青井くんのせいだよ。
プリントの渡し方が丁寧だった。
きっかけはただそれだけのこと。
山川 梨花。高校2年生。
1学期。6月。
2年生になってはじめての席替えをすることになった。
くじ引きで決まったのは窓際の1番後ろの席で。
出席番号順の席から後ろにひとつずれただけの席だった。
前の席には話したこともない男子が座った。
青井くんと言っただろうか。
おとなしくてこれと言った特徴もない男の子。
友達とも離れちゃったし、今回の席運あんまりかも。
そんなことを思いながらぼんやりと窓から校庭を眺めてた。
SHRになって担任の先生がプリントを配る。
前の席から1枚づつ取って後ろの席に渡す。
青井くんからプリントが回ってくる。
「あれ?」と思う。
こちらに身体を向けて、私が伸ばした手にちゃんと渡してくれる。
この人、プリントの渡し方、丁寧だな。
そんなことを思う。
以前に座っていた前の席の男子はノールックでこちらに渡してきやがったので、その違いがよく分かる。
「ありがとう」
思わずそう言うと青井くんは小さく笑った。
ただそれだけ。
ただそれだけのことだった。
それから私は青井くんをなんとなく見てしまう。
衣替えしたばかりの夏服の白シャツ。
色白の細いうなじには真ん中にポツンとひとつホクロがある。
それがなんかのスイッチみたいでかわいらしい。
授業中はきっちり伸びた背筋が休み時間になると少しまるまる。
友達との会話は主にあいづち役で自分の話はあんまりしない。
でも、とても楽しそうに話を聞く。
青井くんはとてもふつうの男の子だ。
その「ふつう」の中に時折ほっとあたたかいものが灯る。
そのぬくもりが好きだった。
期末テストになって一時的に座席はまた出席番号順に戻った。
それぞれの机の中をからっぽにして移動する。
私は青井くんの席になる。
青井くんは扉の近く。はしっこ1番前の席に行ってしまう。
遠いなあ……。
そんなことをぼんやり思う。
前の席からテストが回ってくる。
渡し方はやっぱりノールックで、青井くんとは全然ちがう。
青井くんの席に座れるのはなんだかうれしい。
でも、あなたが前の席にいないのはさびしい。
こんなことを思うのはきっと──
青井くんのせいだよ。