賞味期限切れのビールを飲む父の背中
カシュッ。
缶ビールを傾けて父がグラスに金色の液体を注いでいく。
賞味期限のすぎたものだったが父は気にした様子がない。たしか、かなり前の法事のときの残りものだったろうか。
缶ビールに賞味期限はないというのが親父の持論だった。多少の賞味期限切れなら体に害はないのだろうが、わざわざ古いのを飲む理由があるのだろうか。
缶をひとつ空けたところですぐにいびきをたてはじめた。
アルコールに弱い父は飲んだ後いつもこうなるのがわかっているのに、「息子と一緒に飲むのが夢だったんだ」といっては飲もうとする。
しっかり父のアルコール耐性を引き継いだオレも一緒に転がることになった。
需要と供給。飲む人間がいなければたまる一方で、我が家にはお中元などで送られた酒が余っている。
また、父が飲んでいる。
今度は賞味期限を一年過ぎたものだ。さすがにヤバイのではと思うのだけれど父は気にした様子がない。
「おう、おまえも飲め飲め」
そういって俺の前に置かれたグラスに勝手に注いでいく。初めは泡だらけだったグラスの中に白と金色の境目ができる。きっちりと3:7に別れるように注ぐのが父のこだわりだった。
父は満足そうにうなずくと、テーブルの上で分厚いアルバムを開きだす。
そこには家族の写真が並べられている。
父が撮ったもので、日付ごとにきっちりと整頓されている。毎年8月の帰省の時期には、決まって玄関前で並んで撮影した。これもこだわりなのだろうか。
写真の父と母はオレを挟むように並んでいる。
はじめはでこぼこだった頭の高さも、年毎に差がなくなっていく。中学に入った頃に母の背丈に追いつき、高校で父の背丈を追い越した。
オレという子供の成長に反して、写真の中の父と母の頭には白髪が目立つようになってきた。10年前の写真、高校の制服姿のオレの隣には父だけしか写っていない。隣に立つ父の白髪は母の分も足したように増えていた。
写真から視線をはがしてテーブルの向かい側にいる父を見る。昔はもっと大きく見えていたのに、背を丸めながらちびちびとコップを傾けている。
俺の前に置かれたコップの中身は減っていない。飲めないとわかっているのに飲ませようとしてくる。
オレが成人した日。
『おまえも大人になったんだな』
そういってオレのグラスに注いできた。そのときのうれしそうな笑顔。少し照れ臭く思いながらカチンとグラスを合わせて、すぐにお互い酔いつぶれたっけな。
コップ一杯のビールを飲み終えた頃、父は横になっていびきを立てはじめた。オレの前のコップからは気泡が弾けて白い泡はすっかり減ってしまった。
仏間で眠る親父を見ながら、風邪をひかないかと心配になる。きっと母がいたら毛布をかけていただろう。
開きっぱなしのアルバムを片付ける人間もいない。最期のページには昨日撮ったばかりの写真が貼られている。父が二人分空けるように端に立っているので、真ん中には家の玄関が写っていた。
やがて、仏壇に置かれたビールからはもう泡もでなくなった。




