2-1 移籍
「今度は虹色のゴリラが見たいってことか? ゴーシュ」
「違うってば、シオン! 虹色の魔獣アウローラを見に行くんだ」
ゴーシュは俺に向かってこぶしを振り上げてそう主張している。
相棒というか雇用主である美術家のゴーシュ。栄養失調のような華奢さでぼさぼさの白髪。頼りなげな風貌だが眼だけはギラギラして存在感を主張している。いい感じに頭のネジが外れていて、描きたいものがあるとどこへでも飛んでいってしまう。俺はそんなゴーシュの護衛を続けている。
ちなみにランクはFのままだ。合同討伐にてポイントを稼いだものの、登録当初のポイントが期限切れだったようで、Eランクには上がれなかった。ゴーシュはあまり気にしていないようで、これまで通り偶然を装って高ランクの魔物を探しに行こうという方針にすることで合意した。
「お、ホームラン」
「ホームランってなにさ、シオン」
ゴーシュの言うアウローラとやらは遠方に生息しているらしく、今拠点としているところから移動する必要が出てくる。しかし雇用主の言うことが最優先だ。
今現在いる場所は熱帯地方のような原生林の中。木々の間を川が流れているような、もしくは川の中から樹が生えているともいえるような場所で、魚類の魔物を相手にしているところだ。こいつは水面から口先を出して先程から石礫のようなものを飛ばしてくる。
そんな場所でゴーシュはお絵かきをしながら雑談しているわけだ。
「あ~。あれだ。俺の地元のスポーツ用語だ」
「どういう意味?」
そして今回俺が持ち込んだ武器はお手製のバット。
「ホームは家。ランは走る」
「家に走って帰るってこと? 早く帰りたいの?」
「そういうわけじゃないが」
と言いながら、頭めがけて飛んでくる石礫を弾き飛ばしていく。今回の依頼は特に簡単だった。ゴーシュはこの魚のエラ部分を描きたいらしい。濁った外皮とは似つかわしくない美しいピンクの部位があるそうだ。そのためわざと頭を出してもらえるように疑似餌をあたりにぶら下げている。ちなみにこの疑似餌は巨大トンボのような魔物から翅をもぎ取って作った。
「アウローラについて調べたが、今いるギルドの管轄外らしい」
「じゃ、別のギルドに行こう!」
ゴーシュは俺の都合などお構いなしにそう元気に叫んだ。まあ、俺としてもどこの所属しようとも気にしていなかったので問題ない。
「そうだな。ゴリラをおいかけるか」
「だからゴリラじゃないって!」
何か違ったみたいだ。俺には些細な違いでも、美術家にとっては大切なことなのだろう。なんだっていい。俺のやることは一つ。ゴーシュを守りつつ魔物や魔獣の相手をすることだ。
そういうことで、虹色ゴリラを追いかけて俺たちは引っ越しをすることになった。
ゴーシュは金払いのいい雇い主だ。ギルド経由ではあるが、定額で毎月支払いをしてくれる。単発の依頼が多いギルドの依頼の中でゴーシュみたいな雇い主は俺にとってありがたい存在だ。
ゴーシュはゴーシュで俺のことを重宝してくれている。彼の変わった依頼を素直に受ける人間はまずいないのだそうだ。
こいつの依頼はやや特殊だ。今のところ低ランクの魔物の相手が多いが、ゴーシュにとって良い絵の構図を捉えるために延々と同じ魔物の相手をさせられる。俺はあまり気にならないのだが、永久に続く基礎練習みたいなクエストを好まない冒険者がいるのには納得できる。
とにかく、俺はこの土地で安定した仕事を手に入れ、住処を確保し、こうやって暮らしていくのも悪くないと思った矢先の冒頭のセリフだ。
なんでも虹色ゴリラが少し離れた地域で出没したらしい。しかし俺が所属しているギルドの管轄外だそうで、そのゴリラに会うためにはギルドの移籍を行う必要がある。
いままではギルドの地方支部に所属していたが、そのゴリラのいる支部はやや都会なのだとギルド職員が言っていた。やっていけるか少々不安だ。
「……シオン。なんで魔窟(魔物の多発地帯)に行くよりも不安そうな顔をここでするのさ」
ゴーシュにも呆れられたが、これでも俺は異世界人だ。今までは溶け込めていたが、常識の違う新しい環境でやっていけるのか心配だ。
「え~シオンさん、うち辞めちゃうんですか?」
そう叫んだのはギルドで顔なじみになった受付嬢。かわいい顔だが今は頬を膨らませてふてくされている。ギルドに移籍の手続きのために来たらそう言われたのだ。
「数少ない清潔感ある冒険者だったのにぃ。眼福が居なくなるなんて!」
「よくわからん理由だな。とりあえず管轄エリア外の討伐は基本ご法度だと聞いた。これはそちら側の都合だし俺はそれに従っただけだ。いけなかったか?」
「もちろんいけないことはないですけど。それに癒着を防ぐためにも冒険者の移籍は推奨されていますからね。でも、ギルマス(ギルドマスター)も引き留めると思いますよ、シオンさんのこと。なんだかんだ気に入っていますからね」
そんなこんなでやり取りを終え、無事転出手続きは終えることができた。ギルマスが出てくるとまたややこしいことになりそうだったのでさっさと立ち去る。
「シオン、荷物それだけ?」
本人の三倍はあるだろう荷物を背負ったゴーシュが首をかしげる。ゴーシュは色白でひょろっとしていて軟弱そうな外見だが、意外と力持ちのようだ。
俺の荷物は袋一つと今使っている剣その他少々の武器くらいだ。これさえあれば町だろうが魔境だろうがどこでも生きていける。
「ああ。部屋は基本寝るだけだったしな。特に物は買っていない」
借りていたアパートには備え付けのベッドなど最低限の家具があったので大物の購入はしていない。食堂で食べるので料理もしないし、服もすぐボロボロになるのでその都度購入だ。
「でももっといろんな武器使っていたじゃないか」
「武器もたいがい下取りに出して新しいのを買っていたからな。すべて取っておくには借りてた部屋は狭かったし、数が増えると手入れも面倒だ」
ふ~ん、とわかっているのかわかっていないのかよくわからない反応をするゴーシュと向かっている先は乗り合い荷馬車。
ゴーシュのジープはレンタルだとかで返却してしまったらしい。
この荷馬車は商人が別の地域に行く際に使用するためのもので、主に田舎で使用される。商人は冒険者とともに行動することで護衛をしてもらい、冒険者は代わりに荷物を載せてもらったりたまに荷台で休ませてもらったりできる。
正式な契約があるわけではないし、金銭が発生するわけではないが持ちつもたれずというところなのだろう。お互いどこかしらのギルドに所属しているので最低限の信用保証はあるし、腕っぷしの強い商人も多いので完全に冒険者頼りというわけでもない。
今回の商人も禿頭で筋肉の塊のようなガタイをしたダフという男だった。すがすがしい笑顔が特徴的だ。
「おう、あんたでかいな!」
そう言いながら俺の二の腕をバシバシたたく。たたく必要はないんじゃないかと思いながら苦笑いでうなずいておく。
ガタイのいい人間が多いこの世界においても俺は若干でかいようで、割と目を引くらしい。赤い髪と相まって前にいた世界でも目立っていたが、細かいことが気にならない性格が幸いして元の世界でも異世界でも見た目で嫌な思いをすることは特になかった。
「もう! シオンのこといじめなでくださいね!」
なぜかゴーシュが憤慨していたが
「シオンに手を出せるやつなんてこのエリアにはいないだろ」
と他の冒険者が笑っていた。なんだかんだでこのエリアでは俺は顔を知られるようになっていたみたいだ。少し前までは『Fランクの魔物しか狩らない奴』と侮られることもあったが、合同討伐に参加したことで実力をある程度認めてもらえたようだ。
「なんだ、シオン。遠征か?」
次いでそう話しかけてきたのは顔見知りのザバック。合同討伐で一度バティを組んだことがある。ちなみにこいつもでかい。
「いや。移籍だ」
短期間ならギルドへの届け出は遠征申請で十分らしいが、ゴリラは奥地にいるようで短期間では無理そうだった。そう説明したら驚いた顔をしていた。
「アウローラの討伐……。まあお前ならやれないこともないんだろうが。そもそもよくギルドからの許可が降りたな。明らかに対象外ランクだろ」
「討伐依頼をここで出したわけではないからな。それに討伐ではなく見学と言う体で話していたから問題にならなかったんだろう」
「そんなもんか? というかお前ら二人だけでよその支部へ行く方が心配だよ。俺もついていってやりたいところだが、今は手が空かないしな」
「いや、ガキでもあるまいし、世話役なんていらないだろ」
ここまで心配されるのも腑に落ちないが、新しい生活が楽しみだ。こうして俺たちは新天地へ移動するのだった。





