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我儘令嬢と飼い犬執事  作者: あらまき
1-我儘令嬢と飼い犬執事
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愛すべき(猫よりも気性の荒い)お嬢様

箸休めも兼ねて『ノベルアップ+』様に書かせて頂いていた物を転載させて頂いています。

一応調べてみて問題はないはずですが、何か権利やらで問題が出れば教えて下さい。


長らく更新ストップしていて忘れた部分を取り戻し、ちゃんと完結させる為、こうしてこちらにも投稿させて頂く事にしました。

先が見たい方が居れば『ノベルアップ+』様の方の私のページに。

未完ではありますがあちらにストック分があるのと、あちらの方を先に更新していこうと思っています。


こちら『小説家になろう』様の方でお付き合い頂ける方は、私と共に完結までどうかお付き合いの程よろしくお願い致します。


 彼女は我儘であった。

 だけど、それ以上に運がなかった。

 きっと後世の歴史家はこの下らない騒動の発端をそう評価するだろう――。




 早朝という時間帯、豪華絢爛たる屋敷の中……。

 メイド服を着こなした美しい女性達が音を殺し歩く。

 お淑やかで……たおやかで……だけどその姿には芯がありどこか誇り高い、そんな五人の淑女達。

 ただ、彼女達の表情は……明らかに曇っていた。


 真剣みがあると言えばあるが、殺伐とはしていない。

 言葉にするなら、緊張と憂鬱が入り交じった様子。

 つまり……『めんどくさそう』である。


「……起床予定時刻まで残り三分二十秒。四人共、準備は良いですね?」

 五人の先頭に立つ眼鏡のメイドの言葉に、三人は頷く。

 だが、残り一人はあまり納得した様子はなく、どこか半泣きで先頭のメイドの方を見ていた。


「む、無理ですぅ。変わって下さいぃ……」

 先頭のメイドを除いた三人は、そっと目を反らした。

「……交代するのは、別に構わないのですが……私の担当御髪ですけど、貴女出来ますか?」

 先頭のメイドの言葉を聞き、彼女は首をが千切れそうな程ぶんぶんと横に振った。

「むむむむむ……無理ですぅ……もっと無理です絶対無理ですぅ……」

 そして、半泣きのメイドは肩を落とし()()()()()とする。

「貴女の音楽のセンスは素晴らしいじゃない。大丈夫よ。ただゆったりとしたリズム通りに回すだけだから」

「でも、でも……アレ……壊したら私のお給金の何百年分か……」

 メイド達は、そっと目を反らした。


「大丈夫。簡単だから」

「そうそう。お嬢様も別段音楽に興味がある訳でもないですし。多少狂っても気づきませんよ」

「じゃ、じゃあ何で音楽に興味ないのに、お嬢様はこんな事させるんですか?」

 そのメイドの質問に、答えられる者は誰もいない。

 彼女の思いつきに振り回される事が当然である為、四人は疑問を持つという発想さえいつからか失っていた。


「さ、さあ。行きましょう。皆気合を入れて」

 話を区切るかの様に先頭のメイドはそう言って、その扉を静かに開く。

 我らが主である麗しき眠り姫の待つ、その部屋に。




 半泣きのメイドは嫌がりながら、涙を流しながら、主の部屋にあるそれに触れ、取っ手をゆっくりと回しだす。

 それに伴い、心地よいクラシカルな音楽が流れ出した。


 本日より早朝組に新たに追加された仕事。

 それは、モーニングコール代わりの手回しでのレコード再生機を回し音楽を流す事だった。

 穏やかな春を感じさせるも同時に、どこか儚く物悲しさも内包した爽やかなクラシックは、これ以上ない程朝に相応しい音楽であるだろう。


 この手回しレコードを回すだけの簡単なこのお仕事は、早朝五人組の仕事の中で最も人気がなく一瞬で押し付け合いとなり新人メイドの仕事に決まった。

 その理由は単純明快。

 手回しレコードの値段が、これでもかという位尋常な物ではないからだ。

 具体的に言えば、最高級のバイオリン等の楽器が複数台は余裕で買える。


 だから、もし壊しでもしたらどうなるか……。

 考えるだけでもメイド達は恐ろしかった。


 音楽をバックミュージックに、メイド達は静かにカーテンを開き、朝の陽光を部屋に取り入れる。

 そして、我らが主のそのお姿を見て、頬を朱に染め小さく感嘆の溜息を洩らした。


 豪華なベッドの上、窓から差し込む陽光に照らされる令嬢のその姿。

 その姿は、男性ならば眩暈を起こし女性ならば溜息が零れる。

 それ程に、ただひたすらに美しかった。


 日の光を浴び輝く美しきブロンドヘアー。

 可憐な少女の様にも儚き美女の様にも見える美しい顔立ち。

 しなやかで細く、それでいて陶磁器の様に白い魅力的な四肢。

 そして……見る者全てを虜とする、穏やかな微笑。


 彼女こそがこの屋敷の主であるアメリア・レーヴェルその人である。

 レーヴェル侯爵家にて三番目に生まれた子、次女でかつ末娘である彼女は道を歩けば全ての人が振り返る様な、そんな見目麗しき令嬢であった。

 ただし、黙っていたらと枕詞(まくらことば)に付くが。


 眠っている時は、絵画の芸術さえ劣る程の完璧なる美女。

 正しくスリーピングビューティー。

 その位彼女の姿は完璧であった。

 メイド達が『いっそずっと眠ってくれてれば良いのに』と割と本気で思う位に。


 起こしに来たのに見惚れていたメイド達ははっと我に返る。

 そして一人のメイドは、優しい声色で、彼女に話しかけた。


「お嬢様。起床のお時間です。どうかお目覚め下さい」

 だけど、起きる気配はない。

 どうやら聞こえなかったらしく、すやすやと楽し気な笑みを浮かべている。


 もうこのままで良いんじゃないだろうか。

 そんな誘惑を振り切り、メイドは更に声をかけた。

「お嬢様。学園に遅刻なさります。どうか起きて下さい」

 すやすやすぴすぴ。


 普段ならもう起きているはずなのに、未だ反応がない。

 どうやら、昨晩は少々夜更かしをしたらしい。

 だから、やりたくないが、メイドは少しだけ、声の音量を上げた。


「お嬢様! 朝です。お嬢様!」

 数度声を荒げ呼んでいると……彼女、アメリアの麗しき表情が一瞬でしかめっ面に代わる。

 それは、彼女が目覚めた合図だった。

 スリーピングビューティーである様相は一瞬で失われ、哀れ『美女が野獣に』なんて出来の悪いコメディみたいな事に。


 寝ている時は、眠り姫。

 だが、今の彼女は野獣……というよりも、怪獣。

 ワールドイズマインまっしぐらな我儘お嬢様が、目覚めだす。


「煩い」

 その一言は、眠れる美女には似合わない程、汚い声だった。

 そしてそのまま眠りについて……また元の美しい表情を取り戻し――。


「だ、駄目ですお嬢様! お時間が無くなります!」

 そして、彼女の紺碧の瞳が開眼し、怪獣は完全に覚醒する。

 メイド達の、本当の仕事がようやく始まった……。


 尚約一名部屋の隅で手回しレコードを泣きながら回し続けているが、彼女は部屋の備品かの様にいない者扱いされていた。


 がばっと、アメリアは唐突に起き上がり、しかめっ面のまま大きな声で叫んだ。

「煩い! 煩い煩いうるさーい! わかってるわそんな事! ちょっとは空気を読んで頂戴! 私の空気が、わからない!? あんた何年メイドやってるの!?」

 お目覚め怪獣アメリアドンはキーキー一通りヒステリーを発散すると……。


「はぁ。ほら、早く仕事をしなさい。全くとろいわね」

 アメリアはベッドに座ったままメイド達に背を向けた。

 この世話してもらっておいての上から目線こそ彼女の真骨頂、そして日常の一コマ。

 こんな態度だがこれが平常運転である。


 むしろ、普段より若干眠いのかめんどさレベルは減っていて『いつもより楽だな』なんてメイドは考えている位だった。


 メイド達はそんな無礼かつ我儘なアメリアの事を、別段嫌ってはいない。

 というよりも、彼女が嫌いな人はこの屋敷にはいないだろう。

 その美しさは女性であっても、いや女性だからこそ見惚れ憧れる。

 まあそんな美貌だからずっと眠っていて欲しいなんて多くの侍女達から願われている訳だが。

 後、一応主として良いところあるにはある……う、うん、まああると言えばあると言っても良いかもしれない位には……たぶんきっと。

 だからそう、メイド含めこの屋敷の皆は、彼女の事が嫌いな訳ではない。

 ただ、面倒だなとは思っているだけなのだ。


 外見が美しいから、多少の奇行も見ていて楽しい。

 お貴族様だから、そしてそういう我儘な生き物だと思えば、まあ許せる。


 そう、つまりアメリアは侍女達にとって……ペットの様な物であった。

 侍女の大半はアメリアの事を動物に類似する何かだと思う様にしている。


 基本はお猫様やわんちゃんだけど、偶にグリーンドアイパワフルゴリラが憑依する。

 いや、ゴリラはもっと心優しい、あれは性質の悪いチンパンジーだ、いや傍若怪獣アメリアドンだと。

 そんな影口という事実を口にはするけれど、侍女達は彼女の事を嫌いではなかった。


 まあ、極端なプラスマイナスでギリギリマイナスに入った程度の評価というだけの話だが。




 五人の内のリーダー役のメイドが、櫛を持ち彼女の背後に立った。

「では、失礼します」

「今日は痛くしないでよ」

 不機嫌そうにアメリアはそんな事を口にした。


 一週間も前、ほんのちょびっと傷んだ毛先が引っかかっただけでこの言い様である。

 どうやら今日は怪獣要素がちょっと強いらしい。


「最善を尽くします」

 そう言葉にし、メイドは手慣れた手つきで櫛を彼女の髪に通した。


 五人のメイドは全員侍女という立場ではあるものの、その全員が女性の扱いのプロフェッショナルである。

 もし彼女のメイドをやっていなければ、スタイリストや美容師、メイクアップアーティスト等女性の輝きを引き立てる職に就き、そこで頂点に近い位置で活躍していただろう。

 そんな輝かしい女性の未来を全て、己に仕える為使う。

 それがどれだけの贅沢か彼女は理解出来ない。

 だから、アメリアは文句しか口にしない


 穏やかなクラシックが流れる中、朝の陽光が差し込み小鳥の囀りが窓から聞こえている。

 そんな中で、優雅に髪を梳かれる彼女。

 この、まるで作られた幻想の如く美しき自然空間で過ごす時間。

 これこそが、彼女に与えられた本物の贅沢であった。


 彼女が父である侯爵に用意してもらったのは、この世界そのもの。

 土地や屋敷は当然、小鳥の囀りさえも彼女の朝の為に用意された物である


 彼女の為の土地、彼女の為の屋敷、彼女の為の使用人達、彼女の為の朝の風景。

 朝を演出する全てが、彼女の為に与えられた物だった。




 髪を梳かし、洗顔と歯磨きをさせ、身だしなみを完璧に整え着替えてから、少しだけ機嫌の良くなったアメリア。

 そんなアメリアは、次なる思いつきの命令をだした。

「けだるいというか、動くの面倒だからさ、朝食はこの部屋まで持って来てよ。多少冷めてても許してあげるから」

 その我儘に、メイド達の顔が一斉に引きつった。


 メイド達は皆怪獣お嬢様の扱いのプロフェッショナルである。

 ゴリラとチンパンジーの悪い所だけを残した性格のお嬢様の命令を叶える事はペットブリ……メイドである彼女達の使命と言っても良い。

 だけど、そんなメイド達であっても叶えられる我儘とそうでない物がある。


 メイド服を着ているのはアメリアがメイド服を着て世話して欲しいと願ったから。

 大して音楽に興味もない癖にとんでもなく高い手回しレコードプレイヤーを朝聞きたいと言われたから、その為に新人ながら音楽に詳しいメイドを早朝メイド隊に入れた。

 アメリアの我儘を聞く事はこの屋敷全員の使命であり、願い。

 それでも……その命令は、聞けなかった。


「いえ、それは……ちょっと……」

「良いじゃん。持って来てよ」

「あの、既に食堂の方に用意されておりまして……」

「運んだら良いじゃん。それだけでしょ?」

「いえ、その……」

 アメリアは他のメイドに目を向ける。

 だが、全員がアメリアの命令を聞いて動こうとはせず、何かに怯えている様子を見せていた。

 

 確かにアメリアは我儘である。

 だけど同時に年齢以上に賢く、そして鋭い。

 気づいて欲しくない時に限って、その敏感な空気に気付く位に。


「ああそう……。そう、そうね! あんた達のご主人様ってのは、私の事じゃないものね!」

 アメリアは、酷く冷たい目をメイド達に向ける。


 そう、彼ら従者の本当の主人は、彼女ではない。

 その父である、レーヴェル侯爵である。

 だから、侯爵が食堂で食べさせろと命じたなら、メイド達はそれに従うしかない。

 その背景がわかる位にアメリアは賢かった。

 だけど、それに納得出来る程大人ではなかった。


「もう良い! お前ら出て行け!」

「え!? ですが……」

「早く出て行け! 何も出来ない分際で! どうせ私の事なんてどうでも良いとしか思っていない癖に! 出てけ!」

 怒鳴り散らす彼女に、メイド達が出来る事はもう何もない。

 普段の気軽なヒステリーと違う本当のヒステリー状態。

 こうなってしまったら、何をしてももう後は火に油である。


 メイド達は慌てながら一礼し、一斉に彼女の部屋を出ていく。

 その後で激しい音が扉の向こうから響いた。

 暴れているという事は、想像に難しくない。


 メイド達は互いの顔を見合った後、『彼』に連絡を入れる。


 この状態から学園に向かう『馬車』の時間までに支度を間に合わせる。

 そんな特級難易度の業務をこなせるのは、アメリアの本当の従者である彼を置いて他にはいないと考えて――。

ありがとうございました。

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