2-16 半人前ムジカ
昼飯時。適当に屋台をぶらついていると唐突に胸ぐらをつかまれた。掴んでいるのは若い冒険者だ。
その若い冒険者は目を怒らせてまっすぐこちらに歩いてくるものだからなんだと思っているうちに、胸ぐらを捕まれ揺さぶられたわけだ。
まあ相手はまだ十代なのだろう。腕力のない小僧に揺さぶられても微動だにしない俺に、一瞬戸惑っていた。背も低いし俺の服にややぶら下がるような形になっている。やめてほしい、服がのびる。
「お前がシオンだろう。なんで要請に応じない」
怒りで口角泡を飛ばしながら若者はそう叫んでいるが、心当たりがまるでない。
「なんのことだ」
「しらばっくれるな」
彼は最初からとても怒っていてこちらが口を挟むまもなく喚く。
「知らない。最初から説明しろ」
「お前エルスと一緒に狩りをしていたんだろ」
エルス。マリウスについてくる少年たちの一人か。たしか他の子より一回り小柄で、一番元気な奴だ。よく見るとこの若者と顔がよく似ている。
「ああ、お前はあいつの兄か何かか。すまない。本当に知らないんだ。話を聞く。ちゃんと話せ」
若者は真偽を確かめるようにこちらをじっと見つめて、一呼吸おいてから静かに話し出した。
「お前、最強の冒険者なんだろ。エルスが言ってた」
「そんなことはない。子供は年上の知り合いを強いと思い込むことがあるからな。それだろう」
いまだ服を掴まれたままなので、そっとその手を外し、話を促す。
混乱しているのか一気に話されて困ったが、話を要約すると、『性質の悪い冒険者クランと出かけて、危険地帯に置いて行かれた。そいつらに、連れ帰れと言ってものらりくらり。最悪なことに他のクランと折り合いの悪いクランなので他のクランも協力しない。ギルドも要請を出しているの一点張り。クランに所属していないシオンにも出していると聞いた』ということらしい。若者は自分の名をムジカと名乗った。
最近似たような話を聞いた気がする。ネリアもそう言っていなかったか。素行不良なクランと、使い捨てにされる弱い者。よくある話なのか。なんにしても治安が悪い。
「悪い、ムジカ。やはりその要請は聞いていない。俺はギルドに顔を出さないからな」
「そんなことあるか? 定期的に顔を出すもんだろ」
「ああ。ギルドから指摘されたこともない。実は実質的にはゴーシュという雇い主の直接雇用なんだ。ギルドに籍は置いているが、ほとんど用はない」
「でもDランク以上は定期的に招集に応じる義務があると聞いたことがあるぞ」
「俺はFランクだ」
そう言うとムジカは一瞬固まった。
「はあ??」
「Fランクだ」
「え、町の見習い冒険者の指導者名乗ってるんだろ? ……なんでそんなランクで指導してるんだよ」
「指導者を名乗ったつもりはないが。初級の中ではベテランだからな。初級エリアで基本の知識を共有しているだけだ」
ムジカはまだ飲み込めていないような顔をしていたが、話から察するに事態は急を要する。
「とりあえずどうにかなるだろう。行くぞ」
「ちょ、ちょっと待て。話を振ったのは俺だが、それはあんたがDランク以上、何ならCを超えているかと思って持ち掛けた話だ。エルスたちが置いて行かれたらしいエリアはCランク対象だ。やっぱ無茶だ、他の奴に声をかける」
「大丈夫だ。そこはよく行く場所だ。つべこべ言わずに早く行くぞ」
こころところゴーシュの依頼は特にランクの見境がなくなっているので、自分もだいぶマヒしているようだった。対象地区なんてあることも忘れかけていた。肌感でやばそうなら警戒を高める方針だ。なんだかんだギルドは過保護だと思う。
「本当に行けるのかよ、シオン。っていうか、俺も行くのか? 俺はまだEになったばかりだから無理なんだよ。だから声掛けてるんだ」
「弟のためだろ」
エリア構わずマリウスたちを連れまわすこともよくあるので、ムジカの動揺がいまいちピンとこない。適正地域以外厳密に行かないようにしてあるのか。やはりギルドは過保護だ。
弱気になるムジカに発破をかけて、急ぎ道具をそろえて出発した。
◇◇◇ムジカ視点
シオンの前にも何人もの冒険者に声をかけた。それでも誰も応じてくれなかったものだから、一人で行こうとしたらそれはそれで「お前には無理だ」。「他の奴に任せろ」と言われた。
俺だって行きたいけれど、死にたくもない。
「エルスのばかやろう」
いつも俺の後ろをちょろちょろとついて回って邪魔して。実力もないくせに俺の真似して怪我して。そのくせ俺より勇敢で、足が止まる俺の横から飛び出すもんだから俺も行かざるを得なくて。
俺がどんなに疎ましいと思っているかも知らずに、キラキラした眼で『やっぱ兄貴ってすげえな』って。そんなことを言うもんだから頑張らざるを得ないだろう。
でもやっぱろまだひよっこなんだ。俺でも行けない危険地域に置き去りになんかされて。きっと泣いている。無事なら、泣いていてもいいか。
今回も格好よく助けてやるからな。そしてまた俺の事すげえって言ってくれよ。頼むよ。
急いで必要最低限の道具を取り揃えてシオンの元へ向かう。
「ムジカ。お前車あるか?」
「まじかよ。ないのかよ、シオン……」
仕方ないのでクラン所有の車をこっそり借りていくことにする。ばれたらただじゃすまないし、壊したりしたら命がないかもしれないけど、これがなければ俺もあいつも命がない。どの道だ。
たどり着いた先は、見るからにやばい森。
「あいつらこんなところに年少組を連れて行くなよ」
エルスたちは明らかに囮にされたようだ。こんな広い森から見つけられるとは思えない。もう少し先にはアウローラの生息地域もあったはずだ。
「静かに」
シオンが手で制してくる。
「あいつらちゃんと俺が教えたことを守っているみたいだな」
シオンが周りを警戒しつつ、そっと俺にもその教えを話してくれる。
「大切なのは、非常事態でも騒がずに様子をしっかりと観察することだ。そして、観察するのは危険な魔物も当然だが温厚派の魔物、弱い魔物を見ること。彼らは身を守るすべを知っている。その地で生き延びる最適解を知っているからな」
弱い者は弱いモノから学べ、ということか。そう解釈しながら、シオンと同じように森を眺める。エルスがシオンのことを『すごいすごい』と言っていた気持ちがなんだかわかる気がした。
別に何をしたわけではない。たかだかFランクだ。車さえ持っていない。でも、なんか……安心するんだ。こいつと、この人と一緒にいれば大丈夫だって。
きっと体がでかいからだ。そう思うことにした。
よく見ていると、ここでは木の上にモスというFランクの魔物がいた。つまり、弱い魔物がそこでは安全に過ごせると言うことだ。
そしてそこかしこに真新しい小道具が残っていた。きっと逃げながら落としていったのだろう。――子供たちが。
そのあとを辿ると、巨大な木の洞に子供たちが身を寄せ合うようにして固まっていた。
「見つけた」つい、安堵の息が漏れる。
洞のある木までの道すがら、ついでのように尾長鶏を倒していくシオンに皆ドン引きして顔を引きつらせながら、エルスたちと再開の抱擁を交わした。
何ならここに来るまで、見たこともない討伐方法でシオンが魔物を倒しつつ移動したから、ここにたどり着けたのだ。さすがに驚き疲れてしまった。
子供たちは意外にも泣いてはおらず、何なら木の実を食べながら待機していた。
マリウスが、「手伝う相手の選別をしくじった」と悔しそうにまた木の実を口に放り込む。
「あちこちに食糧をストックしてたからな。魔物は人間の食べ物にあまり興味がないようだし、置いておいてもたいていの場合しばらくはそのままだ」
「リスかよ」
言動が意味わからないシオンに突っ込みを入れると、意外そうな顔をされる。
「他の冒険者は貯蓄しないのか?」
「まずこんな場所に長居しないし、危険になったらすぐ帰る。単独行動もしない。どうにかして引き上げるのが基本だ」
「そうなのか」
そうとぼけた会話をしながら、子供たちを木から降ろして車に乗り込む。
実力がないとたどり着けない場所というものはある。シオンほどの実力があれば、ランクなんて言う称号がなくとも苦も無くたどり着けてしまう。
強さに、憧れた。





