4-3 溶ける怪鳥
「あれはね、溶ける怪鳥だよ、シオン」
そう言ったゴーシュとシオンが見上げるその先には、穏やかではない光景が。急速に近づいてくる暗雲のような影。それが、ゴーシュのいう溶ける怪鳥。
リョコウバトという、空を埋め尽くすほどの大群で飛ぶハトがかつていたそうだが、そのハトが大きくなって凶悪そうになったバージョンだとでもいえばいいのだろうか。とにかく大量の鳥の魔物が飛んでいた。
場所は未だ白砂の砂漠地帯。二人の隣にゴーシュのジープがある。砂クジラがくしゃみをして別れていったすぐ後のことだ。
「どうする?」
そう尋ねるシオン。もちろん、絵のことである。
「もちろん描くに決まってるよ」
そう言って、いそいそとしまった画材を取り出すゴーシュ。
「でもだいぶお空の高くにいるな~。何とかして近づくことはできない?」
「無茶を言う」
「そうかな?」
いや、シオンならできるでしょと言う瞳で見上げるゴーシュ。
「浮遊車を持っているだとか、浮遊系の魔法使いを連れてきただとかならわかるが、さすがに空は飛べない」
そう言いながらも、まったく諦めている様子のないシオンはジープに戻り、荷物を漁っている。怪鳥は餌を見つけたのだろうか、時折隊列を乱しながらもこちらに向かってきている。
「ああ、これだ」
試してみたかったんだと言いながら取り出したのはゴツイ特殊仕様な巨大ボーガン。
「なにそれ?」
若干趣味の悪いフォルムにゴーシュですら若干引いている。
「シャポンの森あっただろ? そこから採取してきた素材だ。あいつらが溶かした魔物の骨は特殊な素材に変化していてだな。驚愕的なほどよくしなる」
シャポンの森とは、針葉樹の上にシャボンという植物の種子の魔物がシャボン玉のように浮かぶ場所のこと。シャポンはその種子の中に魔物を養分として取り込み、溶かしてしまう。そして溶けた魔物の残骸が山積される地を、シャポンの森と呼んでいた。
骨には長年をかけてシャポンの養分が染み込むのだろう。シオンの言うようにとてもしなる性質に変わっていた。
それを元に武器屋で加工を施してもらってできたのが、巨大ボーガンだ。それを、怪鳥たち……ではない方角に向けてシオンは構える。
頭に「?」を浮かべているゴーシュだが、そこは長年の信頼関係がある。黙ってシオンを見つめていた。むしろ、ボーガンを構えるシオンの構図に絵的に満足しているようでもあった。
シオンが放った矢は吸い込まれるように空に溶けていき、やがて一羽の鳥を射抜いて白砂の上にぼとりと落ちる。ザクザクと砂漠をすすみ、シオンはその鳥を回収して矢じりに紐で繋いで、またしてもボーガンを構える。
鳥の重みでやや失速してはいるものの、また打ち上げられる矢。上空まで飛び立ったその哀れな鳥は、怪鳥たちの格好の獲物だ。黒い怪鳥の群れの一部がまるで生き物の舌のように伸び、その哀れな鳥を取り込むかのように取り囲む。
「あの溶ける怪鳥とやらはやたら高く飛んでいたからな。さすがに届かない」
その代わり、近くを飛ぶ鳥を餌として下降していることが幾度かあった。その性質を利用して、餌を使い手の届く範囲までおびき寄せたのだ。
間髪入れず、もう一本矢を射る。
矢は魔物の弱点を違うことなく射貫く。そしてド……サリと重量感のある音を立てて落ちる怪鳥。
「シオン~この子だめだ。色がおかしい」
落ちてきた怪鳥を見てゴーシュががっかりする。
「色?」
「そう。あの子がいい」
そう言って空を指さす。
「どれだ? こいつか?」
と、ゴーシュの抽象的な要望を的確に聞き取って、再び怪鳥を射貫く。今度はご希望通りの個体だったようだ。
狩りとった二羽の怪鳥を並べてみると、ほんの少しだけ色が違うようにも思えてくるが、言われてみればという程度だ。パソコンで色指定した時の数字が多少異なる程度の色の差。
それをはるか上空にいても違いに気が付くゴーシュと、的確に要望に応えるシオン。いいコンビである。
「それで。なんでこいつらは溶ける怪鳥というんだ?」
「それはね、空を飛びながら腐って溶け落ちてくるからだよ」
「なんだそれは。気持ち悪いな」
簡単に攻撃の届かない距離を飛ぶ鳥たちが溶けて落ちてくるのだ。運悪くそれにあたった者は鳥糞が掛かったどころの騒ぎではない。腐っているので臭いし気持ちが悪いうえに毒素もある。早急に水でも浴びたいところだが、ここは水が貴重な砂漠の地だ。満足に拭えなくて不運にも死んでしまう冒険者もいる事象だそうだ。
ゴーシュは色合いの鮮やかな方の怪鳥を早速描いている。今回は生け捕りにしろとは言わずこの状況で満足しているようだ。
シオンはと言えばくすんだ色の怪鳥を見つめている。それは既に若干腐り始めているようにも見えた。
「これは、もしかしたら、寄生虫にやられているとかかもな」
腐りながらも大空をはばたく鳥の魔物。初めは特殊な攻撃方法かと思ったが、攻撃されているのはこの魔物の方なのかもしれない。シオンはそう推察をする。
使用後の矢を使って崩れかけている怪鳥をつつくと、「正解」と言うかのように、怪鳥の首のそばからひょっこりと生白い芋虫のようなものが顔を出した。
「カタツムリに寄生して、意のままに動かす寄生虫がいるんだがな。そんな感じで、こいつは宿主である怪鳥を生かさず殺さずの状況で、何らかの意図をもって飛ばし続けるのかもしれない」
「何らかの意図」
「生き物の大抵の行動理由は繁殖だ。どうせ自分の子種を遠くに運びたいとかそんなところだろう」
「つまり、腐り落ちたその先でまた繁殖するってことだね」
ゴーシュとシオンがのんきにそんな会話をしている一方で、少し先にいる冒険者たちらしき集団が大騒ぎをしていた。
「おお。浮遊車も魔法使いも使って怪鳥と空中戦をしている」
嬉しそうな顔をしてシオンは観戦を始めた。
◇◇◇
「クソ、リーダー!! こいつら好戦的すぎる」
『浮遊車も魔法使いも使って怪鳥と空中戦をしている』冒険者たちは、帝国ギルドの者たちだった。軍隊ギルドと同様数でごり押しすることが多いこの組織。魔物の数が多いと苦戦しがちだ。しかも今回は敵からの奇襲のようなもの。
地上部隊も健気に応戦するが、なしのつぶてといえた。火炎系魔力で圧倒する戦法も、はるか上空まではなかなかに届かない。そのため空中戦になるのだが、全員が空を飛べるわけでもないし、火力に優れているわけでもない。
自然と少人数での空中戦となるのだが、意外と機敏で攻撃的な怪鳥に上手く対応しきれずにいた。
「リーダー! あっちに変な奴が!!」
部下の発言に、新手の敵かと気合を入れなおすリーダーと呼ばれた冒険者だが、部下が指さす先には別の冒険者の姿が。
「……ボーガン。なんであんなアナログな武器の使い方を?」
その冒険者は確かに変な奴だった。
大ぶりなボウガンを手には持っているが、ジープに座って、魔物をしとめるでもなくこちらを眺めているように見えた。
ジープのそばには、二体の怪鳥らしき姿も見える。その横で丸まっているモノは何か区別はつかない。
「さっきあのボーガンで怪鳥をしとめていました」
「そうか」
リーダーはしばし考え込む。戦況は芳しくない。連れてきているのはギルドの中級冒険者たちなので、即効では倒せないものの時間をかければ何とかなりはするだろう。しかし、なるべく損失を避けて事態の収拾をしたい。
かといって、通りすがりの冒険者に助けを請うなど矜持が許さない。
「……あの冒険者には巻き添えになってもらおう」
つまり、無理やり戦闘に巻き込めばいい。それがリーダーの出した答え。
そんなリーダーの目論見に反して、予想外のことが起きた。
たかが手持ちのボーガンしかない冒険者。その者の方へ部隊を進行させていったわけだが、そのボーガンでなんだかんだ的確に怪鳥を打ち倒していく。
怪鳥の妙な性質で、なぜか人の頭上を追いかけてくるため、まんまと大量の引き連れてきたわけだが、その赤髪の冒険者はあまり動じることもなく淡々と怪鳥を射る。
その手法を見ていると、初めは餌になる物を打ち上げ、それを狙って下降してきた怪鳥を射抜いていたようだ。
やがてシオンの存在に気がついて襲いかかる怪鳥を、これ幸いと撃ち抜いていく。
リーダー含む帝国ギルドの連中にとって不思議なことがもう一つある。
シオンが怪鳥を射抜くと、その周辺の怪鳥は散開していくのだ。
怪鳥一体一体を倒すことくらいなら、帝国ギルドのメンバーでも時間をかければできた。
しかし、この赤髪の冒険者の狩り方は、なんだか効率がいい。
やがて空を埋め尽くすかに思われた怪鳥の群れも、大半は厄介な敵がいると認知して引き返し、残りの半数以上は謎の霧散をしていき、残りはシオンの足元に落ちていた。
謎の道具で謎の狩りの仕方をし、魔物も謎の動きをしているこの赤髪の冒険者。流石にこのまま声をかけないのも、謎が残るだけだと思い、リーダーが声をかけようか思案した頃には、気が済んだのかさっさとジープに乗り赤髪の冒険者は退散していくところだった。
「なんだ、あいつは」
そうぼやいてはみたものの、あとを追いかけるというのも格好がつかない。
「後でここらの支部をあたってみるぞ」
ここでの邂逅を逃した後は当分この冒険者と出会えないことを、まだ彼はしらない。
◇◇◇
「なんでさっきの怪鳥たちは逃げ去っていったの?シオン」
「推測でいいなら、ねぐらに帰ってから話そう」
そんな会話をしながら、二人を乗せたジープは古代樹の森に消えていった。





