恵みの雨
「エンピトリウムを注入」
「はい」
「シトラトセリスも」
「はい」
「……よし、これで完成だ。間に合ったな」
「よかった……早急に手を打たなければなりませんでしたからね」
「ああ、これで多くの命が救われるといいのだが……」
ラウム星の惑星管理局は、深刻な気候変動による少雨や干ばつで砂漠化が進む惑星を救うべく動き出していた。
彼らの計画は、特殊な薬液を雨雲に混ぜ、広範囲にわたる強力な雨雲を生成し、栄養剤を全土に散布するというものであった。この栄養剤は現地の生命体に一切の害を与えず、大地を潤し、植物を成長させ、水を澄んだ色に戻す『恵みの雨』となる。
ある日、空が不穏な色に染まり始めた。街の人々は天気予報を信じて傘を用意していたが、降ってきたのはいつもの雨とは違っていた。
雪や雹かと思ったのは束の間、その液体を浴びた通行人たちはすぐに異常に気づいた。
人々は嫌悪感を露わにし、ひとまず近くの建物に避難した。しかし、すでに全員が運命共同体となっていた。濡れた服や傘から液体が滴り落ち、避難先の建物内は、瞬く間にその独特の匂いに満たされた。
ニュースはこの現象が全国的に発生し、今なお範囲が広がり続けていると報じた。政府が緊急会議を開き、専門家たちは原因を解明しようとしたが、判明したのは、この液体が植物の成長を異常に促進する性質を持つなど、自然界にいい影響を与えるということだけだった。
数日経つと、街の景色は一変した。木々の根が浮き出た血管のように勢いを増して地面を突き破り、幹は太く、雄々しくそそり立った。その下では雑草が絡み合いながら無秩序に伸び続け、建物や道路を飲み込んでいく。
人々は止まない雨とジャングル化する街でパニックに陥った。
ある老婆は「おほほほほほ! 肌に良いわあぁぁ」と笑いながら液体を全身に塗りたくり、またある女は「これはこの男社会が招いた災いだ!」と憤慨しながら周囲を罵倒した。
子供たちは非日常に興奮しながら、この液体について大人たちに質問したが、大人たちは「お前にはまだ早い」としか答えなかった。
雨は止む気配を見せず、人々、車、建物、すべてに容赦なく謎の液体をぶっかけ続けた。
天気予報士は魔法の言葉のように「原因不明の異常気象」と繰り返すのみで、季節が夏であるにもかかわらず、みな海やプールに行く気を失っていた。外出時には、大きいビニール袋で作った使い捨ての防水服を着込むようになり、人々はそれを『コンドーム』と呼んで自虐した。
液体は濃作物にも降り注ぎ、その恩恵を受けて立派なモノに育った。だが、あの液体を吸収していると人々から忌避され、ほとんどが廃棄された。
カフェのテラス席は閑散とし、残された常連客は苦い顔でブラックコーヒーをすすった。
洗濯物も外には干せず、また、使用する水もあの液体に侵された川から来ていると考えると、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
政府が「人体に害はない」と発表しても、誰もそれを信じなかった。やがて人々は破滅を確信し、ケタケタと笑った。雨に打たれ、視界から脳内までも白く染まり、環境が改善しているという現実も、その目にはもはや映らなかった。ただ怒り、嘆き、笑い、空に向かってこう叫ぶのだ。
「ライスシャワーだ! 神が地球をファックしやがった!」
その液体は白濁し、ややぬめりを帯びた質感と独特の匂いを持っていた。




