3-1 影の熊、キブリ
「……ってことでシオン。行ってくるね! 僕がいない間危ないことしないでよ!」
「わかってる」
ゴーシュは故郷の町に用事があるとかで、そんな小言を残し大荷物を背負って出かけてしまった。
しかし相変わらず給料は定期的に出してくれるのだそうだ。なんてすばらしい雇用主を見つけたのだろうと、ついゴーシュが去っていった方向に向かって拝んでしまう。
ゴーシュのいない間は特に何をしろと言う指示もない。完全なる自由時間だ。さしずめ有給休暇と言ったところか。
この世界での生活で辛いと思ったことは特になかったが、休みだと言われると、より開放的になる。
――ちょうどいい。依頼もないので好きなように狩りをしよう。
ちなみにゴーシュは普段のままのボサボサな髪とボロボロの身なりで出発した。
「久しぶりの里帰りなんだろ。その格好でいいのか?」
「やだなあ、シオン。道中で汚れるから、まともな格好は家についてからだよ。それに実家に顔を出すわけでもないしね」
そんなことを言っていた。
「家にはジープで帰るのか?」
「鉄道だよ。今は徴兵でこの地に来る人が少ないシーズンだから、割引セール中なんだ。それにあんなジープで帰ったらダサいって笑われちゃうよ」
ゴーシュはこの地での常識を語る。まだまだ俺の知らない生活があるようだ。ゴーシュの故郷もここ魔境周辺なんかより発達した地域だそうで、きちんと文化的生活を送っているのだそうだ。
ゴーシュを見送ったあと、アパートに戻り身支度をする。ザバックの紹介で前よりも住み心地がいいアパートになっているので生活の質が上がった。ちなみにゴーシュの住まいは、今回の帰省に伴い一旦引き払ったらしい。
広い部屋を借りられたので荷物も多く置けるようになったため、武器やら防具やらが増えた。中でも多いのは靴だ。
この魔境周辺の地では、近隣国から様々な武具や生活用品を輸送して販売しているのだが、文化圏によって靴の形状がだいぶ異なる。
履き心地においてはここでは買えない日本製がやはり一番だが、丈夫さが売りの物や機能性が売りの物などもある。これはというものを見つけるとつい買ってしまうので、だいぶ靴がたまってきた。
その中でも耐水性の高い丈夫なものを選んで履く。
実はこの第四十一支部に来てからずっと気になっていた魔物がいる。それは、『喋る魚』。密林地帯にいるという噂を聞いたので、そこまで行くことにした。
ちなみに密林地帯やら砂漠地帯やら特色のあるエリアが魔境のいたる所にあるのだが、これも魔物の影響らしい。
ここらへんはもともとは寒冷寄りの乾燥地帯だったので、草があまり生えない乾いた土地がずっと広がっていたのだそうだが、魔物が自分たちの住みよい環境に作り替えた結果このようなことになったという。
ところどころに主と呼ばれる魔物がいるそうだ。
「なんだそれ、かっこいいな」と思わず言ったら、ゴーシュに怪訝な顔をされた。
普段はゴーシュのジープに乗って移動していたのだが、今は自分の足に頼るしかない(いまだに免許はとってない)。
「まあ急ぐ旅でもない。のんびりいくか」
そう独り言ちながらギルド施設裏のゲートをくぐる。徒歩で移動などという酔狂な者は基本いないので、みな各々の移動手段のある場所へ消えていく。
だんだん人気のなくなる荒野の中、ザクザクと歩を進めた。
目的の密林地帯に行くまでには森林地帯を抜ける必要がある。密林と言えばジャングルっぽいが、森林だと日本の野山のような雰囲気がしてなんだか懐かしい。
そしてこのエリアは熊タイプの魔物が出るという。
「熊か。日本にいたときも見かけたことがあったが、あれは小さくても油断すると危険だからな」
最大限に周囲を警戒しながら進んでいった。
魔境といえど意外と魔物があふれているわけでもなく、穏やかさを感じることもあるほどだ。昔からこういう場所を歩くのが好きだった。やはり自然はいい。
自然を堪能しながら歩いていたら、ふと、背後になにかの気配を感じた。毛が逆立つような。
息を潜めると、何かがついてくる音がする。しかし、振り向くといない。
試しにまた歩を進めてみると、やはり何かが付いてくる。しかし、振り返っても何もいない。
まるでホラー映画のようなその状態がずっと続く。
後ろの気配は気になる。しかし当然他の魔物や、単純に足場の問題で危ない場所は多々ある。そちらを疎かにするわけにもいかない。
目に見える危険と目に見えない危険。両方意識しながら、無限に思える森をただひたすら歩く。
緊張しているとペースも乱れるし余計な力が入り、歩いているだけなのに疲労が増していった。
「嫌な緊張感だな」
ひたひたと後ろから忍び寄る何者か。その得体のしれない嫌な空気を打ち破るように、あえて口に出す。
そうして緊張が最大限に高まったとき、突然目の前に巨大な熊の魔物が。
――なんで前に!
「……いや、匂いは」
とりあえずとっさに後ろに剣をふるった。
今回の目的は、喋る魚見学だ。魔物を討伐する気はなかったのだが、不可抗力で討伐してしまった。足元に転がる、熊のような魔物を見下ろす。
一見普通の熊と変わりなさそうに見えるが、おそらく幻影を見せる能力か何かを持っているのだろう。獲物の前方に魔物自身を何らかの方法で投影して、実際は後ろから襲う狩猟方法なのだと思われる。
単純だが、知らないと厄介な手法だ。
ゴーシュが見たことなさそうな魔物だし、なんとか担げるくらいのサイズだったので、とりあえず持ち帰ることにする。喋る魚はいったん諦めることにしよう。
熊の魔物は血抜きをするためギルドの処理場に持ち込んだ。町の入口にギルド施設の裏口があり、そこである程度魔物の処理ができるようになっているのだ。どことなく物流会社のトラック搬入口に似ている。
マリウスたちも使っているようだが、俺は基本素材を持って帰らないので使い慣れない。三十六支部では多少使ったことがあったが、このギルドの施設では初めてだった。
とりあえずそばにいた冒険者に聞く。
「なあ。すまないが、ここの使い方をおしえてくれ」
「いいけど……って、それキブリじゃないか。どうやって仕留めた」
「ああ。不気味な奴だったが、からくりがわかれば意外と簡単だ。前方に突然現れたんでびびったが、匂いはずっと後方からしてたからな。念の為に前後まとめて旋回するように切っておいたら、案の定後方で刃が当たったんだ」
「……なるほど。いままでソロ冒険者で逃げ切ったやつはいるが、討伐できたやつはなかなかいなくてな」
その後も、キブリという熊の魔物の処理をしながら、この親切な冒険者と雑談をしていた。
単純な狩も楽しい。改めてそう思う。
◇◇◇
シオンのそんな会話を、暗い目で見ている連中がいた。
「やつの動向をさぐれ」
「わかりました」
自分の交流が周りにどんな影響をもたらすのか。シオンはこの時まだ気がついていなかった。





