3-10 シオンの平穏な一日
今日はいつもと違ってとてものどかな日だった。ゴーシュが用事でいないのだ。
用事はすぐ終わるようなので、趣味の散歩には出られない。つまり、今日は一日町でゆっくりと過ごす日、と言うわけだ。
彼がいると毎日護衛依頼がくる。魔物と対峙するのは楽しくていいのだが、なにせ一日仕事だ。自然、町にいる時間は少なくなる。今日みたいに町に一日中いるのは実はレアなのだ。
午前中に気になっていた武器屋をまわり、お気に入りの食堂で昼飯を食べ、今は軽食屋のカウチでのんびりと空まで眺めていられた。
――思えばいい仕事を見つけられたものだと思う。
金も十分なほどもらっているし、雑誌の続編の売上が良かったからか、もし冒険者を引退したとしても永年雇用をしてくれるのだと。年金のようなものか。
冒険者業というのは体が動かなくなってしまってはもう立ち行かなくなるわけだから、この世界に来てその点だけが心配だったのだが、ゴーシュのおかげでその懸念点もなくなった。
そんなことを思いふける。空に棚引く雲に風情を感じる。遠くでは子供たちの騒ぎ声が聞こえる。
「平和だ」
つい声に出してしまう。
子供の元気な声というのはいい。とても賑やかだ。子供だけではない。大人も騒いでいるようだ。
「祭か何かか?」
少し気になり、覗いてみることにする。
普段は町のことにあまり関わっていない。この支部に定住するつもりもないが、しばらくは住むわけだ。住む土地のことを知っていてもいいだろう。
休憩していた軽食屋から角を曲がって少し行ったあたりで、騒ぎの原因がわかった。
どうやら、町中に魔物が入ってきてしまったらしい。
「魔物って、町中にもいるのか?」
近くにいるやつにそう聞いてみたのだが、
「魔物どころじゃねえ、こいつは魔獣だ。魔物も魔獣も町中なんかこねえよ!」
と怒られてしまった。魔物と魔獣の区別は大切なようだ。気にしているのはゴーシュくらいなのかと思っていた。
話を聞く……というよりも騒いでいる人々の声を拾うに、今は大規模な合同討伐で、めぼしい冒険者たちが出払ってしまっているそうだ。
町にいるのはEランカーかFランカー、そして商売をしている非戦闘員のみらしい。
「せめてDランカーはいないのか!」そう声を張り上げている者もいた。
お呼びではないようなので帰ろうかとも思ったが、そこにいる魔獣はトカゲタイプで、以前倒したのと似ていたので少し興味が出てきた。
先般は洞窟にいたから姿形をよく見られなかったので、日の光の下、好都合と観察してみた。
背中に平行な傷跡が数本ある。おそらく鳥系の魔物に連れ去られる際に、暴れて運良く(運悪く?)町中に落ちたのだろう。
本人もおそらく相当混乱しているはずだ。誰彼構わず近づく者皆にかみつこうとしている。
「ところで、こいつはどう対処する予定なんだ?」
再び近くにいた野次馬に聞いてみる。
「どうするもこうするも、討伐にいってる奴らが戻ってくるまでどうしようもないだろ。誰か対応できる冒険者に対処してもらうのを待ってるんだ」
「とは言っても、ここでこの魔獣がおとなしくしてるわけでもないだろ?」
「当然だ。店にでも入られたら大損害だ。かといって、打つ手がない。運に任せるしかない」
近くの店の店主らしいこの男は、自分の店の方をチラチラと気にしながら難しい顔をしている。
男の店は、食べ物屋だった。美味しそうなので今度行って見ようと思う。その前に壊れてしまっては残念だし、まあ可哀想だ。
「呼ばれていたのはDランカーだったが、俺が行く分には構わないのか?」
「え、いやまあ構わないが。下位ランカーの手に負えないからDなんだろ。まああんたはガタイがいい。なんとかできるのか?」
そう聞かれて、うなずく。一度やってみたい手があったのだ。
昔、蛇を捕獲する方法として、しっぽを掴んでブンブン振り回すというのを聞いたことがあった。その話では、遠心力で蛇はなすすべもなく振り回され、最後には藪に放り投げられていた。
ちょっと重かったが、目の前のトカゲの魔物でも真似してみた。サイズが大きかったので、斜めに大振りに回す。回す速度が遅いとすぐに噛み付いてこようとするので、注意が必要だ。
野次馬に当たらないか心配だったが、距離をとってくれたようだ。
ちょっと回してる姿が滑稽だが、そのままゲートをくぐり町を出て、魔境入りする。少し歩いたところで、ハンマー投げの要領で放り投げる。
うまく着地できなかったようで、哀れな感じに地面に飛んていくトカゲの魔物。
こちらに反撃する可能性も当然あるのでしばらく身構えていたが、体制を直した魔物はこちらに関わってはいられないと、さっさと逃げていった。
バタバタと逃げていくトカゲの背中を見て、思わずつぶやく。
「……平和だな」





