4-2 砂クジラ
「叔父貴」
「なんだ? ムヴァ」
小さな事務所で今日もまた男たちが会話をしていた。
「やっぱりシオンのヤツ、見つからねえ」
「なにやってるんだ。ギルドにでも裏金積んで情報持ってこい。いつもやってることだろが」
この地において、いや、この地においても情報は金だ。ギルドはお堅い役所的存在ではあったが、中で働いているのは人間。しかも、徴兵義務免除は金で買える。ギルドの職員は早く徴兵期間を終えてさっさと故郷に帰りたい。ということで、裏金は大変有効だった。
「ところがだよ、叔父貴。ギルドのヤツら今回貝のように口を割らねえ。ギルドだけじゃねえ。町の案内所連中や商人連中もだ。ムラの子供ですら非協力的ときた」
「みっともなく追っかけをやってたペッポコたちはどうした?」
「あの二人組も最近では会えないとボヤいていた。ということでだ。今回俺はお手上げだ。そろそろ帝国ギルドの奴らとの合同討伐もあるし、手が回らねえ。シオン探しはキファランガにやらせてくれ」
キファランガと言うのはこの男の従弟にあたる。ちなみに叔父貴とは言うものの血は繋がっていないが、親戚ではある。つまりこの弱小事務所ギルドは一族で運営しているクランだった。
「キファランガか。あいつは泣き虫でいけない。まあ、Fランカー探し程度の仕事ならできるだろう」
そう言ってシオン探しは下っ端に回された。
こうやって『探しても全然見つからねえ』シオンはほとんどのクランで下っ端が担うことになり、シオン争奪戦は下位ランカーから始まった。
◇◇◇
一方その頃シオンは白砂に泳ぐクジラに乗っていた。
「砂竜よりは乗り心地がいいがスッポンよりかは劣るな」
そう評しながら、馬の手綱を持って立ち乗りしている騎馬民族のように、砂クジラに差し込んだ銛に繋がるロープを持って立ち乗りをしていた。クジラと言っても小ぶりで、牛四頭分ほどのサイズだ。
ゴーシュはそんな器用なことはできない。銛に片手でしがみついて、丸まりながらもう片方の手で必死に足元のクジラの絵を描く。
「器用だな。ゴーシュ」
シオンはシオンでゴーシュのまねはできない。
ひーひー言いながら絵を描いているゴーシュだが、そもそものことの発端はゴーシュの発言である。もっと近くで砂クジラを見たいと言ったらシオンが実現してくれたのだ。
最近ではゴーシュの無茶ぶりにシオンが更に無茶苦茶なレベルで対応してくれるので、ゴーシュは自分で自分の首を絞めているようなものだった。
「そういえば最近全然アパートに帰っていないな」
「え、シオン。ここで世間話?」
シオンの方は通勤電車のノリだ。馬で職場に行く草原の民はこんな気持ちなのだろうかと見当はずれな想像をしながら乗鯨を満喫している。
「シオンの部屋はザバックの紹介だったよね」
「紹介というか、名義がザバックだ。(仮)Fランカーではろくなところが借りられないらしからな」
町でシオンが見つからない理由の一つがこれであった。『シオン』名義での住所登録を探しても見つからないのである。
大抵の冒険者は実名登録で部屋を借りる。大家も身元不明な人物には貸したくないのでこれは大原則だった。また、共同名義で借りる場合もあったが当然それはクランやチーム単位でのことで、他人が借りてあげることなどまずない。
そのため冒険者の人探しは大家に聞けば大抵の場合は何とかなった。大抵の場合は。
「シオン~。描き終わったからそろそろ止めて~。酔ってきた」
なんだかんだ話しているうちにゴーシュの絵は描きあがっていた。揺れが激しい中でも素晴らしい絵が描かれていた。さすがだと感心するシオン。
「ところでどうやって止めるのさ、シオン」
乗るときは手慣れた飛竜の滑空によって飛び乗ったわけだが、白砂を泳ぐ鯨から飛び降りるのは危険極まりない。飛竜もすでにどこかに行ってしまった。
「え~っとだな。ここが呼吸口だから」
そう言ってシオンはクジラの脳天にある鼻を適当な布で塞ぐ。鯨は呼吸ができなくなる。異物が入ったと判断し、一瞬止まる。
「ゴーシュ。急いで飛び降りるぞ」
そう言いながらも有無を言わさずゴーシュを抱えて飛び降りるシオン。
鼻に異物が入ったとき哺乳類がとる行動は共通しているのだろうか。
大きな、くしゃみをした。
「うわ~綺麗」
柔らかな砂地に着地したゴーシュはしゃがんだまま目の前の砂クジラを見上げて言う。
確かに綺麗だった。海のクジラがしおを噴いた時のように、砂クジラが水しぶきを上げる。強烈に照り付ける太陽の光を浴びて、虹まで見えている。
「確かに綺麗だが、くしゃみってことはだな――」
最後まで言うのはやめておいた。
この砂クジラはよく他の魔物を乗せて移動している。そういう生体なのだろうとシオンは語った。シオン達を乗せても何の攻撃もせずに泳ぎ続けるくらいには図太いたちのようだ。
そんな砂クジラをゴーシュとシオン二人見送っていたところ、遠くの空に妙なものを見つけた。同時にその下の方で騒いでいる冒険者たちも視界に入る。
「あ、シオン。あれも描きたい!」
「あれはなんだ?」
ゴーシュはもったいぶって言う。
「あれはね、溶ける怪鳥だよ、シオン」
次回 シオン、帝国ギルドを引きずり出す。





