2-12 冒険者入門講座①
「シオン。あなたもどこかのクランに所属しないと、早死するわよ」
ネリアは真剣な顔でそう言った。
早死は嫌だ。理由も気になる。
しかし、眠すぎてそれどころではなかった。依頼をこなしたあとの座学は相当辛い。だが正式な資格を取得するためだ。それまでは頑張ろう。
ネリアの講義前。本日の依頼はテールという尾長鶏のような魔物だった。ゴーシュは何故か鳥系統の魔物(魔獣?)が好きなようで、今回は特に熱が入っていた。毎度どこから魔物の情報を仕入れているのかそろそろ気になるところだ。
出没エリアは熱帯雨林エリアなのだが、そこに行くまでに白砂の砂漠エリアを抜けなければならない。
「うわ〜、何もないね。退屈そうだ」
ゴーシュは白砂砂漠を見回してそう感想を持ったようだ。たしかに、サラサラの細かくて白い砂地が延々と続いている以外ずっと何も見えない。
「本当に何もないと思うのか?」
俺はここは苦手だ。何の姿も見えないのだから、警戒心を上げなければならない。
「え、やっぱりいるの? まあ、いるよね。シオンはどこにいるかわかるの?」
「いや。わからない。だから充分注意して歩け」
「わかった〜。でも、これ歩きにくいよ」
そう言ってゴーシュが引っ張っているのは、リード。歩きにくいのは何もここが砂地だからというだけではない。このリードも煩わしいようだ。リードはゴーシュの腕を通すように体に巻きつけてある。
リードはすぐどこかに行ってしまう雇い主を繋ぎ止めておくために用意した秘策だ。少し動きにくそうではあるが、本人の安全のためである。我慢してもらわなければならない。
「それで、シオンその棒は何に使うんだっけ?」
そしてもう一つの小道具。砂地を安全に抜けるために、長い棒を持ってきた。これで砂地をつつきながら歩くというわけだ。そうすれば、砂の中に潜む魔物を早めに見つけられる。
ここまでは草原地帯だった。今はその境目にいるので、やや草の生えた硬めの大地に立っている。境目とはいえ朧気だ。はっきりとここから先が砂漠とはいえなさそうなものだが、不思議なもので一歩先は明らかに砂漠地帯だ。
「行くか」
そう言って一歩踏み出した途端、ゴーシュが、落ちた。次いで俺も落ちた。
完全に油断していた。蟻地獄様式の落とし穴や、砂地からの魔物の襲来は予測していたが、穴が開いているとは思っていなかった。穴があるなら砂の様子でわかりそうなものだが、上から見ていた感じではおかしなところはなかった。
もしかしたら砂地の下の層は固い土か何かの層があるのかもしれない。そこに空いた穴に何かの薄い膜が張ってあり、砂くらいの重みなら問題ないが、人位の重さだと落ちてしまうのかもしれない。
「……まあ、今は考察している場合ではなかったな」
そう穴の中で反省する。
穴は人一人が通れるほどの縦長の穴で、だいぶ深い。
幸い左手に握ったリードには重みを感じている。まだ食われていないようだ。俺の方も右手に持っていた棒を横向きに穴の入り口に渡したので、さほど深くまでは落ちずに済んだ。
とはいえ、鉄棒のように、横に渡した棒に片手で掴まっている状態だ。安定しているとは言い難い。
漫画ではよく登場人物が片手でぶら下がっている場面等あるが、実際にはあれはだいぶ難しい。しかも今の状況では片手懸垂で体を持ち上げなければならない。
しかしながら、穴の下から聞こえてくるカチカチという音が猶予を与えてくれない。おそらくここはその音の主の巣穴なのだろう。
左手にはゴーシュの命綱。右手には俺の命を支える棒。足で穴の壁面を押しつつも、しょせん砂で出来た穴なのでもろくも崩れ落ち、ろくな足場とならない。
頼るは腕力のみ、根性でようやく首元まで穴から出ることができた。外の様子は平和そうだ。
しかし片手懸垂なので肘が変な角度に曲がったままだ。手首を返して棒の上に乗りあがりたいところだが、ゴーシュの命綱が変な位置にあるため、邪魔だ。いっそ手を放してしまおうかと思ったが、大事な雇用主だ。丁重に扱いつつ何とか工夫してようやく穴から這い出た。
「ゴーシュ!」
呼んでみたが、返事がない。ここらの砂は特殊な砂のようで、音が吸い込まれていく感じがする。耳の痛くなる無音の中、リードを辿る。
ゴーシュも同じような穴に落ちているのなら、時間の猶予はない。
砂地に足を取られて、少し先のリードの先端までなかなかたどり着かない。いっそのことと思い、グイっと思い切りリードを引っ張る。
そうすると出てきたのは、ゴーシュの、荷物……。
「かみちぎられている感じもないし、綺麗に取り外されている。命綱のリードを自ら取ったということか」
少しイラっとしながらも、仕方ないのでゴーシュが落ちた穴と思われるところまで何とか歩いていく。
すると、予想に反してゴーシュはすぐ見つかった。しかもなぜか半裸でうずくまっている。かわいそうなほどやせ細ってがりがりな白い背中の上に、白砂がうっすらとつもり、もはや砂漠と同化し始めている。
「おい。無事か」
そう声をかけるとがバリと起き上がって
「こ、怖かったよ~。でも、無事だったんだね」
と泣きながら抱き着いてきた。ゴーシュの荷物に(絵具セット)。
ここは少し歩くだけでもこんな有様だ。いったん諦めて帰ることにした。ゴーシュも珍しくすんなり同意する。
ちなみになぜ半裸だったかと言うと、それなりの理由があったようだ。
「中の魔物はさ、最初穴に落としちゃったハンカチを食べ始めたんだ。それから伸びあがってきたから、とりあえず急いで服を脱いで、そいつに投げつけたら、その服も食べ始めてさ。多分繊維を食べるタイプなんだろうね。
次第に投げる服もなくなって、肌着も脱ごうとしたけどリードが邪魔でさ。リードを何とか外して、うまい具合に荷物もひっかけて。それで肌着も投げつけて、何とか紐を伝って登ったっていうわけ」
ゴーシュもそれなりに生存能力が上がってきたというわけだ。
ふと、後ろを振り向く。後ろに広がる白砂砂漠の中。ひょこっと一体の魔物が顔を出していた。
そのフォルムは、カブトムシの幼虫のような白い、しかし巨大な芋虫。しかも頭の中心に飛び出した一つだけの目玉、その周りには牙なのか爪なのかわからないとげがたくさん生えていた。
「……とりあえず、お互い食われなくてよかったな」
そう言って帰ってきたのが今日の昼過ぎ。
そしてたらふく飯を食べてからの、座学だった。
ちなみにネリアの講義は洗濯屋の二階で行われている。
初めは食堂に行ったのだが、周りがうるさすぎるし何より目的外の利用になるので追い出されてしまう。俺の部屋に上げる気もないしネリアの部屋に上がる気もない。
他に空いているスペースはないかと思案していたところ、マリウスから提案されたのだ。ここは彼らの母親が働いている場所で、その二階は休憩時間利用されていないため空いている。
その代わり従業員のまだ幼い子供たちがワラワラと放牧されており、ここを使う交換条件に幼子たちの面倒を言い渡された。
マリウスたちに小遣いを渡し、子守をさせる。食堂でもうるさかっただろうが、ここでも十分うるさい。
「早死するとは?」
真面目な顔をしながらも、子供らに髪の毛を引っ張られながらなので全く決まらないネリアに尋ね直す。
「わかっていると思うけれど、冒険者業に大切なのは情報よ。各クランは情報を秘匿してるの。クランに所属してないあなたは重要な情報が得られないわ。だから、あなたは情報不足によって危険な目に遭う可能性もあるの」
「ああ。そういうことか」
午前中の件で身に染みている。
「それだけじゃないわ。あなた、「シオンは情報なくても自分でなんとかするよー!」
説明途中に子供たちに横槍を入れられ、ムッとしながらネリアはその子供の口をムギュっとおさえている。
「そんなの知ってるわよ。それを今言おうとしていたの。シオンは、情報を持ちすぎてるわ。それも争いの種になる。それぞれのクランはそんなイレギュラーの存在を認めないわ。取り込むか、潰すかどちらかよ」
「そうか。怖いな。……とりあえずそのクランってのは何か教えてくれ」
ネリアは呆れ顔だ。
「なによ、シオン。あなたホント何も知らないのね。どこから教えればいいのよ」
「とりあえず、最初からだ」





