2-2 引っ越しトラブル
「出発だ」
商人のダフがそう言うと一行はノロノロと歩み始める。荷馬車が遅いのだ。
合同荷馬車に同行するのは禿頭のダフをリーダーとした商人3名、俺を含めた冒険者6名、一般人1名の計10名だった。ゴーシュを除いた全員が筋骨隆々とした体格をしており、戦い慣れているというので安心して出発する。
俺がこの世界に迷い込んで最初にたどり着いたのは、当初あまり意識していなかったが第三十六支部というギルド。ゴーシュ曰く田舎の小さなギルドらしい。次に行くのは第三十九支部。番号が飛んでいるのは統廃合や魔物の被害による壊滅で欠番が生じるせいだ。
移動するのはギルドとギルドの間に敷かれた道。周りには特にこれといったものも何もなく、やや枯れた草原が続いていた。地図でいうとこの上のほうが魔物の発生する地域、魔境。それをぐるりと取り囲むように柵が設置されていた。柵は場所によって多種多様な素材で作られているが、大体は木製だ。
「こんな柵、魔物に効くのか?」
「いやだな、シオン。効くわけないじゃない。これは人がこれ以上先に行かないようにするためだよ」
というわけで、ゴーシュの言うように人用の柵が設けられているわけだ。柵を用意する者の懐事情によってボロボロの木の柵や強固な岩壁などの違いが見受けられたが、ここを超えると魔境というわけだ。
その柵の沿線に冒険者が拠点を作り、それが村になり町になり、やがて冒険者の職業組合として発達した冒険者ギルドが統括するようになったそうだ。
「魔物を避けてギルドに住んでいるというよりかは、もともと人は住んでなくて魔物のいるこの地域めがけて各地から冒険者や人が集まってギルドができた感じだね。」
こうして時折ゴーシュが注釈を入れてくれる。この世界のことは何も知らないのでありがたい。俺が異世界から来たことは特に言っていないのだが、俺に常識がないと思っているらしくいろいろと教えてくれる。
魔物の群生する地域よりは距離があるとはいえ、この地にも魔物がよく出るそうだ。ギルド周辺を除いてここら一帯に基本、人は住んでいない。そのため見渡す限り家もなく、かといって魔物も見えず、ただただ簡素な道が続いている。
のどかな旅路だった。
この何もない草原の中、赤茶けた道が延々と続いている。特に整備もされておらず、悪路なのであまり速度の出ない荷馬車に合わせて俺たちも歩いていく。商人たちは気のいいやつで、荷馬車の空いているところで休むのもかまわないと言われ、全員が交代で休憩を取っていた。
異変が起きたのはちょうど俺とゴーシュ二人の休憩の番の時だった。荷台で寝ていたところ、数名の慌てた声がして直後荷馬車が嫌な音を立てて止まったのだ。
「なに~? 魔物かな~シオン」
そう言って同じく寝ていたゴーシュが眠たげに目をこすって起きてくる。
「ああ」
とだけ言いおいて、そっと外の様子を覗く。
そこには何とも可愛らしいトカゲの魔物が居た。困惑している商人や冒険者たちの向こう側に、魔物は何体も並んでいる。目はきゅるんと大きく、小顔。ミーアキャットのように二つ脚で立っており、ゆらゆらと揺れている。
その魔物の奇異なところは、首と四肢が針金のような構造をしている点だ。かつて日本でみた民芸品のおもちゃのようにゆらゆらと揺れている。首を揺らしながらもその大きすぎる目でしっかりとこちらを見ているのは不気味と言えた。
「あ~あ、絡まっちまっている」
「取れねえぞ、これ」
そう口々にぼやくのは馬車の車輪をのぞき込んでいる数名。
問題なのは揺れている魔物の方ではなく、タイヤに巻き込まれて絡まってしまった魔物たちだ。複数のトカゲ魔物の針金状の首が複雑に車軸に絡みついてしまって車輪が動かなくなってしまったのだ。
力自慢の冒険者たちが強引に引き抜こうとするが、思っている以上に強靭な性質をしているようで、びくともしない。
代わりにやや神経質そうな商人がタイヤをのぞき込み、丁寧にトカゲの首をほどき始めた。
ゴーシュはそこまで興が乗らなかったのか、つまらなさそうにトカゲたちの絵を描いている。
「興味なさそうだな。それでも描くのか」
「どんな生き物にもいいところ(イラストポイント)があるからね~」というゴーシュを横目に俺も何となくトカゲたちを眺めていた。
「これ、まずくないか」
そう言ったのは俺ではなく少し気の弱そうな冒険者。他の奴らよりも小柄な彼は周りをきょろきょろ見回しながら、
「今は大丈夫そうだけど、このまま日が暮れるまで動けなくなるなんて俺、嫌だぜ」
そう口にしてソワソワし始める。確かに人里離れた場所で夜を迎えるのはいくら冒険者がこれだけ集まっていようと安全とは言えない。
その声に焦るのは冒険者たちではなく商人だ。実際馬車が動かなくて困るのは彼ら商人たちで、冒険者たちは自分で荷を背負って歩いて行けばすぐこの場から離脱できる。何なら荷馬車の速度に合わせなくていいので早いくらいでもある。
荷馬車を利用するのは単に荷物を持つのが煩わしいからと言うだけだ。
正式な契約をしているわけでもないので商人たちを見捨てても罰があるわけではない。もちろん褒められた行為ではないが、皆この状況をどうしようかと考え始め、いやな空気が流れる。
「ちょっと試したいことがあるんだが、いいか」
俺は馬車を置いていく気は特になかったので、商人の男に声をかけた。男も残ってくれる冒険者がいたかと安心した顔で振り向く。
「おう。なんだ?」
「いや。こいつら、わざとなんじゃないかと思ってね」
「わざと?」
他の冒険者たちもできるなら穏当に事を運びたいので、いったんは荷馬車を置いていくのをやめて俺の様子を見守ることにしたようだ。
俺が荷馬車に近づいて説明を始めるのをそれぞれが見ていた。
「こうやって絡みついて荷馬車の足止めをするだろう。元々は生き物の足に絡みつく感じだったのかもしれない。動けなくなっているその間に他の魔物が来て、襲ってもらう。こいつらはそのおこぼれに預かる。そういう狩猟方法かもしれないと思ってな」
「……なるほど。荷馬車が打ち捨てられているところは何度か見かけたことがあるが、それもこいつらの可能性があるわけだな」
そう納得してうなずいている商人の横で俺がおもむろに馬車に松明を近づけたので慌てる。
「おい、やめろ。馬車が燃える」
馬車は基本火気厳禁だ。
俺が持っているのは、適当な布を巻いた棒に布を巻いただけの即席の松明なのであまり火力がないが、大切な愛車には近づけてほしくないものだろう。
そして慌てたのは商人だけではなかった。車軸に巻き付いて死んでいたと思ったトカゲたちが、まるで人間のように慌てふためき、そして車軸から器用にほどけていく。
そして、周りで見守っていた家族らしきトカゲの魔物に合流してそそくさと逃げていった。
「いろいろ試してみようと思ったが火で上手くいってよかった」
俺はそう言ったのだが、
「はあ……」
と、ダフたち商人は狐につままれたような顔をして、逃げていく魔物を見つめていた。
「なんか今回の戦いは地味だったね」
「戦ってないしな」
俺たち二人がそんな中身のない話をしているところ、逃げ出そうかと思案していた冒険者たちが寄ってきた。
「変わった討伐方法を知っているんだな」
「なんで最初に火を使ったんだ」
そんなことを聞いてくるので、
「討伐方法は知っていたわけではない。思い付きを試しただけだ。馬車を守るために普通は火を使わないから、あえて火から試してみた」
などと答えたのだが、さらにいろいろと聞いてくる。情報は冒険者にとって命綱だ。質問が止まらない冒険者たちの相手をしばしばすることになってしまった。
「おう、出発するぞ」
荷馬車の点検を終え、ダフがそう声をかける。
「なあシオン。あんた、こんな荷馬車使うような貧乏冒険者の割には俺たちを見捨てようともしなかった。気に入ったよ。困ったことがあったら今度は俺たちが助けてやるからな」
ダフの声はでかい。見捨てようとした冒険者たちにもその声は聞こえていて、バツの悪そうな顔をしながら一行はまたノロノロと歩み始める。
対してダフはあまり気にする様子もなく楽しそうにしていた。
「ああ、そういえばシオン。あんたよく見た顔だと思ったらイラスト集に載っていたやつか。この荷馬車にもその本、乗っているぞ」
「そうなのか」
「下手に知名度があると絡まれるかもしれないな」
そう言ってダフはガハハと笑う。
やめてほしい。俺はこう見えても安定を求めている。次の土地で平穏に暮らせることを願った。





