2-6 見習い冒険者 マリウス
「それで。どうなったわけ?」
移民申請もとい難民申請の試験に落ちたと説明したら、ゴーシュが心配そうにそう言った。
「とりあえず試験以外の点については合格らしいから、ギルドカードの仮発行はしてもらえた」
「仮」
「そうだ。だから俺は(仮)Fランカーということになるらしい」
「前のところでは発行してもらってたじゃん」
「そうなんだがな。実はゴリ押しで発行してもらっていたんだ。今回ちゃんとしたところで手続きしたら正式な資格がないのがバレたという感じだ」
「あ~……」
ゴーシュは天を仰いで魂から空気が抜けたような声を出した。
流石に申し訳なくなったが、意外にもゴーシュは気にしていないようで復活が早かった。
「仮のままだと正式なクエスト受注はできないままなのだそうだ。推薦状などには問題なかったから、武器店などでの証明書としては使えると言われた」
俺がそう言うと、
「とりあえずこのまま直接雇用形態を続けようか」
ゴーシュは気にせずそう言ってくれた。ギルドを通さない、雇用主からの直接受注だ。ありがたい。
今後の方針として、当面はこのエリアで(仮)Fランカーとしてゴーシュ専属で活動しつつ、勉強して試験対策をすることにした。
それから普段の何気ない常識問題についてゴーシュにいろいろ聞いてみたのだが、そのたびに
「シオン、どうやって生きて来たのさ」と呆れられたり驚かれたりした。
金は(ゴーシュにとっては)掛かるが仮免許生活は快適だった。ギルドから余計な依頼はないし、討伐のたびの報告の義務もない。依頼はギルドを経由していないのでランク制限もない。好きなところに好きに行けるのだ。
その代わり安全保障(遭難時の捜索やヘルプ要請)はないので慎重にやる必要があったが、もとよりそんなものに頼っているようではプロ意識に欠ける。いつも通り入念な活動予定地の下調べと魔物の分析をしてからことにあたっていた。
当然無理はせず最初はFランクの地域で活動することにした。初期エリアで探索しつくしたと思っていたFランクエリアだが、支部によって入り口も異なるし、地形によって出てくる魔物が異なるようで、意外と楽しめた。
ゴーシュも例によって熱中し始め、初期エリアと同じような活動をしていた。当初はFランク魔物のイラスト集の次はEランク魔物のを出すのかと思っていたが、とりあえず描きたい魔物を描いていき、ある程度たまったらイラスト集を発行する方針にしたそうだ。その方が気分屋のゴーシュに合っているだろう。
この地に来て今までと違ってきたのは、人との交流が増えたことだ。
初期エリアの三十六支部では人が少なかったので、ずっとFランクでウロウロしている俺に対して当たりがきついヤツも多かったが、人も多く多種多様な冒険者がいるこの地域ではあまり気にされることもなく活動できているように思う。
同じように初期ランクに長期間いる冒険者がちらほらしているのもその理由だったかもしれない。
彼らは若者が多く、まだ正式に活動できる年齢ではないようだ。正式に登録できる年になるまで慣らしとして探索しているようで、まれに教育係のような人間に連れられているのを見かけることもあった。
「なあ、あんた。それどうすんだ?」
俺に話しかけてきたのもそんな少年の一人だ。
この時俺は例によってゴーシュの依頼で延々とトカゲのような魔物を狩っていた。このトカゲ、魔物とは言っても体がでかいことと炎か氷を吐くこと以外は普通のトカゲと変わらない。コモドオオトカゲみたいな感じだ。
そして、しっぽを切ると再生する。コモドオオトカゲもしっぽは再生するのか? そんなことを考えながら尻尾を切っていたら大量の尻尾の山ができたわけだ。しかし持ち帰るわけにもいかず、置いていくにも散らかしすぎなので悩んでいたところだった。
ちなみにゴーシュはこの尻尾の断面を描きたかったらしい。しかも本体側の断面を描きたかったのだが、すぐに新しいのが生えてきてしまうので、何度も切る羽目になったということだ。
そして少年の言うそれというのは、このトカゲの尻尾のことだった。
「ああ。埋めようか、アウローラの手土産にしようか迷っていたところだ」
「アウロ……!? あんた何言ってんだよ。とにかく、こんだけあるなら運ぶの手伝ってやろうと思ってたんだけど、埋めるくらいなら俺にくれよ」
と言う。
たしかにギルドにもっていけば素材代がもらえる。
俺の場合は護衛が任務なので、帰り道だとしても手がふさがるのは避けたかったため基本素材はその場に放置だ。ゴーシュも素材代に関しては特に気にしていないようだった。画材になりそうなものなどはたまに持ち帰るようにお願いされたが。
「ああ。荷運びか。いいよ。やるよ」
そういうと少年は小さな声で「よしっ!」と漏らした。さりげなく手でガッツポーズもしているようだ。勇気を出して聞いてみたのだろう。
少年はマリウスと名乗った。くすんで灰色がかった金髪の少年だ。長すぎる前髪を二つに分け、伸ばしっぱなしの髪を適当に肩口で切ったような髪をしていた。少年と大人の中間というような中途半端な年ごろで、用心深さと好奇心が同居するような瞳でこちらを見つめてくる。
「とりあえずこれを運んでもらおうか」
背面の尻尾の山を適当に指さす。
「わかった。取り分の割合はどうすればいい?」
「別に取り分はなしだ」
「なしって・・・! それはひどいんじゃないか。ただ働きは嫌だよ」
マリウスは何か勘違いしているようだったので説明する。
「俺の取り分がなしということだ」
そう言うと初めは信じられないという顔をして、次は信じないぞという顔をして、しまいにはだんだんよくわからないという顔になってきた。
「わ~百面相だね」
ゴーシュがなぜか喜んでいる。
「マリウス君だっけ? いいよ。どうせシオンは埋めるか放っておくかするだけだから」
貰っちゃえ! とゴーシュが言うと、ようやく飲み込めたのか、
「ホントにいいのか! やった!」と子供らしく素直に喜んだ。
一度ギルドに帰還し少年とわかれたが、しばらくしてどうにか俺を探し出したのか、マリウスが俺の滞在する宿を訪ねてきた。
「すみません、シオンさん。お願いがあるんですが」
宿の戸を叩き、俯いてそう言うマリウス。先ほどまでの子供らしさはどこへやら、殊勝そうにそう言うマリウスの後ろには同年代かもう少し幼い少年もついてきていた。
「こいつらにも分けてやりたいんです。さっきの魔物の尻尾。まだ残ってたと思うんです。それも、もらっても……いいですか?」
なぜマリウス少年がそこまで遠慮がちにお願いするのかわからず、首をかしげる。
「あの、残った素材を持ってくのって褒められた行為じゃないって聞いたことがあるので……」
「ああ、そうなのか。俺はそこら辺の冒険者の常識ってものをよく知らないんだ。好きにしてくれ」
そういうと、わかりやすく少年たちの目がかがやいた。
「いいんですか!?」
喜んだ少年たちは日の暮れる前にと、駆け足で回収に出かけて行った。場所は意外に近いので少年たちだけでもなんとかなるのだろう。その後、夕暮れ時にはゲート付近で騒いでいるこの少年たちを見かけたので、ひとまずほっとする。
こうやってたまに素材を渡してやるようになり、やがて幾人か似た少年が寄ってくるようになった。さらには討伐に出かける前からついてくるようになり、帰りに少年たち数人が協力してキャリーカーで素材を回収するので、その護衛もついでなのでやってやる。
こうして大所帯になると、目立つようになる。そして目立つともめ事に巻き込まれるというのも世の常だ。
ある日、絵にかいたような人相の悪い男が絡んできた。その日はあいにく魔物の数が多く、珍しく疲れていた。さらに男は俺ではなく少年たちに絡んでいた。絡むにしても弱いものにいく卑怯さに呆れ、疲れも手伝って面倒だったため、つい話し合いもせずに伸してしまった。
「シオンさん……この人やばい人だよ」
少年たちがソワソワしていた。
「知り合いか?」
「えっと、知り合いではない」
「噂で聞いたことある」
何人かが口々にそう答える。
「そうか」
どうしようもないような相手でも、こんな魔物のエリアど真ん中で気絶していたら死んでしまう。殺すつもりは特になかったので、気絶した男を荷台に乗せてやっていると少年たちは尚おびえていた。
その様子を見て、
「大丈夫。シオンの方がやばい人だから!」
そう明るくゴーシュがフォローしていた。腑に落ちないが、少年たちがなぜか『ああ』と納得してちょっと落ち着きを取り戻していたので、反論の言葉を飲み込んだ。





