩みを進めていく。
「あっ見て、エイが泳いでる。かわいいね」
「おっほんとだ」
隣にいたマナが自分たちの頭上を泳ぐエイを指差した。
通常では中々見ることができないエイの腹側もこの水槽なら存分に見ることができる。人の顔のように見える鼻と口がキュートだ。
エイを追いかけるような形で足を進めると、再び内腿に痛みが走る。段々と痛みのレベルがチクチクからジンジンに変わってきている気がする。
リョウガは股ずれを悟られないように普段通りに歩く。本当は内腿を刺激しないように歩きたかったけれど、それではタカアシガニのような異常なガニ股で歩くことになってしまう。
水槽トンネルを抜けると天井まで届くほどの巨大な水槽が姿を現した。中には色とりどりの魚や群れを成しキラキラと銀色に光る魚群、先ほど目にしたエイやサメといった大きな魚が泳いでいた。
「ねぇ! ここで写真撮ろうよ!」
ミハルが提案する。巨大水槽の前はちょっとした広場のようになっていて水槽をバックにまるで海の中にいるような写真が撮れるようだ。
ミハルはスマホを係の人に預け、皆に集まるように言った。
四人それぞれのポージングを取り、水槽の前に並ぶ。
「黒いジャケットのお兄さーん、もう少し中央に寄ってもらえますか?」
カメラを構える係の人が三人から半歩離れた位置に立つリョウガに指示した。
なるべく内腿を刺激したくないリョウガは仁王立ちのように両足を開き、邪魔にならないように自然と距離を取っていたのだ。
しかし、「いい写真を撮ってあげたい」という係の人の善意には逆らえない。リョウガは少し足を閉じ三人に近づいた。
「はい、じゃあ撮りまーす。……はい! じゃあもう一枚撮りますねー。両側のお兄さんたち、少し屈んでもらえますかー?」
またも慈悲の無い指示が飛んでくる。
少しかがむには足を閉じなかければいけない。足を閉じると股が擦れる。
リョウガは少し冷や汗をかきながら係の人の指示に従う。
「はい! バッチリ撮れましたー!」
ようやく写真撮影が終わり、ミハルがスマホを受け取った。
「リョウガの顔ちょっと怖ーい。もっと上手に笑いなよ」
「ほんとだ! お前、顔引きつってんじゃん」
ミハルとタツキにからかわれてしまった。リョウガからしたら上出来だと思ったけれど、やはり事情を知らない人からしたら満面の笑顔には見えなかったらしい。
リョウガは苦笑しながら皆と先へ進む。
なるべく内腿を刺激しないように、そしてなるべく早くこの時間が過ぎるように。急ぎながらゆっくりと歩を進める。
幸い、マナも歩くのが遅かったのでそこまで違和感なく皆と行動ができた。
「あぁー楽しかった! 次はいよいよ江ノ島だっけ?」
「そうそう、あっちの端から島に渡れるらしいから行こうぜ。そんで江ノ島の中で飯食おう」
ミハルとタツキが張り切って進む先には確かに大きな橋とアイスのコーンのような巨大な建造物が突き刺さった島がある。江ノ島は徒歩で渡ることができる島のようだ。
江ノ島水族館から徒歩約五分、リョウガたちは橋の半分ほどまできた。
「いやーいい天気だけど風が強いね! 海だからかな」
「そうだね、髪ボサボサになっちゃう」
「まぁ、海の上だから仕方ないよなぁ。こんなに近くで海見ることないから新鮮だわ」
リョウガ以外の三人は海の上の橋という普段経験することのない場所に浮き足立っているようだ。
リョウガは一歩一歩しっかりと地に足をつけながら歩いている。段々と痛みが増してきた。まるで服が紙やすりにでもなったかのように内腿を刺激する。
「下見てみろよ。海がめっちゃ近くに見える」
タツキの言う通り、眼下には海があり橋の支柱に波が打ちつけている。リョウガの内腿には歩くたびに寄せては返す痛みが走る。
「海を渡ってると江ノ島がどんどん近づいてくるのが分かりやすいねー、最初は遠いと思ったけどあともうちょっとだ」
ミハルの言う通り、進行方向の先にある江ノ島は近づくほどどんどん大きく見えてくる。歩くほど痛みも大きく鋭くなり、リョウガの気力を蝕む。
「着いたー! まずはどこ行く?」
「色々店あるから昼前になんか食べようぜ」
江ノ島は入り口からひたすら登り坂が続き、その両脇に土産屋や飲食店など様々な店が軒を連ねている。
今のリョウガにとって坂道を登るだけでもかなり苦痛だったけれど、ひたすら登っていくしか道はない。
「あ! たこせんある! 私食べたかったんだ」
ミハルについて行き、皆でたこせんを買って食べた。
江ノ島名物のたこせんは人の顔が隠れるほどの大きさで食べるのに少し時間がかかった。食べている時は歩かなくていい。あまり痛みを感じない至福の時間だ。
しかし、至福の時間というのはあっという間に過ぎる。面積は大きいけれど薄いので体積は少ないたこせんを五分ほどで食べ終え再び坂道を登る。
しばらく進むと道が二手に分かれていた。左の道は『江ノ島エスカー乗り場』、右はこれまでと同様の上り坂の一本道だ。
「エスカーに乗ればお金はかかるけど頂上まで一気に登れるらしい。どうする?」
タツキの問いかけに皆がお互いの顔を見合わせる。
「私はせっかくだから歩いて登ってみたい気持ちあるなー」
元気なミハルは右の道を希望する。
「うーん、私は正直ちょっと疲れたし、エスカレーターで登りたいかな」
どちらかというとインドア派なマナは左を希望する。
「俺もエスカレーターがいいかな。登り坂急でキツそうだから」
内腿を負傷気味のリョウガはもちろん左を選択。これは絶対に譲れない。
「俺はどっちでもいいなー、体力的には問題無いから歩きでも全然大丈夫」
タツキはどちらも選択しない。全員に配慮した優しい意見だ。
そうなるとミハルを説得すれば江ノ島エスカーに乗ることができる。ここは何としてでも勝たなくては。
「今日まだ観光するんだし、体力残しておいた方がいいんじゃない?」
「えーでも、運動してお腹空かせた方が昼ごはん美味しいじゃん!」
リョウガのジャブはすぐに返される。
「エスカレーターもちょっと時間かかるみたいだし、その間にお腹空くんじゃない?」
「でも、動いた方がお腹空くよ! さっきたこせん食べてちょっとお腹膨れたし」
「たこせんはそこまでお腹にたまらないよ。それに今から歩いて頂上まで登ったら昼時過ぎちゃうし、この暑さだと頂上に着く頃には汗だくになっちゃうよ」
「うーん、それもそうかも……」
ミハルは少し納得して言葉を詰まらせる。リョウガ優勢だ。
結果的に頂上までは江ノ島エスカーに乗って行くことになった。江ノ島エスカーは巨大な屋外エスカレーターで、そのあまりの大きさと長さにミハルは「すげー!」と興奮していた。
「そんなに歩きたくなかったのか? 運動不足か?」
エスカレーターは乗っているとタツキがニヤニヤしながらからかってくる。
「そうかも、朝江ノ島駅まで急いだのもあってちょっと疲れ気味」
「大丈夫かー? 普段から運動した方がいいぞ?」
リョウガは少し嘘をつく。
タツキは優しい男だから「実は股ずれで足が痛くて……」なんて言うと一日中心配して予定を狂わせてしまう。皆のためにそれだけは避けたい。
楽をして頂上まで登ったリョウガ達は近くの飲食店で海鮮丼に舌鼓を打ったり展望台に登って湘南の景色を一望した。
「いやー綺麗な景色だったな」
江ノ島頂上でやることを一通り済ませ、リョウガはこれで折り返しまできたと安心する。
「これからどうすんの?」
「島の裏側に洞窟があるらしいんだけど、よければ行ってみる?」
「えっ」
帰路につけると思っているとタツキの口から予想外の言葉が飛び出してきた。
「何それ! 面白そうじゃん」
「エスカーで登って来たから時間も余裕あるし行ってみようか。リョウガとマナもそれでいい?」
先ほどエスカーの使用を希望した手前、断りづらい。横目でマナを見ると無言で頷いていた。
「じゃあ決定だな。来た道と反対側にある坂を下って行けば裏側に行けるらしいから、行こうか」
そこからは過酷な道だった。急な下り階段をひたすら降りる作業。一歩踏み出すたびに痛みが増している気がする。道が狭いので大股で歩いて痛みを逃がすこともできない。
一人だけ苦行を強いられながら体力が有り余っている様子のミハルとタツキについていく。幸いなことにマナも歩くのが遅かったので一人ぼっちになることはなかった。
昔からどちらかと言えばアウトドア派の二人とどちらかと言えばインドア派の二人で意見や言動が異なることがあったけれど、二対二なので誰かが一人になることはなく四人ともそれなりに気が合ってここまで仲良くやってきた。
でも、今この瞬間程マナに感謝をしたことはない。
リョウガは心の中でマナに感謝を述べながら内腿をすり減らす。
階段の先には海岸があり、その先には『江ノ島岩屋』と呼ばれる洞窟があった。
入り口付近にその洞窟にまつわる伝説が書かれていたけれど、暑さによる汗と痛みによる冷や汗に塗れた今そんなものを読んでいる余裕はない。
「わぁー中は涼しいね」
ミハルの言う通り、洞窟の中は夏場とは思えないぐらい涼しい。水の流れる音や薄暗さも相まって気温以上に涼しく感じているのかもしれない。
四人はそれぞれ入り口でロウソクを借り、洞窟内を照らしながら先へと進む。
先ほどまで大量にかいていた汗が洞窟の冷気によって冷やされ今度は寒くなってきた。夏場に汗が冷えて風邪を引くというお手本のような体調の崩し方をしそうだ。
「リョウガ、大丈夫? なんか顔色悪いみたいだけど」
擦れる痛さと洞窟の肌寒さに耐えているとマナが心配そうな顔で尋ねてきた。
「あぁ、全然大丈夫。ちょっと洞窟の中が寒くてびっくりしただけだよ」
リョウガは少し口角を上げて気丈に振舞った。本当は痛いし寒いから早く出たい。
そんなリョウガを少し見つめ、マナは視線を逸らした。
「うん、確かにちょっと寒いね。羽織る物持ってくればよかった」
リョウガとマナは相変わらず遅い歩みでミハルとタツキの少し後ろを歩く。
「うわーやっぱ外は暑い!」
洞窟を一通り見て回った四人は来た道を戻る。時刻は十五時半、太陽が傾き始めちょうど江ノ島の裏側を真っ直ぐと照らす。日陰の無い道を進み、どんどんと暑くなっていく。それに比例してリョウガの内腿も熱く痛くなっていく。
朝から我慢していたけれど、気力も体力も限界に近かった。一刻も早く家に帰って服を脱いで内腿を冷却した後に保湿ジェルやベビーパウダーを塗りたい。
しかし、帰るにはあの過酷な坂道を登らなければいけない。果たして耐え抜くことはできるだろうか。
「おっ船乗り場があるな」
タツキの視線の先に皆が注目する。
来た時は気が付かなかったけれど、確かに階段の前に船乗り場があり船が停まっている。看板には『江ノ島べんてん丸』と書かれていて、一人四百円で四人が渡って来た橋まで乗せて行ってくれるらしい。
なんというショートカットだ。これに乗れば江ノ島の過酷な坂道を歩かずに、座っているだけでスタート地点まで戻ることができる。使わない手はない。
「これなら一気に橋まで戻れるらしいけど、どうする?」
タツキの問いかけに皆が顔を見合わせる。
「私はまだ歩けるしゆっくり歩いて戻ってもいいと思うけどなー」
元気なミハル。
「うーん、私は疲れたから船のショートカット希望で」
インドア派なマナ。
「俺も船がいいな」
そして内腿を負傷しているリョウガ。
タツキはどっちでもよさそうなので、本日二度目のミハルとリョウガの対立勃発だ。
「行きもエスカーでショートカットしたし、帰りは江ノ島の中見ながら歩きたくない?」
「でも、ここまで来るのでも結構歩いたし正直疲れたよ。帰る頃にはヘトヘトになっちゃうんじゃない?」
「それなら頂上で休憩しようよ! 良い感じのカフェとかもあったし」
「もう十五時も過ぎてるし、そんなに時間使ってたら暗くなっちゃうよ。家まで帰る時間考えたら暗くなる前には電車に乗りたくない?」
「まぁ、それは確かに」
「それに船も結構楽しいと思うよ。こんな綺麗な湘南の海に出れることなんて中々ないだろうし」
「それもそうかも」
リョウガは何とかミハルを説得し、皆で船に乗ることに成功した。
しばし休憩できると思っていたけれど、船の揺れが内腿を刺激して座ってるだけでも痛い。リョウガは俯き痛みに耐える。
「おぉー凄い! 海近!」
「おいおい、落ちないように気を付けろよ」
なんだかんだ船を一番楽しんでるのはミハルだ。タツキは危なっかしいミハルを心配しながらも楽しんでいるようだ。
船は五分前後で橋に着いた。降りた場所はちょうど橋の真ん中くらいだ。
「あー楽しかった!」
「そうだね。私、船なんて初めて乗ったよ。」
結果的に皆が船を楽しめたようでよかった。リョウガは内腿に気を遣いながら船を降りる。
その後は江ノ島をバックに四人で写真を撮り、ワイワイと話しながら江ノ島駅に戻り、江ノ電に乗りながら夕日を見て、それぞれの帰路についた。
「次の電車三十分後だ。どうしよう」
途中まで乗る電車が一緒だったリョウガとマナは二人の分かれ道となる駅で乗り換え待ちをしていた。
「駅内のカフェで時間潰す?」
「うん、そうしようかな」
二人は駅構内にあるチェーンのカフェで時間を潰すことにした。
お互いがコーヒーを一杯だけ頼み席に着くとしばしの沈黙が流れる。
「リョウガさ」
沈黙を破ったのはマナだ。
「今日、様子おかしくなかった? なんかあった?」
様子は確かにおかしかったかもしれない、主に内腿の。
一日を通して隠し通したつもりだったけれど、もう帰り際だしこれ以上秘密にする必要もない。
「実はさ、この服新しく買って今日初めて着たんだけど、多分それが原因で股ずれになってるみたいで内腿がめちゃくちゃ痛いんだよね。多分それをずっと我慢してたから様子がおかしく見えたんだと思う」
リョウガがそう言うと、何故かマナの口角が少しずつ上がり、数秒後に吹き出した。
「そんなに笑う?」
「いやいや、ごめんごめん。リョウガもだったんだって思ってなんかおかしくて」
一体何を言っているのか分からない。
「どゆこと?」
「いやー実はさ」
マナはそう言うと周りを気にするような素振りをした後に何故か靴を脱ぎ始めた。
何がなんなのか分からないリョウガはただ待っていると、マナが自身のかかとを見せてきた。
「ほら見て」
見ると、マナのかかとは擦れて赤くなっていた。血が出ているわけではなさそうだけれど、血が出る寸前のような赤さだ。
一目見てわかる。これは靴擦れだ。
「実は、私もこの靴今日初めて履いたんだよね。それで靴擦れになっちゃって一日中痛かったんだ」
まさか自分以外にも痛みに耐えている人間がいたとは。予想外なことに驚いた。
「まさかリョウガも同じことになってるとは。大事なお出かけの日に新しいズボンとか靴を履くもんじゃないね」
「確かに、今度出かける時は着慣れた服で行くことにするよ」
「そうした方がいいね。あ。でも、高校生の頃から着てる服はやめた方がいいかも。リョウガの服って、なんというか、子供っぽいから」
どうやらこれからは普段からオシャレに気を遣う必要があるらしい。
一日中痛みに耐えながら江ノ島観光をしたリョウガとマナはお互いに健闘を称え、それぞれの帰路につく。
リョウガは内腿を庇いながら、マナはかかとに気を遣いながら。
旅は股ずれ、友は靴擦れ。




