3-14 ムラの子供② ※マリウス視点
「マリウス。なんか今回やばい雰囲気がする」
そう言うのは見習い冒険者仲間の、小柄のエルス。
「ああ。しくじったかもしれないな」
俺達は相変わらず町の冒険者の手伝いをしていた。どこのクランも粗暴な奴らばかりだが、その中でまだマシなクランを選んでいたつもりだった。
そして今回も、今まで何回か手伝いをしたことのあるチームの手伝いをしていた。扱いは悪いが、命に関わるようなことまではさせないところだと判断していたのだが、今回は様子がおかしい。
「おまえら、今回は囮役だ。まあいざとなったら助けてやるから。死ぬ気で走れ」
少し前、ガラの悪いリーダーにそう告げられた。死刑宣告に等しい。
「絶対に助けになんて来てくれないよ」
涙目で訴えるエルス。たしかに俺もそう思う。しかしこの話は出発後、白砂エリアの魔物の巣窟付近でようやく切り出された。ここで嫌だと言ったとしても置いていかれるだけだ。つまり、どちらにせよ死ぬ可能性が高い。
「なんでだよ、マリウス。ここの奴らは囮を使わないって話じゃなかったのかよ」
奴らと少し離れたところで待機していると、いつもやる気のない顔をしているウラヌスも涙目になってそう訴えてきた。
「そんなこと言われても知らねえよ、俺だって理由を聞きたいくらいだ」
「……さっき話してた。ムラの子供が最近増えてきたから、少しくらい減っても大丈夫って。それより、レア物がでてるから、そっちの方が貴重だって」
沈着冷静なユピトが、いつも以上に静かに告げる。
「俺らの命はレア物より安いってことか」
そんな話をしていても、状況は待ってはくれない。
どんな作戦かも知らされないままに、不意打ちのようにゴーサインを出され、僕ら見習い冒険者四人は走り出すしかなかった。
どんな魔物の囮になるかも知らなかった。
まさか、こんなヤバいやつが出てくるだなんて。
僕らを使っている冒険者連中も顔が引きつっているように見える。後ろの方で。あんな安全圏で。
僕らを追ってきているのは、ムカデのような魔物。とても大きい。大物なんてもんじゃない。複数の牙の間に闇のように広がる口は、縦人間一人分。横人間四人分。つまり、今逃げている見習い冒険者の僕ら四人を余裕で飲み込めるくらいのサイズがある。
幸いなのは、足が極端に早くはないこと。でも僕らの全速力とトントンなくらいだ。遅くもない。
こけたら、終わり。
僕らは四人で走り続ける。足元のすこぶる悪いこの白砂地帯を。
とっととこのおぞましい魔物をやっつけてくれなくてはいけないのに、あいつらはジープに乗ってもたもたしている。
まあ、後ろなんてもう見る余裕はないから、声でそう推測するだけだけど。
小柄のエルスがだんだん遅れてくる。きっとここでエルスがコケたら、魔物に食われて、僕らが逃げ延びる猶予が増える。
でも、絶対にそんなことしない。助け合って生きる。それが僕らのやり方だ。
僕の肺も限界に近いけれど、必死で手を伸ばしてエルスの手を取る。
細身のユピトのことも、ウラヌスがフォローしている。
でも、そろそろ、それも限界。足も、肺も、気力も。
後ろの方で、撃て! だとか声が聞こえたけれど、それをかき消すかのような、ゴーン……という気味の悪い音が辺りに響き渡った。
この魔物、音で敵を撹乱するみたいだ。
山もないのに山びこのように音が響き渡り、消えていく。
耳を塞ぎたいけれど、限界で手が使えない。頭がグラグラする。
音が消えたあとも耳鳴りが残る。
直後、特大の発砲音が鳴り響いた。
奴ら大きな態度だけあって、一応魔物を始末する手立ては持ってたみたいだ。
後ろを振り向いたら、大きな体をよじってムカデが倒れていた。ようやく倒したようだ。
ああ、間に合わなかった。
僕の足は魔物に食われていた。
「マリウス! 大丈夫か!」
仲間の声が、霞んでいく意識の中で聞こえた気がした。ジープにはなんとか乗せてもらえたようだ。命拾いをしたとわかったと同時に、絶望をした。
やつらはムラの子供の足なんて治してはくれない。
ムラの子供の多くは見習い冒険者となる。負傷する割合も高い。しかし、怪我を治してもらえることは少ない。怪我で戦えなくなった子供たちは、村の手伝いをする。自由が利かないので、割の合わない仕事が多くなる。
さらに働けないほどの怪我の場合、診療所に安置される。しかし、不幸なことに診療所があふれかえることはない。なぜなら、手厚く看護されることはないからだ。
僕の夢もここで終わり。僕は何度も母さんに訴えた。「母さんと一緒に母さんの故郷に帰るんだ。父さんは帰ってこない」と。僕の夢は故郷で暮らしていけるお金を稼いで、母さんと一緒に帰ることだ。
母さんは、「お前が支えだ。不甲斐ないお母さんを許してくれ」とは言うけれど、僕が見習い冒険者として稼いだくらいでは僕の言うことを聞いてはくれなかった。ちゃんと一人前の冒険者にならなきゃいけなかったのに。
この地で怪我をしたら、死ぬしかない。母さん一人残して。
涙が頬を伝う冷たさで目が覚めたのは、町の治療所だった。
(……治療所?)
おかしい。何とか生き延びたところまでは覚えている。でも、やつらはムラの子供の足なんて治してはくれない。
でもすぐに謎は解けた。隣にエルス、ウラヌス、ユピトがいたから。
「ここの治療費は……?」
「全部、売った」
エルスが泣きながらそう言った。全部。つまり、僕らがこの地を離れるために貯めていた、素材。シオンがくれた素材のうち、いざという時のために貯めておいた、とっておきの大事な大事な素材。
今までにも何かあるたびに少しずつ換金してはいたけれど、足一本失ったのを治すのは低ランクの治療師では無理だったのだろう。
「全部……」
ごめんな、とは、言わなかった。僕らは助け合って生きていくんだ。僕が言ったら他の奴も助けられた時そう言わなくてはいけない。だから、
「ありがとう」
ありがとう。何回も言った。
「シオンさん、最近見かけないね」
会うたびに素材運びの手伝いをしていたが、最近全く会えないので、生活もまた前のようになってきているところだった。そこで今回の治療費。
「会えないね」
シオンはヒーローなんかではない。ピンチのときに駆けつけてくれるわけでもない。
「会いたいね」
でも僕は、僕らはシオンに何かを求めている。喉元まで出かかっているのだが、それが何かわからない。
「仕方ないよ。僕ら四人でやっていくしかない」
わからないままでも、あの燃えるような赤い髪を思い出しながら、シオンがくれたものを頼りに今日も生き延びる。





