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魔獣イラストレーターと最強のFランカー  作者: 成若小意
第一章 魔獣イラストレーター
1/79

1-1  サブスクFランカー

よろしくお願いします。

「ゴーシュ、もう十分だな! こいつ殺すぞ!」


 俺がそう叫んでも、許可は当然のように下りない。


「待ってシオン! もうちょっと、もうちょっとだけ……!」


 俺は今、人間大の昆虫と格闘中だ。


 そして俺が巨大昆虫の息の根を止めようとするのを止めているのは雇い主ゴーシュ。こいつが今何をしているかというと、絵を描いている。こんな場所で。頭がおかしいとしか思えない。


 ここは魔境と呼ばれる地で、いつ魔物が襲ってきてもおかしくない。基本的には討伐対象の魔物をできる限り早く討伐し即退散すべき場所であり、間違っても長居すべき場所ではない。


 そんなところで俺たちはお絵かきをしているのだ。


 いや、正確には俺は別に絵を書いていない。絵を描いているのはゴーシュ。それを守っているのが、俺。


 なんでこんなことになったのか。ゴーシュに出会う数か月前までは、新米だが普通の冒険者として順調にやっていけていたはずなのに。





 

 俺がこの異世界に転移してきてもうすぐ一年がたつ。


 前の世界ではブラック企業に勤めていて、趣味のゲームだけが救いだった。そのゲームですら時間がなくてほとんどできていなかったのだから、つくづくこの世界に来られてよかったと思う。


 この世界はいわゆる『剣と魔法の世界』で、さらに冒険者ギルドというものもある。ギルドに登録して討伐クエストをこなしていくという、夢に見たゲームそのものの、なんとも素晴らしい世界だ。


 こちらに来たきっかけはよくわからない。いつも通り会社から帰宅していたつもりだったのに、いつの間にかこの世界に迷い込んでいたのだ。


 容姿は変わっていなかったので、転生ではなく転移だろう。巷で流行りの異世界転移ものの小説をいくつか読んでいたからか、受け入れるのも早かったように思う。元々小さなことは気にしない性格だったのもよかった。割と苦労することなく住む場所も見つけられたし、冒険者業という楽しそうな仕事にもすんなりと就くことができた。


 幸い才能があったようで、順調にクエストをこなしてギルドからの信頼を得ることもできた。最近では移民用の下宿所住まいから一人暮らし用のアパートに引っ越せる程度の収入も得ることができるようになった。初級ランクであるFランクを抜け出すのも、もうそろそろだ。


 ここでの生活は一言で表せる。


『楽しい』


 しかし、そこで妙な仕事を引き受けてしまった。美術家だという客の護衛の仕事だ。それから生活が一変した。


 そして冒頭に戻る。






「ゴーシュ、もう十分だな! こいつ殺すぞ!」


 ゴーシュは戦場いくさばに似合わない華奢な体つきと生白い肌だが、ボサボサな髪の毛の下にギラギラとした目があり、俺でもたまにビビる。そしていつも半狂乱で嬉々として魔物の絵を描いている。


 ゴーシュは頭がおかしいとしか思えないが、一緒に行動しているのだから傍から見たら俺もその仲間だ。


(嫌だな)


 そう思いながらも剣を振るう。ゴーシュは筆を振り回す。


 そしてさっきからゴーシュは何を俺に要求しているかと言うと、虫との交戦をできる限り長引かせて欲しいということだ。ゴーシュは鎌虫(俺が今戦っている人間大の昆虫)の鎌の下のフワフワした毛の部分を描きたいらしい。


「シオン! もうちょっとだよ! あと少し右腕を、あ、君じゃなく鎌虫君の右腕ね、右腕を上げてくれるように戦ってみて! あの金色のフワフワがもう少しみえるはずなんだ」


 そんな訳のわからないゴーシュの頼みを聞いてやるように調整しながら、俺は剣を振るう。


 この鎌虫、一匹ならたいした脅威はない。首と胴のつなぎ目に剣を突きさせればすぐに死ぬし、そこを捉えるのも簡単だ。虫の背に乗ってしまえればあまり苦労なくできる。


 しかし、雇い主ゴーシュの願いはそうではない。倒してほしいのではなく、この虫型の魔物の絵を描きたいのだという。理想のポージングをさせてくれという要望付きで。お陰ですぐ倒すことが出来ずその内に新たな鎌虫が寄ってくる。どんどん数が増えていき、捌くのが大変になってきているのに、まだとどめを刺す許可が下りない。


 ゴーシュの依頼は毎回そうだ。魔物の討伐ではなく、ただ魔物の絵が描きたいと言うのだ。ならば倒して動かなくなったところをゆっくりと描けばいいと言ったことがあるが、それは違うのだという。生きている間に出てくる機能を観察したいのだそうだ。この鎌虫の毛のような。


『なにより死んでしまった魔物には魅力がない』


 いい顔でそう言い切られた時は、こいつこそ討伐してやろうかと思った。


 しかし一度受けてしまった依頼だ。余程のことがなければ断れない。


 そのため、わざわざ鎌虫の前に回って交戦を続けている。

 鎌虫なんかとこんなにも長いこと戦ったことのある冒険者など俺くらいのものだろう。


 こんな戦いをしていたおかげでなんだかレベルが上がったような気がするが、冒険者ランクは一向に上がらない。なぜなら、一匹一匹の討伐にやたら時間がかかるので倒している魔物自体は少ないし、ここ最近ギルドから受けている依頼は『美術家の護衛』一件のみだからだ。ゴーシュが毎日のように依頼を出してくるから、その他の依頼を受ける暇がほとんど無い。






 そもそもなぜこの依頼を選んだのか?


 答えは簡単、金のため。もう少し正確に言うと定期収入のため。


 それまでは単発の依頼をよく受けていた。それでも問題はなかったと言えばなかった。コンスタントには稼げていたし、つまらないわけでもなかった。


 そもそもギルドの依頼発注ボードには基本的に単発の依頼が貼りだされていて、継続型の依頼はあまり出ていなかった。


 継続型の依頼は大規模討伐が想定されているもので団体向けだ。俺のようなソロでは受託できない。もしくは金持ちの雑用のような面白みのない依頼ばかり。自然単発の依頼を受ける日々が続いていた。


 しかし悲しいかな、前の世界ではしがない会社員。定期的な収入が身に染み込んでいるのか、その日暮らしの稼ぎ方は不安だった。


 さらに、アパートに引っ越したことで固定的な支出がでてきた。こっちに来てからずっと住んでいた下宿所はギルドの付属設備だったため、ギルドに登録して最低限のクエストをこなしていればタダのような金額で借りていられた。しかし、アパートはそうもいかない。


 そんな折にたまたま見つけたのが、この『美術家の護衛』の依頼だった。なんでも、魔物図鑑の挿絵を担当している美術家が、魔物のイラストを描きたいのでその護衛をして欲しいという内容だとの説明が書かれていた。


 最初は旨味のある仕事だと思った。


 美術家当人は非戦闘員だと言うし、当初は遠目に魔物を観察してイラストを描く美術家とやらの横で見張りをするか、討伐した魔物を見せるかをすればいいのかと考えていた。


 依頼自体も継続依頼だったが、期限のない随時依頼。つまり、その美術家の要望があったときに実働となるが、無くても継続依頼なので毎月定額を支払ってくれる。つまり、俺にはなじみ深いサブスクリプション型ということだ。


 逆に要望がある時はいつでも優先出動しなければいけないが、届けに出されている過去の報告にあるのは、要望は年に数回。これならちょうど良さそうだと思えた。


 過去の報告書には、依頼を受けた人も定期的に変わっていることも書かれていたので「気分屋なのかもしれませんが」と受付嬢が説明してくれた。つまり、旨味の有りそうな依頼だが雇い主の気分次第で短期で終了になってしまう恐れもある。当初はそんなことまで考えてた。


「良さそうな依頼ですね。おそらく金額が少なめなことと、退屈そうな依頼だということで避けられているのでしょう。シオンさんが受けてくださるとギルドとしてもとても助かります」


 そう言ってニコリと笑った可愛い受付嬢を、今となっては恨むべきなのか。悩むところである。






「あは。君の頭はイゾラの鶏冠とさかみたいだね。気が合いそうだ。よろしく、シオン」


 実際にゴーシュに会ったところ、初対面でそんな挨拶をされた。変わってるようだが悪いやつではなさそうだ。


 これで安心してこの世界でやっていけるようになる。そう思っていたが、ゴーシュは


「イゾラっていうのはお腹から触手が出ている鳥型の魔獣でね――」


 目をぎらつかせながら、グロテスクな魔獣の説明を始める。


 前言撤回。早々に先行きが不安となってきた。

読んで下さりありがとうございます。

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