人間万事塞翁が馬
そのお話の始まりは……たぶんそれになる。
ヴォルフをアメリアの従者見習いとして引き取ると決めた時、その時にバイタルチェックと共に行った遺伝子データの確認。
その情報では、母親のデータを読み取る事が出来なかった。
正しく言えば、母親となる存在のデータは確認出来たけど、母親のデータが曖昧で人でもピタスでもどちらにでも当てはまる状態であった。
母親の種族がどちらかわからない。
それを利用してサーザントは今回、ヴォルフの母親を適当に偽装しようとした。
母親は人間だからハーフ。
だからヴォルフは人間でもあるからそちらの法だけでなくこちらの法も適応される。
そうやってヴォルフの安全を守とうとしたサーザントの行動に、ヴォルフはストップをかける。
そんな事されたら困ると……。
ハーフとなるとこれからの行動に色々と問題が生じてしまう。
そこで、サーザントもヴォルフの狙いを理解した。
『ピタス王家の簒奪』
それこそが、ヴォルフの目論見であった。
「ちなみにリベルニアス様に協力要請をしたところ、姉上君は二つ返事で頷いて下さいました。何も詳しい事を語る前に」
ヴォルフの言葉にアメリアは苦笑する。
その姿が容易に想像出来た。
なにせ敵は国家そのもの。
リベルニアスにとってこれ以上面白い時間はないだろう。
「んで、うまくやっちゃったと」
「どうでしょう……。まあ、ちゃんと奪い取る事は出来ましたが……」
実際の事を言えばヴォルフに正当性はほとんどない。
前王朝が犬、狼の耳であったというだけ。
流石に、それだけで王になれる程ピタスは適当ではない。
その正当性を少しでも補足したのが、サーザントの調べた遺伝子データ。
正体不明の母親ではなく、父親側の方。
それには、ほんの僅かにだが剣狼の因子が見受けられた。
『剣狼ルゥ』
今現在も情報が残っている数少ない前王朝の人物。
前王朝中期に存在したとされる長い赤髪の狼女王。
その遺伝子データに関わりがあるという事で、剣狼の後継者という正当性をヴォルフは用意した。
遺伝子的に繋がりはあるが直属の可能性は低いから、ぶっちゃけ単なる言いがかりである。
それでも、その言いがかりが正当性の主張、というか箔付けには重要であった。
そうやって数少ない狼、犬のピタスを味方につけ、リベルニアスという切札というか鬼札を扱い、クーデターを実行した。
「実は俺以外にも旦那様……じゃなくてサーザント様はピタスを保護してくれていましてね。そんな彼らの助力を受けました」
「ああ……あの時も何人もいたものね」
「ええ。アメリア様に見初められたのは俺だけですが」
「……ん?」
ちょっとらしくない言葉が聞こえ、アメリアはヴォルフの方に目を向ける。
ヴォルフはそんな事気にもせず、会話を続けた。
「それでですね……正直に言いますと、あまり関係ないんです」
「関係ない?」
「はい。恨みがないとは言いませんが……それは捨てました。その証拠に現王朝の八割は前から引き継ぎ猫系の方々です」
「……へ?」
「考えてみてくださいよ。俺が恨みで国を滅ぼしたいとしますよ?」
「うん。ぶちゃけそうだと思ってたし」
「いやいや。そうだったら、リベルニアス様が俺に手を貸す訳がないでしょう」
「……あ」
言われてみたら、これほど説得力のある言葉はない。
楽しい事なら二つ返事なら、そうでないなら絶対にノー!
それがリベルニアスという女性である。
そんな恨み骨髄の復讐になんて手を貸す訳がない。
むしろ積極的に邪魔をするだろう。
その方が面白いからだ。
「じゃあ……ヴォルフは一体何が目的で……」
「やりたい事があったんです。こんな俺でも……。一人になって、そして自覚したんです」
「……な、成り上がり王様サクセスストーリー。……幾ら小説が好きだからって実際に成し遂げるなんて……」
「いや、そんな高度な中二病扱い止めて下さい。そうじゃないですよ。……まあ、アメリア様に色々言われて考えたんですよ。俺も俺のやりたい事とか、我儘とか」
「そろそろヴォルフの様扱いに違和感を覚えて来た。なんで王様がこっちを様扱い」
「良いんですよ。どうでも」
「あっはい。それで、ヴォルフのやりたい事って」
「俺って……実は割と恨みとか消えないタイプなんですよ」
「まあ、そうだね。こうして王様になる位」
「いや、もう本当にピタスについてはどうでも良いんです。そうじゃなくて……あれですよ。口に出したくもないのですが……前の婚約者の……」
「……え? ヴォルフ婚約してたの? 私知らないんだけど!?」
「いや、俺じゃなくて……」
「は? はい? え? 誰? ……私? あ、あー! そういやそんな事もあったね! うん、あったあった。何となくだけど覚えてる」
忘却の彼方で名前さえ出てこない。
記憶に残ってるのは、サボリ癖のある優男というだけだった。
「……まあ、せめてあいつより上じゃないと気に食わないと思ったんですよ」
「……は?」
「それで、皇子より上ならもう王しかなくて……。後はまあ、もうあんな目に逢わせたくない思ったと言いますか……相応しい立場が他に思いつかなかったというか……」
「……いやいやいやいや! ちょっとまって。ヴォルフ。一体何の事を……」
きょどった様子でアメリアは叫ぶ。
その頬はどこか赤らめていた。
「……俺の我儘の話なんですけどね……俺は、貴女の従者であった事は本当に幸せだったんです。貴女に選ばれた事だけが俺の誇りだったんです。でも……それと同じ位大切な気持ちもあったんです。従者だと絶対に許されない気持ちが」
だから、抑圧するしかなかった。
従者でいる為には気持ちを抑えなければいけなかった。
その立場を誰にも譲らない為に、誰も傍に寄せない為に。
「ですから……俺はずっと見ない様にしていた。我慢していた。相応しくないと思っていた。正直、今でも気後れしている部分はあるんです。元奴隷で、貴女の為に生きるだけの俺なんかがと……。だけど、貴方が俺に我儘になれと言ってくれた。だから……だから……」
ヴォルフは立ち上がり、アメリアの方に歩み寄る。
そして正面からその手を掴み、まっすぐと見つめ、はっきりと口に出した。
「俺はずっと、貴女が欲しかったです。俺の全てを差し出します。だから、どうか貴女を俺に下さい」
きょとんとした顔をして、アメリアはヴォルフを見つめる。
照れている様子はない。
だけど……断れるかもとでも思っているのだろう。
近況と恐怖が、その瞳から読み取れた。
「本当……不器用ねぇ」
そう言って、アメリアは苦笑する。
馬鹿だと思う。
不器用なんて言葉じゃもう足りないから、馬鹿というしかない位に馬鹿過ぎる。
そんな事……さっさと言っていれば良かったのだ。
アメリアにではなく、サーザントに。
そうすれば、父はあの頃であってもヴォルフを婚約者に指定した。
自分の気持ちなど関係なく成立させ、自分もまたそれを否定する事もなかった。
あの頃から、アメリアが侯爵となる能力がないと見下げられたあの瞬間から、ヴォルフはそれを出来るだけの信頼を得ていた。
政治的な観点だけならば、サーザントはアメリアよりもヴォルフの方に価値を見出していた。
アメリアを与えてヴォルフを立てるのなら、義理の息子と出来るのならば、サーザントは諸手を上げて喜んだだろう。
だというのに相応しくないと我慢して、何度誰が言っても固辞して……。
だから正直、そういう目で見られていないとアメリアは思っていた。
だと言うのに……。
本当に欲しいのにずっと我慢して、勝手に諦めて、そのあげくに今度は王権持って来て差し上げるから一緒になってなんて。
あまりにも不器用過ぎて笑えてくる。
「それで、あの……返事は……いえ、断っても構いません。そんな事に命令をするつもりはないので」
「断ったらどうするおつもり?」
「時間をかけて再度アタックしますよ。自分を磨いてもっと何かアメリア様の好きそうな物を用意して」
まっすぐと、こっちを見ながらそう言葉にする。
絶対に諦めない。
その意思だけは、感じ取れた。
正直言えば、これでも乙女である。
実際にこういう場が来れば、自分がそんな立場に付けば、きっとらしくもなく照れると思っていた。
だけど、そんな感情は湧いてこない。
その代わり、ただただ嬉しかった。
「本当、不器用ね、ヴォルフも私も……」
つまるところ、自分も同類だった。
アメリアもまた、ヴォルフとずっと一緒に居たかった。
恋という気持ちなんてのは幼少期に消え果てて、愛していた位に。
そう、とっくの昔に、二人とも家族として互いを愛していた。
ただ、それを理解出来ていなかっただけで。
じっとみつめるヴォルフがうるうるしている子犬に見えて来て、思わず笑いそうになる。
そう、あんまりドキドキしなかったけど、それでも一生に一度の事だ。
勇気を出して踏み出してくれたのだ。
だから今度は、こっちの番。
「私が欲しいのは、これでもかとこき使って我儘を叶えてくれる人よ。大丈夫? 私こう見えても本当はすっごく我儘だからね」
「ええ、ご安心を。幸い経験も自信もあります」
「でしょうね。代わりに私は貴方の我儘を聞いてあげる。ううん。聞きたいの。今度は。だから……二人でもっと我儘になろ? ずっと笑っていられる様に。そう約束してくれるなら、受けましょう」
「――ええ。喜んで」
そう言って、ヴォルフは頭を下げ、手の甲にキスをする。
そこは口じゃないの? と言おうと思ったが、辞めておいた。
それをここでされたら、そこまでされちゃったら……きっと自分の方が照れて真っ赤になってしまうから。
ほんわかした空気で、場が和んで。
傍に居た数名のピタス兵達も安堵を覚える。
この為に王は王となった。
ウィルク王朝を開き、前王朝の大半を味方に引き込んで、融和しタカ派と過激派を排除した。
歴代で最も血の少ない革命を成立させ、恨みという歴史を破り融和の歴史に舵を切った。
だから、王の想いが成就し彼らは安堵を覚えていた。
というかこんな事で国際問題になって新王朝が躓いたら全てがご破算である。
そんな気持ちの中、ヴォルフとアメリアは見つめ合っていた。
それを知らない者達はいちゃいちゃしているだけと考える。
それが違うと理解出来ているのは、この場では彼の事を良く知るテイカー位だろう。
そう、彼らは別に愛し合ってぽーっとなって見つめ合っている訳ではない。
それを言葉にするならば、阿吽の呼吸。
何の前準備も説明もない中で、彼らは、完璧な形でアイコンタクトを成立させていた。
「では、アメリア様。お体に触れる事をお許しいただけますか?」
「ええもちろん。くるしゅうないぞ?」
「何ですかそのキャラは」
そう言って笑いながらアメリアを抱きかかえる。
周りが何をしているのかと首を傾げだしたそのタイミングで……彼らはいきなり走り出した。
いや、走ったというよりも……。
「あーあ。やっぱり逃げやがったか」
テイカーはそう呟き、苦笑する。
王様なんて柄じゃない馬鹿と、畑仕事大好きな馬鹿。
一緒になったら次何したいかなんてのはもう考える間でもないだろう。
それに、あの場所は二人にとって想い出の場所なのだから。
「しゃーない。手伝ってやるか」
兵士達が混乱し慌てている中、テイカーはそう呟きその場を出ようとして……。
「二人の事、頼むよ?」
そう言ってサーザントはテイカーにカードを手渡す。
ちょっと軽く惑星が三つ位帰る金額の入ったカードを。
「御祝儀渡す相手間違えてないかい?」
「いいや。間違ってないとも。親友の――」
サーザントがテイカーの本名を口にすると、テイカーは憎々し気な顔でそのカードを分捕る様に受け取った。
「あんたの正しさに救われた部分がある。だから貴族は嫌いだがあんたはまあ見逃してやる。だから……もう二度と俺の名前を呼ぶな」
「ああ、約束しよう、テイカー君」
「……ちっ。狸ジジイが」
「はっは。久しぶりに聞いたよその言葉」
「全く……孫の顔が見てみたい」
「そう。それだ」
「あ?」
適当な戯言に反応するサーザントに、テイカーは眉を顰めた。
「それを、私は君に託したんだよ」
きょとんとした後……テイカーは楽し気にゲラゲラと笑った。
「ああそうかい! 成功報酬は上手い酒を用意してくれよな。狸のじいさんよ!」
そう言ってテイカーはその場を離れていく。
彼らの為に用意した新造船をこちらに招く為に――。
「ヴォルフ、あのね。色々と話したい事があってね……」
お姫様だっこのまま、逃走劇のまま、アメリアはまるで子供の様にこれまでの事をまくしたてていく。
その様子をヴォルフは、本当に幸せそうに頷き聞き入っていた。
ありがとうございました。
体調不良によりお休みしていた後無理やり続けたので少しばかり薄くなりましたが、これにて完結とさせていただきます。
体調以外にも課題の残る結果とはなりましたが、それでも完結だけはと続けさせていただきました。
次の新作もそう遠くない内に始めたいと思いますので、お暇な方はどうかまたお付き合い頂けたらと思います。