3-9 厄介なケモノ(後編)
時は少し戻り、第四十三支部がゴイルに手をこまねいている頃。
シオンは洞窟探索にいそしんでいた。
特に目的があるわけではないが、手探りでどんどん奥まで進む。
どこかに水場があるのだろうか。不思議と壁面は湿っていた。なるべく足だけではなく手も使うようにして体を安定させつつ前へ進む。
シオンにロッククライミングの経験はないが、三点を常に固定していることが大事だとは聞いたことがある。両足と片手。もしくは両手と片足。別にクライムしているわけではないが、それを気にしながら前へ進む。
閉塞感は人に不安を与える。出口がないのではないか。引き返すこともできないのではないか。岩が崩れてきやしないか。
それだけではない。ガスが出ているのではないか。暗闇から突然魔物が飛び出すのではないか。そんな恐れが頭をよぎる。手元の松明の炎でちらちら揺れる影すら魔物に見えてくる。
それでも、(無駄な)命がけの探検の末、ようやく光が見えてきた。洞窟は山を貫通していたのだ。しかし、残念なことに人が通るにはあと少し幅が足りない。なんとかして岩をどかせないものか。
方向感覚さえ狂っていなければ、ここを抜ければ家への近道だ。引き返すのは流石に面倒くさい。
なのに、目の前に、よりによって魔物が牙を向いてこちらを見ていた。
狭い洞窟内での戦闘は、とても不利だった。
しかもここは相手のねぐららしく、相手にとってまさにホーム。目もこの闇に適しているのだろう。シオンの松明に眩しそうに目を細める。
突然の侵入者に眠りを妨げられたのだ。魔物の怒りも当然だろう。
突如邪魔者に対して攻撃を仕掛ける。
邪魔者は小賢しく逃げ惑う。なかなか仕留めることができない。
魔物の自慢のしっぽの先についた岩よりも硬い部位によって、周囲の岩場を砕いていく。
徐々に相手と立ち位置が変わっていることにも気が付かずに。
ようやく邪魔者を追い詰めたと思ったが、またしても猪口才に逃げられてしまう。
しかも、不可解な光が降り注ぐ。それは魔物自身によって破壊され、広げられた穴からの光だった。
「ありがとうよ。おかげで出口が広がった」
魔物にとって不幸だったのは人の言葉がわからなかったことだろうか。それとも諦めが悪かったことだろうか。
やめておけばいいものを、止めを刺そうと再度邪魔者を襲う。
外を覗いていた邪魔者は不意に振り向き、思いがけず、転がる。
魔物の足元を転がり、また立ち位置が変わったと思いきや、どこをどう動いたのかいつの間にか魔物のしっぽを捉え、哀れな魔物はハンマー投げのように洞窟から投げ捨てられてしまった。
シオンの狙いは、もはやその洞窟の魔物ではなく外に出たときにちらりと見えた、フライドラゴン。
目の端には多数の冒険者も見えていて、(ああ、合同クエストの最中か。邪魔したくないな)などと悠長に考えていた。ついでに、(ちょうどいいからフライドラゴンに一度は乗ってみたいな)とも。
滑空なら、先の古龍との戯れの際に何度か経験したので、余裕でできると思っていた。できれば冒険者たちの邪魔をしないようにうまく魔物の群れと冒険者の集団の頭上を滑空したいところだが、好奇心のほうが勝った。
(フライドラゴンは膂力がないから、高いところから飛び立つ必要がある。ここは都合よく高さがある。試すなら、今だ)
以前と同じ方法で、トカゲタイプの洞窟の魔物のしっぽをつかみ、投げ飛ばす。それに食らいつく、洞窟の外にたむろするフライドラゴン。
それに飛びつく、シオン。
そしてシオンの気合虚しく、見事に落下。
(あ、やっぱり無理か)
早々に悟り、シオンはおとなしく近場に交錯して飛ぶフライドラゴンの足を掴み直して滑空へと切り替えた。
うまいこと亀の魔物の群れを超えたシオンだが、冒険者たちが手を降っていたので一応挨拶にと地上に飛び降りた。
「助っ人に来たんじゃなかったのか?」と聞かれたが、これだけ人がいるのだ。不要だろうとしか思わない。
助言してくれたら報酬をくれると言うが、お金には困っていない。そもそもシオン自身もこの魔物を見たのは初めてだ。
しかし、あまりにもしつこいので、少し手伝うことにした。
何名かが闘っているが、多数の冒険者は途方に暮れて、少し離れたところで立ち尽くしていた。彼らとともに、しばしゴイルを眺めるシオン。
「少しわかった」
そう言い提示した方法は三つ。
一つ目は「派手な方法」で、噴出で飛んでくるゴイルを直前で躱わして首を打つ方法。飛んでくるときは首も伸ばしているので、硬い甲羅から少しばかり弱点である首がでているのだ。
しかし、チキンレースのようにギリギリまでひきつけてから体を入れ替えるようにして移動し、首を打つという曲芸のような方法に、冒険者たちは首を振った。
二つ目は、まだ妥当な方法だ。どうやらゴイルは上空の魔物に対して棘を飛ばす習性があるようで、目も上方についていた。つまり、前と真横はあまり見えない。
また、同士討ちを避けるために、仲間がいる方向には火を吹かないことも見ていてわかってきた。
その習性を逆手に取り、平行に移動して近づくという案を出された。
ホバーという浮遊型自動車に乗ったシオンは「どことなく楽しそうに見えた」と言うのは同行した冒険者の談。
そしてゴイルに近づいてどうするのかというと、どうやって見つけたというのか、ゴイルの側面にある柔らかい部分に剣を突き刺し、あっけなく退治した。
「ゴーシュと言う絵描きがいてだな。そいつが本当によく観察するやつなんだ。それを真似して、俺もよく観察するようになった。ゴイルのこの部分は、おそらく空気口だ。炎を吐くから横から空気を取り込めるようにしたんだろう」
そんなことを話していた。
もう一つの討伐方法。それは言われてみれば単純だが、あまり思いつかない方法だ。
その方法は新米冒険者を集めて実演していた。群れからはぐれたゴイルの後方死角よりまず近づく。そして、大きめな岩をそっと近くに置く。その岩に剣を立てかけ、切っ先はゴイルの腹の下に。
そして、剣の柄を他の武器で、思いっきり叩く。
つまりテコの原理を使ってゴイルをひっくり返すのだ。ゴイルは亀タイプなので、ひっくり返せばあとは煮るなり焼くなり。
これに関しては、「剣の使い方が間違ってます!」だの、「どうやったらそんなに悟られずに魔物に近寄れるんですか!」だの、参考にならないとの文句が新米冒険者から多々挙げられていた。
何はともあれ、大分役立つアドバイスをもらって助かった筆頭冒険者は、シオンに報酬を支払うと伝えた。第四十一支部にいるマリウスに渡せばいいとのことで、話はついた。
Fランクにしておくには惜しい存在だと、筆頭冒険者は密かに引き抜きリストにシオンを加えた。





