4-15 ゴーシュ(後編)
初めに異変に気がついたのは母だった。
「ゴーシュの目がおかしいの」
そう父に相談していたのだそうだ。これも後程聞いた話だが、当時の僕はやたらと絵を描きたがったのだという。今と同じような行動だが、正直この頃の記憶はあまりない。
一心不乱に絵を描き続ける僕を心配して、何人かの医者にも見せたそうだ。そして医者は様々な薬を処方したのち、心の病だと告げた。大きな出来事があったとき、その衝撃を受け入れるために絵を描いて、自分の身に何が起きたのか理解するための行為なのだという。しばらくすれば落ち着くだろうと医者たちは言った。
絵を描くのは決して悪い行為でもないし、何もしていない時の僕はより情緒不安定で、だから両親は絵を描いている間は安心できると好きにさせていたのだ。学校にも行けなくなり、外に行くこともなくなり、一人絵を描き続ける僕。そして両親はせがまれるがままに画材を色々と買ってくれた。
しかし、大人になっても結局医者の言うように落ち着く様子はなく、絵を描く行為はエスカレートしていき、僕はとうとう魔獣の住まうとされるエリアへ行くことを決意する。
そのことを告げた時、口では反対していた両親だったが、母がほっとしていたことに僕は気がついていた。かつての可愛かった息子ではなく、人が変わったようにおかしくなってしまった僕が目の前にいることは、母にとっての相当なストレスだったのだろう。
しかし愛情がなくなったわけではないのもわかっている。母は久しぶりにちゃんと僕の目を見て、両手を握りしめて言った。
「絶対に帰ってきてね」
無言だった父もその言葉にうなずいて、僕の頭に手を置いて久々に撫でてくれた。
僕が魔獣の絵を描き続けるその理由。それは僕にもわからなかった。ただただ書き続けた。魔物全般にも興味があったけど、その中でも魔獣を描きたかった。きっとイゾラのようなものを描きたかったのだろう。
最初は僕一人で描こうと思ったけど、魔物のいるエリアに一歩踏み入れただけで普通に死にそうになったので、一人でやるのは断念して人に頼ることにした。
ただ、人と関わることのなかった僕がそこら辺の冒険者に依頼するなんて難易度が高すぎたので、冒険者ギルドに依頼を通すことにした。
いろいろな冒険者に護衛を頼んだけれど、すぐにダメになった。親兄弟ですらうまく理解しあえないのだ。合う冒険者などいないのだろう。他の方法を探そう。そうあきらめかけた時、シオンに会った。
シオンは強烈だった。だんだん魔物どころか魔獣を描くためではなく、戦うシオンを描くために魔境に出向くことになっていった。最高の日々が始まった。あの事件があって以来の、心のどこかが満たされる日々が続いた。
そんな中、何度目かのお絵描きの時だろうか。ふいに気が付いたのだ。何か特別なことがあったのではない。
『僕が絵を描く理由』。
それは、生き延びる方法を探していたのだ。
幼かった僕はあの恐怖と衝撃と不気味さと美しさの中、混乱して自分の感情を見失ってしまった。自分が何を感じているのかわからなくなってしまったのだ。そして絵を描き始めた。
何のことはない。医者の言っていたことは正しかったのだ。
僕はあの場で何が起きていたのか理解したかった。自分の中に落とし込みたかった。
そして散々描き続けてわかった。生き延びる方法を魔物の生きざまの中に探していたのだと。イゾラが絶体絶命の中どうやって生き延びたのか。そして僕が絶体絶命の中どうやって生き延びられたのか。そしてどうやってこれからも生きていけばいいのか。それを魔物の中に探していたのだ。
それがわかってから、魔境へ飛び出した後寄り付かなかった実家に、僕は初めて帰った。
「お母さん、僕わかったよ。僕があの時感じたこと」
迎えに出た玄関先ですぐ抱きしめてくれた母に、伝える。
「実はね、あの時僕はお父さんにしがみつきながら、『お母さん!』って泣いちゃってたんだ。僕はあの時、生きてお母さんのところに帰りたかったんだよ。その方法を、帰る方法を探し続けてきたんだ。でもようやくわかった。そしてちゃんと帰って来たよ。ただいま、お母さん」
涙でぬれてぐしゃぐしゃだし少し老けたけれど、変わらない母のその瞳をしっかり見て伝えた。
「ゴーシュ。あなたが出て行ってしまった後は後悔していたのよ。本当に送り出してしまってよかったのかって。あのまま壊れてしまうんじゃないかって。でも途中から心配しなくなったわ。あなたから送られてくる絵が、魔物から人に変わったからね」
母の後ろに立つ父も、「ああ、あの赤毛の人か」と頷いている。
「僕は魔物なんかより魔獣なんかより、もっと強くて美しい存在を見つけてしまったからね!」
そう言いながら久しぶりの実家の戸をくぐった。
次回 2/7 20:00~21:00 更新予定です。





